陰影
両軍の衝突より前に少し時間を遡る。
ノックスは魔法の発動を阻害する特殊な部屋に移送されていた。とは言っても、それはあくまで並の魔法師に対しての効果であり、ノックスが本気になれば影響を与える程のものではなかった。
だからといって、ここを強行突破しようものなら完全な反逆者にされてしまうだろう。
「まだ尋問される方が余地があったな……」
てっきり、何処かの貴族から私への調子に乗りすぎるなという忠告だろうと思っていた。急を要したとはいえ、少々段階を踏まずに行動していた側面は否めない。それが目に余ったのだろうと。
しかし、今の状況は全く異なる。この部屋に連れて来られてから何もされていない。いずれ然るべき立場の者に尋問されると言われただけだ。
見張りに話しかけても
「貴方が逃げ出さないよう見張れと命令を受け、余計な会話は慎むよう言われています」
と返され埒が開かない。
これではどれだけ時間がかかるかわからない。というよりは、俺を前線から離す事自体が目的か……
最終的には強硬策を取る可能性を思い浮かべながら、穏便に済ませる方法を模索する。
それからどれくらいの時間が過ぎただろうか。巨大な音が鳴り響き、異変が起きた事を把握する。あまりにも早い…
「今の音は聞こえただろう?何が起きたか確認しなくていいのか?」
「次の命令があるまで動く訳にはいきません。何かあれば連絡が入るはずです……」
「私が知る限りでは、再びモンスターの大規模襲撃か、はたまた何処かの軍隊でも攻め込んで来ている。本当に仲間を助けにいかなくて良いのか?」
「………………」
ダメか。この真面目な見張りには申し訳無いが、手遅れになる前に動かねば。
「ノックス、待ちたまえ。見張りの青年よ、これは王より頂いた令状である。其方の雇い主ハワード家当主、ガレット・ハワードは国家反逆罪で拘束された。そして、王よりの命令だ、すぐにここを開けたまえ」
「あ、貴方様は…ハッ!すぐに解錠致します」
「遅くなってすまなかったねノックス。まさかこんな奥に囚われているとは思わなくてね」
「貴方はニコラス伯爵!いえ、弟君のマーカス様でしたか!」
「正解だ。兄は今戦場に立っていて忙しいからね。代わりに僕がこちらに来たんだ」
「やはり再び敵の襲撃があったのですね」
「ああ、その通りだ。時間が惜しい、ここから出ながら詳しく話そう」
「おっと、いけないいけない。そこの優秀な見張り君。もし次の就職先に困ったらゴードウィン家のマーカスを頼って来なさい。君のような優秀な人間は当家が歓迎するよ」
「はっ!お心遣い感謝致します」
マーカス様から戦線布告の件とともに、今回の事の顛末について説明される。
かつてロック団長と因縁のあったヴェルナー侯爵が再結成した守護魔法師団の事を気に入っておらず、貴族達の集まる場で、先の防衛戦における私ノックスの行動に疑問を呈した。
戦いの最中に指揮官が戦場を離れた事、守護結界の設置の件、前日に東の森へ一人で入って行く様子まで報告されていたようで、その点は迂闊だった。
すべてあらぬ疑いではあるのだが、王宮まで先の活躍を大々的に広めるものだがら、鼻っ柱を折るくらいのつもりだったのだろう。そこにガレット・ハワード侯爵が乗っかった。
ガレット侯爵はあろうことか、ロック・ローランドの生存を信じ込み、ヘイムウェル軍の調略に屈してしまっていた。だからこそ、より確実に作戦が成功するように私を監禁するという行動に出たのだ。裏で自身の安全と莫大な報酬を約束されたのだろうが、自分の生まれ育った国を売るとは愚かな事である。
「しかし、ヘイムウェルが着々と軍備増強している事に疑念を抱き、S級冒険者クライヴとそのパーティを事前に侵入させ、今回の侵攻作戦及びガレット侯爵内通の証拠を持ち帰ったという事ですか」
「その通り。クライヴのパーティはゴードウィン家のお抱えでね。こちらも情報収集に関しては何より大事にしているし、向こうも後ろ盾がある事で動き易さが違うそうだ。クライヴは少々目立ち過ぎるが、彼の仲間には諜報活動に優れた者もいる。しかし、それでも今回はギリギリか遅過ぎたくらいだ」
「何をおっしゃいますか。必ず間に合わせてみせます」
「はは、君は相変わらず頼もしいね。どうか兄を救ってくれ。あの人はとても優れた人だが、いささか責任感が強すぎる。絶対に失ってはいけないお方だ」
「お任せください」
「私は未だ腰が重い貴族共の尻を叩いてくる。頼んだぞ」
「はっ!」
「ヴェルナー様、お下がり下さい!敵の勢いが強くこのままでは……ぐっ……」
「馬鹿を申すな!自分達の国を守らず何が貴族だ!上に立つ者が率先して見せる事こそ、その立場に置かれた者の努めだ!」
全くこの方は愚直過ぎる……だからこそ放っておく訳にもいかないか。決して余裕のある状況では無いが、ニコラスは何とか救援の方法を考える。
「これ程国の事を思う御仁を失う訳にはいきませんな!」
「ノックス!無事だったか!」
「ニコラス様のおかげで救われました。感謝致します」
「礼には及ばん。私達貴族の不手際でもある」
流石に少し嫌味過ぎたかな。
「フンッ!わしは礼など言わんぞ。元々お前達守護隊のやるべき仕事だ。しっかり王都を守り抜け」
「はっ!かしこまりました」
ノックスの戦線加入により多少の盛り返しを見せるが、兵力差が埋まらない以上、劣勢を覆すには至らない。しかし、そこにようやく近衛隊も戦線に立つ。
すべてでは無いものの精鋭達の参戦により、戦況は徐々に硬直化していった。
「しぶといな」
「申し訳ありません。増援に来た部隊に手間取っているようです」
どうやら例の火属性の魔剣士もいるようだ。あいつはこだわっていたが、作戦に支障をきたすならば排除しておくか。
「少し出る」
「はっ!」
ヘイムウェル軍の後方より、もう一人の黒いローブを纏った男が動きだした。
流石によく鍛えられている。一筋縄ではいかないな。確実に敵を減らしながらも、何とか拮抗に近い状態だ。長い戦いになる覚悟をした時、シャドーが目の前に現れた。
「指揮官自らお出ましか」
「フッ……」
見た目は先日あった男と同じように見えるが、違和感を感じる。俺はこいつの魔力を知っている……?
シャドーは炎を纏わせた鉤爪で攻撃を繰り広げてくる。多少の捌き辛さはあるが、こちらも剣に炎を纏わせ、対抗する。
守勢に回っている間は、その攻撃の手数と特殊性から押される場面もあったが、目が慣れ攻勢に回れば、こちらの力が勝る。武器の特性上、守りには不向きだろう。
剣の火力を上げ、鉤爪を叩っ斬る。
「今日はやけに静かだな。やはり別人か?」
「この短時間で対応し上回って来るとはな。あいつがこだわる訳だ」
”黒炎の雨”
「この魔法!!まさかお前は!」
今はそれどころではない。
「皆、この炎には触れるな!避けるか魔法で吹き飛ばせ!」
言いながら自分も広範囲魔法を準備する。
「広範囲連鎖爆発魔法」
降り注ぐ黒炎に向かって上空に魔法を放つが、すべてを吹き飛ばすまでには至らない。
この漆黒の炎は触れたモノを燃やし尽くす炎。装備であればすぐに手放すか、同程度以上の魔法によって剥がす他無い。
「貴様!敵味方関係無くこのような事をするか!」
「味方だと?所詮は人間ではないか。俺にはさして興味はない」
「やはりお前は……スルードなのか」
「懐かしい名だ。今はシャドーと名乗っておったのでな」
「……まさか生きていたとはな」
「あの日の怨みを晴らさずにはおれんのでな!」
”黒炎の弾”
「ぐっ……」
手数は多いが、俺だけを狙って来るのをマシと見るべきか。繰り出される黒炎を捌き続けるが、反撃の糸口は見出せない。
しばらく続いた魔法が止み、相手を見ると”ニタァ”と不気味な笑い浮かばせ飛び立つ。
「逃げるのか!」
俺の言葉など意に介さず、奴は戦場を後にした。
「ノックス団長!ご無事で何よりです。今の相手は……?」
「マリー隊長、そちらも無事そうで良かった。あいつは……」
言いかけて思いとどまる。今伝えるべきではない。味方の士気を下げかねん。
「あれが敵の指揮官だった。すぐに奴を追う。こちらを任せられるか?」
「お任せください。場内ではアッシュ達が侵入したガーゴイルと戦っているはずです。どうかよろしくお願いします……」
「アッシュが……わかった。必ず乗り切るぞ」
そう告げ、奴を追って場内へと向かった。
……ようやく……ようやくこの時が来た。
10年の歳月を掛けて、ようやくここまで辿り着いたのだ……
【人物紹介】
アッシュ・メイソン(ローランド):英雄ロックの実子。実父に憧れて魔法師として日々修練に励んでいる。
ロック・ローランド:元勇者パーティの魔法師。パーティ解散後は王都にて守護魔法師団団長を務めた。スルードの災厄にて元凶と相打ちになり亡くなっている。
ノックス・メイソン:かつてロックの部下として王都守護魔法師団の副団長を務めた優秀な魔法剣士。アッシュ、フローラ兄妹の養父。新生守護魔法師団団長を務める。
フローラ・メイソン(ローランド):英雄ロックの実子。家族の事を大事に思う心優しい女の子。
リナリア:ノックス・メイソンの妻。控えめな性格ながらも芯の強さを持つ女性。
マリー・ウィンスロー:守護魔法師団隊長。金髪の美少女で、魔法師の実力も別格。自分の目指したかった姿をアッシュに重ね、意識している。
アイリス・アシュレー:王都守護騎士団の団員。マリーとは大の仲良しで、元冒険者パーティを組んでいた。
リネア・ハーネス:守護魔法師団第七部隊に所属する風属性魔法師。マリー、アイリスとは元冒険者パーティを組んでいた。
ヒース・ビアーズ:元冒険者。マリー・ウィンスローに憧れて守護魔法師団へ入団さかた炎属性の魔剣士。
チェリル:第七部隊の賑やか担当魔法師。実は高い魔力を有しており、影で努力を怠らない。
クライヴ:Sランク冒険者で一流の剣士でありながら、冒険者パーティを率いるリーダーも務める。
オリバー:守護魔法師団副団長。ノックスとは再結成前からの同僚。
モーガン:守護魔法師団第二部隊隊長。土属性の優れた盾使い。
ヴェルナー:公爵位の貴族。過去にロックとの因縁があり、守護魔法師団を毛嫌いしているが、国を思う気持ちは誰よりも強い。
ニコラス・ゴードウィン:伯爵位の貴族。ノックスの父から剣技を学んだ過去があり、ノックスとは古くから付き合いがある。
マーカス・ゴードウィン:ニコラスの弟。兄を尊敬し、その手足として支えている。
シャドー:王都にモンスターを差し向けた張本人。その目的や素性は不明である。




