信頼
モンスターから王都の防衛に成功した後、シャドーと名乗った男の素性や動向について調査が進められたが、残念ながら大きな進展は何も無い。
先日、守護結界の設置で訪問したイーストウッド村に1年前に現れたという黒いローブの冒険者が同一人物であるならば、それが唯一の情報であった。
ただ、再度のイーストウッド村での聞き取り、洞窟の再調査は検討されているが、とてもすぐに人員を割ける状況では無かった。
王都の被害は無かったものの、守護隊の消耗は大きい。死者こそ出なかったが、重軽傷者をはじめ装備や道具の消費も多岐にわたる。今動けるメンバーでは日常業務の対応で手一杯だった。
せめてもの救いは、今回のモンスター撃退を受けて王宮から褒賞が与えられた事だ。それをもって団員の怪我の療養や各種装備等の新調に充てられた。
どうやら冒険者ギルドがかなり吹っ掛けたようで、その恩恵を受ける形で守護魔法師団にも相応の褒賞が決まったようである。素直にそこは感謝している。
一方、王宮は褒賞を与えた事で、堂々と守護隊の活躍を国内外に喧伝した事も伝えておく。
自分達が再建させた組織の活躍で、モンスターの大規模進行を防いだのである。国民向けには王宮の判断の正しさを大々的に伝え、国外にはいかに安全を確保しているかを伝える事で、移民を増やす為の宣伝とした。
「気に入らんな」
「守護隊の事でございますか」
「ロックが死んでやっと目障りな連中が居なくなったかと思えば、王が勝手にあのような発言をしたばかりに。ノックスとはあの時逃げた若造だろう?恥も知らずのこのこと…」
「左様でございます」
「聞けば派手なだけの精霊魔法を使って戦場から姿を消していたと言うでは無いか……姿を消したか。良い事を思い付いた。ノックスの襲撃前後の行動を調べて参れ。どんな些細な事でも構わん」
「はっ、ヴェルナー様」
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「え?!どうしたんだフローラ?」
「だって、最近はご飯を食べてる時もボーっとして元気ないし、あんな事があって大変なのはわかるけど、せめて個人的な魔法の練習くらいは控えないといつか身体壊しちゃうよ」
「そうは言っても、またいつ同じような襲撃があるかわからないんだ。僕が少しでも実力を付けてみんなを守れるようにならないと、次は王都の中まで侵攻されてフローラやリナリアさんにまで被害が出てしまうかもしれない」
お兄ちゃんの馬鹿!わからず屋!こんなんじゃ一緒にご飯を食べていても全然楽しくない!
と喉まで出かけて我慢する。今のお兄ちゃんに感情的になってもきっと何も響かない。
「守護魔法師団の仲間は、お兄ちゃんが守ってあげないと何も出来ない人達なの?」
「なっ!そんな訳ないだろっ!!みんな僕よりも多くの経験を積んでる優秀な人達ばかりだ」
「お兄ちゃん、前に洞窟に行った後に言ってたよね?みんなの連携に上手く合わせられ無かったって。リネアさんは仲間の為に広い視野で物事を見てて、自分もそんな風になりたいって。大切な仲間だから、怪我で動けない人達の分を支え合うのはわかる。でも、今のお兄ちゃんの考え方は独りよがりで何も変わってない。仲間の事を全然見てない」
「っ………」
「ロックお父さんは多くの事を自分で出来たけど、決してすべてを自分だけでやっていた訳じゃない。ノックスお義父さんだって、先日の戦いではすごい魔法を使った後、守護魔法師団の人達に託して回復に努めたんでしょ?仲間を信頼するってそうゆう事だと思う。だから二人とも多くの人に慕われたり信頼されてる。いつも心に余裕が無い人に誰かを守る事なんて出来ないと思う……じゃあ、私はもう休むから…」
言った。言ってしまった。出来る限り冷静に話したつもりだけど、心臓がバクバクして今にも破裂しそうだ。こんなに緊張したのはいつ以来だろう。
直接見た訳でも無い私が偉そうな事を言ってしまった自覚はある。何も知らない癖にと言われればその通りだろう。
でも、お兄ちゃんの事はいっぱい見てきたし、考えてきた。
守護魔法師団のマリーさんやリネアさん、チェリルさんにアイリスさんは守護騎士団だっけ?なんだか最近は女の人の話ばかりで、思い出すと少しムカムカして来たけど、そうした人達のようにお兄ちゃんの隣に立って戦う事は出来ない。
それでも、いろんな話をお兄ちゃんから聞いて、想像して、完璧に理解する事は出来ないけど、守護魔法師団じゃないお兄ちゃんを一番知っている私にしか言えない事もあるんじゃないかって……あんなに酷いことを言って嫌われてしまわないか心配だけど、きっとお兄ちゃんならわかってくれるよね…………
僕はなんて馬鹿なんだろう。
この間の戦いで思い上がってしまっていたんだろうか。自分が何とかしなければいけない。それは責任感なんていう綺麗なものじゃ無くただの驕りだ。
仲間の為にと言いながら、一番仲間を軽んじていたのは僕自身だ。フローラに言われるまで、そんな事にも気付いていなかった。
「謝りに行かなきゃ…」
椅子から立ち上がって偶然目に入った鏡の自分を見て足を止める。
こんな顔をしていたのか……そこには覇気がなく、疲れを隠し切れない自分の顔が写っていた。
やっぱり今日はゆっくり休もう。こんな表情のままでフローラに会うわけにはいかない。
「お兄ちゃん、おはよう」
フローラはまるで何も無かったように翌朝挨拶をしてくれる。だから僕はすぐに頭を下げて謝った。
「フローラ、昨日はごめん!僕は全然周りが見えてなかった。いや、自分の事すら見えてなかった。また大事な事を教えられたよ。ありがとう」
「今日は元気そうな顔で良かった。怪我からまだ復帰出来ない人も居て大変だと思うけど、頑張ってね」
「うん、ありがとう!みんなの分も頑張る為に自分の身体も大事にするよ」
「——————」
「今日はすっきりしているなアッシュ」
「おはようございますマリーさん」
団員の疲労を感じつつも、状況的に簡単に休暇を与えられ無いもどかしさを感じていたが、表情の明るくなったアッシュを見て少し安堵した。
「何かあったのかい?」
「実は妹に叱られまして」
「妹と言うとフローラちゃんだったかな?」
「はい。疲れて余裕の無い人に誰かを守る事なんて出来ないって言われました」
少し恥ずかしそうにしながらアッシュは話していた。
「ははっ、フローラちゃんはしっかりした子だね」
「ええ、大事な事を思い出させてくれるよく出来た妹です」
「ふふっ、少し妬けてしまうね」
「妬ける…ですか?」
「えっ?!ああいや、違うんだ!私には兄弟姉妹が居ないからね。きっと兄妹だから分かり合える事もあるんだろうなと想像すると羨ましく思えて……け、決してそれ以上の意味は無いからっ」
「………そうですね。妹には本当に感謝しています」
「マリー隊長!良かったすぐに見つかって。緊急事態です。すぐに会議室に行って下さい」
オリバー副団長がマリーさんを見つけて、慌ててこちらにやって来る。
「何があったんですか?」
「アッシュ君も一緒でしたか……君にも無関係では無い。特別に会議への参加を認めます。一緒に来て下さい」
オリバー副団長に言われるまま、慌ただしく会議室へと足を運んだ。
会議室には既に他の6部隊の隊長達が集まっていた。確かに僕がここに居るのは特別なようだ。
「副団長、良いのかい?一団員が混ざってしまって?」
「彼はノックス団長の息子です。私が特別に許可しました」
集められた内容がまだわからない為、聞いた隊長もその返答に不思議そうにしていたが、オリバー副団長が続けて話した内容で皆納得する事になる。
「早速本題ですが、先程ノックス団長が宮廷魔術師に連行されました」
「言っている意味がわかりません。ノックス団長が何をしたと言うのですか!」
マリーさんが少し声を荒げて聞く。
「私にも詳細はわかりません。宮廷魔術師達は、先のモンスターの王都襲撃に対し、そのモンスター誘導の疑いありと……」
「そんな馬鹿なこと!!」
つい口を出してしまう。
「他にも、最新の守護結界を周辺の村に設置した事も問題にしているらしい。意図的に王都の防衛を弱めたという言い分だ」
再び僕とマリーさんが声をあげようとした所をモーガン隊長に制される。
「若い二人は少し落ち着きなさい。あくまで宮廷魔術師達の言い分でしょう?団長は何かおっしゃっていましたか?」
「私の説明の仕方が悪かったばかりにすまない。そう、あくまで相手側の言い分だ。団長は何かの勘違いだろうが、誤解を解かない訳にはいかない。しばらく迷惑をかけるが守護魔法師団を頼むとだけ……」
「相手が何を根拠にこのような行動に出たかはわかりませんが、団長は無実と言っているんです。どれだけ時間が掛かるかわかりませんが、今は団長を信じて今居る団員で業務を回すしか無いでしょう」
「だが、万が一団長がクロだったらどうするんだ?」
最初に僕が居る事に触れた隊長が言う。確か第四部隊のデリック隊長だ。ついそちらを睨んでしまう。
「その時は受け入れるだけです。万が一逃亡するようであれば、私達が名誉の為にも捕まえるしか無いでしょう」
「なっ……」
「ですが、私は団長の事を信じていますので、その心配は無いと思います。貴方達だって同じでしょう?」
モーガン隊長にそう促され
「もちろんです」
と答えるより無かった。
「さっきはすまなかったな」
僕とマリーさんはデリック隊長に声を掛けられた。
「俺だって団長の事は信頼している。しかし、俺達は団長の私兵じゃなく、王都につかえる立場だ。最悪のケースも想定しなきゃならんと思ってな」
言われている事はわかるが、素直には受け取り難い。
「いえ、デリック隊長のおっしゃる事もごもっともです。ですので、私達で団長の無実を晴らしたいと思います。行こうアッシュ」
マリーさんに手を引かれ会議室を後にした。
「こりゃー、嫌われちまったかな」
デリック隊長は苦笑いするより無かった。
「とりあえずこの後の業務はこちらで対応するから、アッシュはご家族にこの事を告げて来てくれ。他の人から耳に入るより、君から伝えた方がご家族も安心するだろう」
「他の団員にはどう伝えますか?」
「急いで出て来てしまったが、すぐに伝える必要はないだろう。詳しい状況がわからない以上、余計な混乱は避けたい。私の方でも何か情報が無いか当たってみる。アッシュもまだ来たばかりで人脈は少ないだろうが、何か情報が手に入ったら教えてくれ」
「わかりました!よろしくお願いします」
まずは自宅に帰ってフローラを連れてリナリアさんの所へ。隣のおじいちゃん、おばあちゃんにも話した方が良いかな。
家に戻るがフローラの姿は無い。リナリアさんの所に居るかもしれないと向かうが、こちらも不在だった。
その足で隣家に立ち寄るとみんなが集まっていた。
「おう、アッシュよく来た。ノックスの件だな?」
「おじいちゃん、どうしてそれを…?」
「はっはっは、元騎士団長様の情報網を舐めるなよ」
そう、おじいちゃんは元守護騎士団長、現指南役として今も時々守護騎士団に顔を出しているらしい。そうしたツテがあって、いち早く情報を手に入れていたようだ。
「大体の内容は既にみんなに話してある。フローラちゃんもさっき落ち着いた所だ」
フローラの方を見てみると、少し膨れていたが平常に近い。
「怒って当然よ。お義父さんに変な疑いを掛けて許せない」
「アッシュ、お前が何処まで知っているか分からんが、今回の件には貴族が複数人関わっている。まあ、宮廷魔術師が出て来ているんだから、当然と言えば当然だ。主導したのはヴェルナーという堅物貴族だが、むしろ厄介なのはウィズリーとハワードという後ろにいる奴らだ。私欲の為に動くあまり良い噂の無い奴らだ。こちらでも手を打つが、くれぐれも用心しろよ」
「おじいちゃん、すごいよ!ありがとう!」
「なぁに、手の掛かる息子だが、何とかしてやるさ」
「アッシュ君、くれぐれも無茶しないでね」
リナリアさんにも声を掛けられる。
「僕なんかより、リナリアさんの方が……」
「私は大丈夫よ。お父さんもお母さんもいる。フローラちゃんもアッシュ君も居てくれるでしょ。それにお腹の子の為にも落ち込んでなんていられないわ」
そう、リナリアさんのお腹には新しい命が宿っているのだ。
その後、守護魔法師団の状況や今後の動きについて話し合い、家を後にした。
「おじいちゃんの事、見直しちゃったわ。あれがやる時はやる男?」
「はは、おじいちゃんは昔からずっとすごい人だよ」
義父さんに剣術を叩き込んだ人だ。その腕前は伊達じゃない。年齢を重ねて全盛期程では無いみたいだけど、義父さんは純粋な剣術の技だけなら今でも敵うかわからないと言っていた。
常に家族を守れる場所に居られる訳ではない僕や義父さんにとって、そんな人が身近に居てくれる事はとても心強いことだ。
この日は実質休暇を頂いた形になったので、しっかり身体を休め、おじいちゃんから聞いた話を踏まえて明日からの行動をマリーさんと相談しよう。
だが、それは本当に偶然だったのか、やはり仕組まれた必然だったのか、僕達の考えを大きく飛び超えて物事は起こってしまう。
隣国へイムウェルからの戦線布告。そして、届いた書簡の最後にはこう書き記されていた。
”へイムウェル軍総司令官 ロック・ローランド”
【人物紹介】
アッシュ・メイソン(ローランド):英雄ロックの実子。実父に憧れて魔法師として日々修練に励んでいる。
ロック・ローランド:元勇者パーティの魔法師。パーティ解散後は王都にて守護魔法師団団長を務めた。スルードの災厄にて元凶と相打ちになり亡くなっている。
ノックス・メイソン:かつてロックの部下として王都守護魔法師団の副団長を務めた優秀な魔法剣士。アッシュ、フローラ兄妹の養父。新生守護魔法師団団長を務める。
フローラ・メイソン(ローランド):英雄ロックの実子。家族の事を大事に思う心優しい女の子。
リナリア:ノックス・メイソンの妻。控えめな性格ながらも芯の強さを持つ女性。
マリー・ウィンスロー:守護魔法師団隊長。金髪の美少女で、魔法師の実力も別格。自分の目指したかった姿をアッシュに重ね、意識している。
アイリス・アシュレー:王都守護騎士団の団員。マリーとは大の仲良しで、元冒険者パーティを組んでいた。
リネア・ハーネス:守護魔法師団第七部隊に所属する風属性魔法師。マリー、アイリスとは元冒険者パーティを組んでいた。
ヒース・ビアーズ:元冒険者。マリー・ウィンスローに憧れて守護魔法師団へ入団さかた炎属性の魔剣士。
チェリル:第七部隊の賑やか担当魔法師。実は高い魔力を有しており、影で努力を怠らない。
クライヴ:Sランク冒険者で一流の剣士。冒険者の立場のまま王都を守る決意をした。
オリバー:守護魔法師団副団長。ノックスとは再結成前からの同僚。
モーガン:守護魔法師団第二部隊隊長。土属性の優れた盾使い。
シャドー:王都にモンスターを差し向けた張本人。その目的や素性は不明である。




