覚悟
「ロック・ローランドは死んだはずだろう!こんなもの名前を語っているに過ぎん!」
「だが、ロックの死を確認した者は誰がおるのじゃ?あの混乱の最中、ロックの死が伝えられた事は事実じゃ。そして、あれ以降ロックを見た者がおらんかった以上、そう信じて来た。しかし…あれ程の者が万が一生き延び、その後の国での扱いを知っていれば恨みを抱いていても仕方あるまい…」
「馬鹿な事をおっしゃらないで下さい!奴は間違いなく死んだはずだ。そもそも何故今更になっ…て…ま、まさかモンスターを仕向けたのも彼奴で、防衛体勢が再建されきる前に攻めて来た訳ではあるまいな…」
「落ち着いて下さい!このロックが本物であろうと偽物であろうと関係ありません!あくまで国と国の問題です。万が一個人が軍を動かしたのであれば、へイムウェルに対処する義務がある。まずは相手国との交渉を……」
王宮内では様々な意見が飛び交い混乱を極めた。
そもそもこの世界では人間同士の争いはそれ程多くあるものではない。かつて勇者パーティが魔王を討伐し、以前ほどモンスターの活発な行動が減ったとはいえ、その存在は消えていない。共通の敵とも言えるモンスターが存在する以上、同族同士で内で争うよりも外の敵と戦う必要性が圧倒的に高い。
それが国同士となれば尚更である。お互いが消耗した隙をモンスターに襲撃されれば共倒れになってしまう。
だからこそ、そのような愚かともいえる争いはそう何度もは起こり得ないのだ。
王宮と同様に、守護魔法師団内にも戦線布告の情報がもたらされると多くの動揺が走った。
英雄ロック・ローランド。元勇者パーティの一員にして、元守護魔法師団団長。王都最高の魔法師と言っても過言ではない人物の名前は、魔法師にとっては特に重い……
「隊長会議が終わった。皆、既に周知の通り隣国へイムウェルより戦線布告された。宮廷が交渉活動をしているが、既に相手の軍団がこちらに向かって進行中の為、衝突を避けるのは困難だろう。敵の数はおよそ二千」
「二千だって!一体いつから準備してたんだ。とても正規軍だけの数じゃないだろ……」
「私、対人戦闘なんてほとんどした事ないのに……」
先のモンスター襲撃時より数は少ないものの、今回対峙するのは自分達と同じように鍛錬をして来たであろう人間だ。まだ復帰出来ていない人が居る事も考えれば、先の戦いよりこちらの人数が下回る可能性が高い。敵の人数に隊内の不安は増していく。
「団長!団長がいるじゃないですか!また精霊魔法で一気にやってもらえば」
「団長は…」
「団長は…いえ、義父は今、戦場に出られません」
「団長まで居ないなんて何でだよ!」
「詳しい事情は言えません。でも、義父はこの国を、ここで暮らす人々を守る為に王都にきました。必ずこの危機にも駆け付けます。それまでみんなで守り抜きましょう」
「アッシュ……」
「それと、相手の総司令官がロック・ローランドを名乗っていますが、これは偽物です。警戒は必要ですが、必要以上に恐れる事はありません」
「何で言い切れるんだ?」
「……?僕が憧れる英雄ロックがこんな事するはず無いからです」
「…………」
「プッ、さすが新エースのアッシュくんは言う事が違うッス」
「え?エース?」
「当たり前じゃないッスか。この間の戦いで、みんなアッシュくんの事を第七部隊のエースって認めてるッス。あ!でもでも旧エースのリネアさんも負けないッスからね!」
「ええっ?!わたし?」
「ダブルエースって奴ッス」
「チェリアちょっと待てぇーい!誰か忘れて無いか?この炎の剣士ヒース様を入れてトリプルエースだろ!」
「………………」
「いや、何か言えよ!」
「ヒースさんは剣より口の方がよく動く、口先だけッス。もう少し自分の力を見つめ直して下さいッス」
「酷い言われようだなおい!」
チェリアさんとヒースさんのおかげで先程までのみんなの緊張感が緩んだのを感じる。絶対に守り切る。
「みんな……」
アッシュ、チェリア、ヒースのおかげで、先程までの悲観的な空気は変わった。だけど、強がっていてもノックス団長が居ない中、前よりも過酷かもしれない戦場に皆を連れて行かなければならない。隊員が増え、その重くなった期待と責任に時に押し潰されそうになる。
ノックス団長は私よりも遥かに大きなプレッシャーの中、先の襲撃を戦い抜いたというのに……
その時、リネアが私の手を握っていた。その手は微かに震えながらも力強い。
「マリーちゃん、必ずみんなで無事に帰って来よう」
「——————」
「皆、此度も苦しい戦いになるだろう。だが、必ず全員無事に戻り、祝杯をあげるぞ!」
マリーさんの掛け声で第七部隊も戦場に配置した。
「おや?ヴェルナー侯爵ではありませんか?まさか侯爵も戦場に立たれるので?」
「ニコラス伯爵か。お前こそどうしたのだ?」
「私は王都を守る古くからの友人が宮廷魔術師に拘束されたと聞いたので、不在の間いくばくかの助力をと思った次第です」
「ふんっ!食えぬ奴め」
相変わらず不器用な方だ。自分を発端に思わぬ方向に事が進んだ為、その帳尻を合わせようというのだろう。
少し厄介な事になっているが、今は待つしかあるまい。
「他の貴族はあてに出来ませぬか?」
「近衛隊も含め様子見が大半だろう。相手が弱るか、王都内にでも入られれば慌てて出てくるかもしれん」
「侯爵もくれぐれも無理をなされぬよう」
「貴様こそ精々恥を晒すなよ」
私兵合わせて百といったところか。数は足りぬが何とかするしかあるまい。
「アイリス、今日は守護騎士団に合わせる必要はないぞ」
「今日の騎士団長はお優しいですね」
「先日より悪い状況だ。せめて自分のやりやすい装備で存分に生き延びろ」
「それは命令ですか?」
「当たり前だ。死んだら許さんぞ」
「騎士団長に言われたら頑張るしかないですね。終わった後は奢りですよー」
「ああ、好きなだけ呑み食いさせてやるさ」
マリちゃん、リネちゃん、私も頑張るね。
様々な思いを抱えながら、それぞれ戦場へと歩を進める。
守護隊は中央門を出た正面に配置されている。少なくとも東の森方面に伏兵と思われる複数の魔力を感じるが、兵力差がある以上、下手に兵力を分散して中央を正面突破されてしまえば元も子もない。
幸いにも最新の守護結界によって、簡単には王都内に侵入出来ない。伏兵が出た場合の対応についても周知されている。
出来る事ならば……近衛隊が参戦してくれれば兵力差も埋まるというものだが、簡単な話ではないようだ。
それでも、何故か数名の貴族が私兵を率いて来ている事で、兵力差は3倍までいかないところか。防衛の利はあるが、此度も厳しい戦いである。
モンスターとは違い、敵軍はすぐに攻め込んで来る訳ではなく、しばらく両軍が対峙する時間が続いた。
やがて一人の男が前に現れる。
黒いローブを纏ったその男はシャドーと名乗ったあの男で間違いないだろう。前回との違いは僕と同じ……いや、英雄ロックと同じ片手レイピアを持っている。
やはり、この男がロック・ローランドを名乗ったのかと思った矢先、王都に向かって魔法が降り注ぐ。
”隕石落下魔法”
広範囲土属性最大魔法をこうも軽々放ってくるとは……すぐに最大規模の盾生成魔法を上空に向かって展開した。
モーガン隊長も同時に同じ行動を取り、続くように他の魔法師達も降り注ぐ隕石からの防衛や破壊にあたるのだが、すべてを防ぎ切る事は出来ず守護結界へと着弾していく。
そして、その中の東側の一区画の守護結界が動作を停止する。
「馬鹿な!いくら威力が高かろうがこれ程簡単に……」
誰が叫んだか、この言葉と同時に何名かの魔法師は理解する。内通者が紛れ込んでいる。
守護結界は外側に対して強大な強さを持つ装置である。それを壊すには、正攻法であれば攻撃を与え続け、結界を展開する為の貯蔵魔力を枯渇させる必要がある。
それ以外では、内側から核となる部分を破壊する方法もあるが、今回選ばれたのは前者だろう。ただし、貯蔵魔力を意図的に少なくしておき、わずかなダメージで簡単に枯渇させる方法だ。
通常時ならともかく、これ程の緊急時だと犯人の特定に時間もかかり、味方同士を疑心暗鬼にさせる意図もあるかもしれない。
「行け」
そうシャドーが短く呟くと、対峙していた敵軍兵士が進行を開始、合わせて東の森から数十体のガーゴイルが停止した守護結界の位置から王都内に侵入を試みる。
一体どれだけの準備が成されて来たのだろうか……
これだけの侵略計画に対して僕達が取れる行動はすべて後手に回っている。
「マリーさん、僕だけ戦線を抜けさせて下さい。守護結界の穴を塞いで、ガーゴイルを相手取ります!」
「馬鹿を言うなアッシュ!君一人であれ程の数のガーゴイルに対応出来るはずがない!むざむざ死にに行くようなものだ!」
「そんな事やってみなければわかりません!すぐにあそこを守らなければ王都に暮らす人々が被害に遭います!」
「くっ……アッシュ、私と約束しろ!必ず生きて帰って来ると!」
「わかりました!」
とは言ったものの、既に敵軍との戦闘は始まっている。ここを抜け最短で行くにも時間がかかってしまう。
このままでは……
僕の前方に空より舞い降りる一つの人影。その人は手に持つ長剣で一閃。周りの敵軍を大きく吹き飛ばして言った。
「すまん、少し手間取ってな」
「あ、あなたは……」
【人物紹介】
アッシュ・メイソン(ローランド):英雄ロックの実子。実父に憧れて魔法師として日々修練に励んでいる。
ロック・ローランド:元勇者パーティの魔法師。パーティ解散後は王都にて守護魔法師団団長を務めた。スルードの災厄にて元凶と相打ちになり亡くなっている。
ノックス・メイソン:かつてロックの部下として王都守護魔法師団の副団長を務めた優秀な魔法剣士。アッシュ、フローラ兄妹の養父。新生守護魔法師団団長を務める。
フローラ・メイソン(ローランド):英雄ロックの実子。家族の事を大事に思う心優しい女の子。
リナリア:ノックス・メイソンの妻。控えめな性格ながらも芯の強さを持つ女性。
マリー・ウィンスロー:守護魔法師団隊長。金髪の美少女で、魔法師の実力も別格。自分の目指したかった姿をアッシュに重ね、意識している。
アイリス・アシュレー:王都守護騎士団の団員。マリーとは大の仲良しで、元冒険者パーティを組んでいた。
リネア・ハーネス:守護魔法師団第七部隊に所属する風属性魔法師。マリー、アイリスとは元冒険者パーティを組んでいた。
ヒース・ビアーズ:元冒険者。マリー・ウィンスローに憧れて守護魔法師団へ入団さかた炎属性の魔剣士。
チェリル:第七部隊の賑やか担当魔法師。実は高い魔力を有しており、影で努力を怠らない。
クライヴ:Sランク冒険者で一流の剣士。冒険者の立場のまま王都を守る決意をした。
オリバー:守護魔法師団副団長。ノックスとは再結成前からの同僚。
モーガン:守護魔法師団第二部隊隊長。土属性の優れた盾使い。
ヴェルナー:公爵位の貴族。過去にロックとの因縁があり、守護魔法師団を毛嫌いしているが、国を思う気持ちは誰よりも強い。
ニコラス:伯爵位の貴族。ノックスの父から剣技を学んだ過去があり、ノックスとは古くから付き合いがある。
シャドー:王都にモンスターを差し向けた張本人。その目的や素性は不明である。




