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過去の残骸 ー還ってきた王の祝宴ー  作者: あおぞら えす


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The Traitor and the Seven Treasures そのに


 ローディとランディバーは実家に帰る道中、ディランとマイケルに出会った。ディランがローディに会うために待っていたともいえる。

「ディラン。お前が無理をするのはよくない。」

 ローディの声はいつもの怒っているような口調なのに、顔が少し悲しそうだったことが、逆にディランを変な感情にかきたてた。

「私は無理はしていません。何故父様がいらしたのです?」

 不安という言葉で片付けられる感情。父親の行いはただ、息子の無事を願ったもの。ローディはディランの頭にそっと、大きな掌をのせた。ディランは少しだけ落ち着く。まだ自分が子供だと自覚する。

「ありがとう、ディラン。私はお前の安全だけが大事なんだ。」

 ディランは驚いてローディを見つめた。ローディの顔には優しい笑みが浮かんでいる。

「父様だって、危ないかもしれない・・・です。」

「お前が、危ない目にあわないように、私が前に出ることを許して欲しい。」

 ローディは父親になれていなかった時を後悔し、今はディランのために自身を盾として扱うことを決めている。

「・・・父様は、やはり精霊王なんですね?」

「あぁ。時の流れと、お前に出会えたことで私は私になれたんだ。もう、父親以外の何物でもない。お前を愛する父親だ。いつか、母親の話をしよう。私がいたことで亡くなった、お前の母親のことを。」

 ローディはディランの頭を撫でた。初めて、愛する息子をちゃんとみた。顔は妻に似て美人だと認識する。自分に似ないで良かったと考えた。

「父様。くすぐったいです。」

 ディランは恥ずかしそうに笑った。笑みも彼女に似ている。ローディはようやく自分が失っていたものを取り戻せたように感じ、不意に息子を抱きしめ、

「本当に、すまなかった。お前を捨てようとしたことを今でも許せない。お前が私を恨むことをせずにいてくれたこと、感謝している。」

と、泣きながら伝える。失う前に、言うべきこと、話すこと。今はいない、愛する人が教えてくれたこと。

 愛とは、心の中から生まれ、やがて芽吹いた頃、それはどんなものよりも遥かに尊く、慈しみはやがて人との架け橋をつくりだす。

 ローディは、今はまだ気がついていない。けれど、やがて彼は愛しうる主に出会う。今はまだ、ディランにその尊さを気づかさせられただけ。

 そう、この二人は今まさに、家族という愛情をお互いに手探りの中、手を差し出して探している。


 ディランは妖精王と精霊王の呪いを知っている。二つの魂は永遠に、一方は殺され一方は苦しむという呪いを続けていくはずだった。それを止めたのは、たった一人の女性だ。妖精も精霊も存在しない世界で出会った、ひいろという女性。当時、生きる意味を亡くし、全てから逃げだそうとしたあおい。二人は歳が離れていたからこそ、結ばれなかった。けれど、二人の作ったものは、会社というただの箱ではなく、生きる世界を作り出し、笑顔とは何を意味し、幸せとはどのように作るのかを解き明かした。


 ディランが今世でつくりだすのは、不幸や悲しみとは違う、けれど生きている者達がその道を進むために苦労だったり、苦難を共に越える世界。

 だから、ローディへ恨みなどない。そんなものはすでに前世においてきた。ただ、前を向き、進む。呪いが解かれたのは、ディランがひいろと出会い、生きる意味を知ったからだ。

 過去に積まれた残骸は、記憶に積まれた経験となった。辛い記憶だからこそ、生きるために手を取り合う。ひいろも生きる術を失った。けれど、彼女は前を向いた。流された家族の手をとれないなら、いま目の前で死を受け入れようとする老人に声をかけ、生きようと言うことにした。これが、始まりの合図だった。

 ディランはあのとき声をかけたひいろが、呪いを解く鍵となったと理解している。生きようとする心はどんな呪いをもってしても敵わない。人の強さの現れである。

 ローディに抱きしめられ、謝罪されたディランの瞳に映ったのは、ローディを守る守護精霊たちだった。本来は妖精を見ることが出来ても、精霊を見ることができないディランの前に姿を現した彼ら。皆一様に微笑んでいた。彼らは感謝の意を示したのだ。精霊たちは妖精達よりも上位の存在。ローディは彼らの主だ。精霊はディランを守る。それはローディの願いであり、ディランへの感謝だ。




 呪いは魔物を呼ぶ。小さな悪意はいずれ巨大な魔物を生む。ディランとローディ、妖精王と精霊王の呪いが解かれた瞬間、巨大な魔物が生まれた。たまり続けた悪意が魔物として誕生した。




 バダデア国に清い風が流れた。

 七賢人の話しは、ジュトラッテ帝国にもすぐに広まった。公王の力添えでパダデア国の王が決まり、腐敗した人々が消えていった、と。

 ディランはただ友を見つけただけだと思った。ちょっと関与しすぎたせいで、しばらくは会えないだろう。それを残念に思いながら、現在進行形で起きている問題に目を向けていた。


 百議会が開かれる。皇帝の城に赴き、皇帝と公王が集ったいくつかの組織へ、内容などを聞き取り問題を解決させる。かなり大きな会議だ。会社で言えば、これは上層部が行う会議だ。国の細部までを聞き取りを行う。

 今回、三大商会の腐敗が分かった。すでにナドア商会には待機命令を行っている。

 ディランはアーナを公王の住まいで暮らすように伝えている。それをスアラン・ラステがよく思っておらず、アーナにも問題があると声高に主張しているのだ。

「馬鹿な親だ。アーナさんに問題提起することで時間つぶしでもするつもりかな。」

 ディランは小さくため息をついた。

「わたくしのことを売った親ですから。公王陛下と皇帝陛下に裏切りを叩きつけた愚かな父です。」

 そんなディランにアーナは同調して頷いた。アーナにとって、親は前世にいる。今世の親がどんなに愚かで己自身しかみていないのかをよく知っている。ひいろとして気持ちは生きて、アーナとして前を向く。彼女は強い心を持っている。そして、愛する人の側で生きれることに感謝している。

「アーナ。本当に、ひいろみたいだね?」

 前世の記憶を共有する二人は、お互いを懐かしんだ。いくつかの話しもした。しかし、それはやはり前世の中での話しで終わる。二人にとって、現在が生きる道だ。

「ふふ。あおいさんって言葉を紡ぐと、不思議です。私、今でも貴方のことを大切に想っているので。」

 アーナは笑った。ディランは、前世で感じたものを今もひいろでありアーナから感じている。愛する者が届ける愛のメッセージだ。

 眩しくて温かい気持ちをアーナから受け取る。ディランがまだその想いを応えることはない。ディランはアーナを守るためにこれからアーナの親を片付けるのだから。アーナは親を親と思っていない。ディランがアーナの心を読み取った答えだ。アーナが憎み嫌う存在を、ディランもまた嫌った。


 スアランが行っていた今までの愚行を、ディランはしっかりと調べた。

 主な罪は女性への暴行行為だろう。特に自身に仕える侍従たちへの暴行は酷いものだ。女性の大切な顔を傷つけることなど日常茶飯事。肉体だけでなく精神的に追い詰められた侍従が自害したという話しが一つ二つではない。同じように男性にも行っているが、多くの場合は逃げれていた。か弱い女性が助からなかったのは、抵抗する気力をそがれたためだ。

 ラステ家がこうなったのは、その上にあるナドア商会の存在が大きい。

 ナドア商会の商品は男性向けの商品が多く、家柄も男女平等という考えよりも、女性を虐げ、男性がいかに強く立派かを謳うような商品が並んでいる。主に剣や槍、弓など武器が多い上に、女性を性奴隷としかみていないような製品も売っている。

 これらの商品の中には、数十年前に皇帝から品物を売ることを禁じられていたものが含まれる。過度な男尊女卑を促す商品が、帝国に相応しくないと命じられたのだ。

 それを無視して販売をし続けたナドア商会には、暗い未来が待っている。

 ナドア商会のトップであり商会で唯一の貴族である、アルシエ・オーダンド男爵はディランを馬鹿にしていた。そもそも、公王と皇帝が国のトップであることなど、一切気にしておらず、自分が売り出す商品と、そのお金だけが彼を中心とした崇高な世界を作っていた。

 今、アルシエには貴族というカテゴリーの中にいることが、唯一の救いだと勝手に勘違いしている。ディランという公王が、貴族という身分を何かの免罪符にすることなどない。そもそも、地位や名誉は元からあるものではない。代々続いたものであり、脈々と流れた魂がそこにある存在に与えるもの。魂が宿っていない地位や名誉には、なんの意味もなく、ディランですら、自分が誰のために存在するのかを理解するために、勉強し、理解しようとし、身につけていった。

 貴族という地位が何かを覆い隠すためにあるのなら、ディランは笑ってそれを引き剥がす。この国の主は皇帝と公王だ。二人はそれぞれの力で国を守り、運営している。国の要は人であり、民の笑顔だと、ディランは考えている。

 それに罰を与えるために、重要な罪人を国を跨いで連れてきている。



 百議会当日に集まるのは三大商会と収監公役商、七長老だ。収監公役商は滅多に現れない代表が顔を出す。また、七長老は七人全員がやってくることはないのだが、今回は七人全員が出席する。今までにないこと尽くしだったのだが、もっと大きなニュースが発表される事の方が皆の話題にあがった。

 皇帝の孫娘エクシエルの婚姻だ。エクシエル王女が結婚すること自体は何も気にならないが、ディランは、その相手に驚いた。

 先日訪れたバダデア国の現国王、パジオノ・グラッセだった。いつ、リーリアスがパジオノと接触したのか。いや、あのとんでもなく気軽なおじさんは、すぐにでも王となったパジオノに祝電を贈るだろう。腰が軽くて自由な皇帝が、パジオノを好きになるのに時間はかからない。孫娘を嫁に、と思うのはすぐだったはずだ。エクシエルもきっとパジオノと話せば好きになるのに時間はいらない。ディランが友だと思う彼は本当に素敵な人だ。嫌いになることなどないだろう。

 ディランは噂ににっこりしてしまった。これから招集される会議は陰鬱だったが、エクシエル王女と話すことだけは楽しみだった。




 マイケルはランディバーに何を話すか迷った。

 彼は実家に帰ったことでわかったことを伝える。ランディバーに彼の兄と妹の所在を伝える。たったそれだけのことを、言葉に出来ないでいた。

 マイケルは、ランディバーを義兄と慕ったことはない。けれど、ディランはランディバーを認めた。彼はディランという共通の主に仕えている。認めるしかない。ランディバーが最期の肉親になったことを。

 マイケルはある日、ランディバーを呼び出した。ディランがアーナ嬢と一緒にいるからこそ、ランディバーと話しができた。本当はディランと一緒にいたかったが。



「・・・それで、どうした?」

 ランディバーは相変わらず、メイド服を着ている。ディランはもう許しているが、それでも着続けている。

「・・・先日、あの家に戻って・・・。」

「あぁ。みんな、死んでいたのか。」

 ランディバーは小さく、ぽつりと呟いた。マイケルはランディバーをまじまじと見た。

「すまない。」

 マイケルが咄嗟に言った言葉に、ランディバーはおかしそうに笑った。

「お前は、何も悪くないだろ?ははは・・。俺が犯した罰は、ちゃんとかえってきた。」

 ランディバーは遠くをみる。過去に犯した罪。マイケルの母親へ犯した罰。

「なぁ、マイケル。貴方の母親は、俺を許したと思うか?」

 ランディバーは、ずっと抱えて生きていた。死んだ者に、謝るために。

「・・・、母様は貴方のせいだと思いませんよ。許すかどうかは・・・。貴方が幸せになるなら、許すでしょう。」

 マイケルは、母親が理不尽な理由で幽閉され、死ぬ間際まで抗おうとしていた。

ーーいいですか、マイケル。わたくしは、いつまでも幸せだったと言い続けるわ。わたくしは、ジュトラッテ帝国の王女。誰かに囚われたなどとは思いません。そして、マイケル。わたくしは幸せだったことは、貴方が国に帰って伝えるのです。それと、あの子にも伝えて欲しい。幸せを享受しなさいと。わたくしのこと忘れないで、しあわせでありなさい、と・・・ーー

 母親は名をあげなかった。けれどそれがランディバーであることを、マイケルは知っている。母親が唯一、気に入って近くに来ることを許した。マイケルにとってはたった一人のライバルになった。母親が認めた子供。

「・・・幸せ・・・。」

 ランディバーはその言葉を胸に抱き留めた。彼はマイケルに視線を向けた。

 母親に似た顔立ちであり、この帝国の皇帝の血をひいている。その話しを聞いたランディバーは、何故ずっとマイケルを張り合う相手にしたのか理解できずにいた感情をようやく理解した。

「羨ましかったのか・・・。」

 母親に愛され、周りに憎まれることない幼少期を過ごしたマイケル。ランディバーは、親の不仲もあって、母親は長男ばかりを褒めた。次男であったランディバーを見ても、いないに等しい態度をとった。父親が母親を愛していないということで、妾にかける愛情を母親のパトアにどれだけ不満と憎しみを与えたか。結局、母親も父親も自分だけを考えて行動し、何もかも失った。自分の命すらも。

 けれど、ランディバーだけは違った。愛情を向けられるマイケルと同じように、マイケルの母親であるシンシアはランディバーを愛していくれた。本当の子供のように接した。他の誰でもないランディバーを愛してくれた。マイケルがランディバーを嫉妬していたのを知っている。

 彼女は愛したことでランディバーがマイケルを必死に守るだろうことを予見したのか。彼女はとても聡い人だった。亡くなったあとに一度だけ、墓を見に行った。墓は粗末に作られていた。本来その場所に眠るには相応しくない。

 ランディバーがマイケルを追いかけたのは、謝罪を言うためだっただろうか。よくよく思い返しても、ランディバーはマイケルを守るために、追いかけたのだ。たった一人の義弟。間違いなく彼を守りたくて追いかけた。そのうちに心の中に眠っていた、相手と競争する心や殺意はないが大切な人を殺したという自分への憎しみが戻ってきた。

 今、言えるのは、マイケルに対する感情は愛情だけだった。彼は義弟であり、守るために追いかけて、ここにいる。自分の中にあったものは、今は彼に謝罪することではなく、

「マイケル。」

 マイケルが不思議そうにみつめてくる。

「今まで、ありがとう。俺は、お前の義兄であり、家族だと、ずっと言いたかった。俺の中にある誓いを聞いて欲しい。私は、貴方の側仕えとして側にいたい。ディラン様を守るものはたくさんいらっしゃる。でも、貴方を守る者はいない。貴方は、この帝国では、皇帝の従弟にあたる。私は、貴方の家族であり、同時に騎士として貴方を守る。」

 マイケルの瞳は大きく開かれた。ランディバーは元からそうする予定で追いかけたのだ。お礼を伝えて、彼を守る家族してその背を預けて欲しかった。

 ランディバーはこの国の騎士ではなかったが、パトアに無視される度に必要性を感じて家族に内緒で騎士学校へ通い、ナイトの称号を持った。血の滲むような努力をしても、本来の家族は認めてくれず、シンシアだけが認めてくれた。

「・・・ディラン様はそれを尊重する方です。けれど・・・。」

 マイケルは困惑していた。ランディバーの考えは正しいだろう。マイケルが皇帝の従弟だという事実は広まるだろうし、必ず誰かはマイケルがディランの側にいることへ、何かしらの文句を言う。

 皇帝の血族が、公王のしたで働くことがいかにこの国バランスを壊すことになるか。ディランはそんな程度のことを吹き飛ばすだろうし、マイケルを側に置くことについて騒ぎ立てる者を黙らすという手段をとらないだろう。それこそ、存在を消すだろうし、彼はそれを少しも苦労とは考えない。

 妖精の悪戯はディランが主導しているなんて誰も思わないだろう。妖精王はもうマイケルもランディバーも手放すつもりはないし、万が一皇帝の血族の名を出せば、妖精たちが悪戯の範囲を超えて『消して』しまうだろう。

 帰る間際にマイケルへディランが言った言葉にはそういう表現があった。その時は背筋を伸ばして緊張してしまったが、今考えると、実際に行う可能性がある。

 ならば。

「俺を守るって言うのは、かまいません。けれど、キチンとディラン様も守ってください。貴方の言うとおり、あの方を守っているものはたくさんおります。エイド君もそうですし。ナイトとして、みんなを守ってください。」

 マイケルは穏やかにそう応えた。ランディバーは、その笑みがシンシアに似ていることに気づいたし、自分が守る家族は一人ではないことを実感した。ナイトの称号は国は違えど、かなり有用なものだ。剣を扱うために、鎧を着るか、或いは。

「このまま、メイド服着て剣を持つ、っていうのは変かな?」

ランディバーが義弟に尋ねた。普通の兄弟の会話。

「さぁ?まぁ、面白いかもね。母様だったら喜びそうだなぁ。」

「はは。シンシア義母様は面白がるよな!」

 二人には、もう過去の出来事を語る理由はない。ただ、昔を懐かしみ、未来のために語らった。二人はただの家族になった。

「・・・とりあえず、ディラン様にお聞きしよう。」

「あぁ、そうだな。あの人も笑ってくれるだろうか?」

「・・・ディラン様は笑うって言うか・・・」

二人の会話は終わらなかった。

 ただ、流れる時間は穏やかで、二人の歪みは解かれていった。それを、遠くの部屋でディランが聞いているとは露とも知らないだろう。二人の会話を聞きながら、ディランの心は温かくなった。

 二人を絶対に裏切りたくなかったし、何が何でも自分の場所に帰れるように。そのために迎えに行ったし、ローディへ願った。マイケルもランディバーも、家族だという認識に至った瞬間の、自分の愚行に目が眩んだ。だからこその今があると考える。

 二人のくだらない会話を心底幸せな気持ちで噛み締めているのは、他の誰でもないディランだった。後悔することがないようにすることがどれほど難しく、それでも人は求めるのか。

 ディランが進む道は前世と同じように大変だけれど、家族を守ることを心の道しるべとしたディランにはそれぐらいの大変さは苦ではない。決めた道を進むことが、高い山を登ることよりも大変でも、進むんだ、という心持ちを変えずに、行く。他の誰も出ない、ディランが決めた事。




 ハビラッド城が眼前に見えてきた。公王が持つ城よりも大きくてとても厳つかった。


 人々が住む城下町では、百議会の催しと同時開催している桃の飾り祭りが盛大に開かれていた。皇帝が実際にお忍びで来るほどの盛況な祭りだ。

 桃の飾りとは、大昔に魔物を討伐した桃の飾りをつけた幻獣と妖精の話しをモチーフに開かれている、とても昔からある祭りだった。

 特に今年は妖精王がこの城下町にやってくる。皆が楽しみにしていた。かの有名な公王は、隣国の問題をも解決したのだ。期待しか生まれない。



 公王であるディランは、ハビラッド城へ向かう前にローディに伝言を残した。ローディはその伝言をケミランに伝えた。

「・・・そうか。お前もディランと同じ意見か?」

 ケミランはローディが精霊王だと知ってからは、過去の因縁について色々と調べていた。確かに、精霊王と妖精王の呪いのようなものは文献に残されている。ディランはこれらを読み解き、父親を許したのだろうか?いや、そもそもあの子は父親に対して、何一つ文句を言わなかった。不満はあったかもしれないが、あの子なりに心の底から父親の呪いを解く方法を考えていたのか。

「えぇ。間違いありません。私とあの子の呪いが解かれたことで『魔物』は生まれたはずです。あの子が苦労して私の呪いを解いたからこそ、今度は私があの子の悩みを取り除きます。」

 ケミランは息子をじっと見つめた。優しい眼差しで自分の息子を慈しむローディ。やっと解放されたというのは、きっと事実だろう。何かに縛られて、我が子を憎むことなど、ケミランにはできない。ケミランもまた、息子を愛している。我が子の心の屈折が自分のせいだと考えていた。自分のせいだったという事実は変わらないだろう。呪われていることに気がつかなかった。

 けれど、今、全ての出来事は必要だったのかもしれない。こうして、息子を愛しているローディは一点の曇りもない。妻を失ったときの悲しみも、今はディランの愛情へと変わっている。

「では、魔物を退治する必要な手続きを始めようか。ディランはお前が助けに行くべき、だな?」

「えぇ、もちろんです。あの子が未来を見る『眼』を持っている事実は変わりませんからね。魔物は帝国の城に現れます。私は精霊たちと共にここを離れます。・・・父様。」

 ローディは真剣な顔をして、ケミランを見た。

「ふふふ。息子に心配されるほど、落ちぶれていないよ。ローディ、お前こそ気をつけるんだぞ。魔物が、というよりも、お前の横に嫁の空きが空いているから、向こうで無理矢理作らせないようにな。お前の嫁はディランの母親だけだろ?」

 ケミランは立派になった息子をみて、笑って冗談を言った。ローディは、昔から自分を叱らずに見守る父親に感謝しかなかった。

「父様。いつも、ありがとう。」

 ローディは驚くほど自然に出た言葉と笑みに、ケミランも本人もびっくりして、同じように笑った。二人は各々が愛する者を守るために、行動に移して前を見た。

 妖精たちが自治領で騒がしくなっているという情報は、ハビラッド城にいるディランの耳にも聞こえていた。



 ディランの母親はただの農民だ。農村で働く両親は、ローディとの結婚を許さなかった。何故なら農民の娘が貴族に嫁ぐなどありえないことだった。無論、ローディが嫁に貰いたいと願っても、首を横にしかふらない。そして、娘が家出をしてローディと暮らしていると知ったときの怒りようは酷かった。なにしろ、両親は、娘を別の人間に嫁がせるためにお金を貰って、相手に売り払おうと計画していたから。結果、ローディは妻が子供を産んだ数日後に、両親が我が子を殺しに来た。生まれた子供を守りながら、ローディはその場から逃げた。抱える子供はこの世で最も愛おしい妻の子。愛を捧げるつもりでいた。なのに。

 子供を父親に預け、もう一度戻った我が家。何もかもが破壊され、妻の遺体は放置されていた。怒りよりも、あの家族への留まらない憎しみが心に芽生えた。やがてそれは、自身の息子へと向いた。


 ローディは、あの子の祖父母である、とある農家に赴いた。そこにはサンベリグド商会のトップ、ヘンリサ・アリアゲドと、ミト・バラリア、アグア・バラリアの三人が待っていた。


 バラリア家は農家の中でも大きな農家だった。一方アリアゲド家は農民から多くの作物を買い取って商会に流している。特にバラリア家との繋がりは強い。バラリア家の娘、セシア・バラリアを自分の商会の傘下の家に嫁がせようとしていた。ローディがセシアの妻となったことを知って、バラリア家に強い圧力を与えたのはヘンリサだ。そして、両親に自分の娘を殺害させたのだ。

「お久しぶりですね、ミト、アグア。」

 ローディには、もう彼らを許すつもり以外の内容を話すことはない。息子は無事に大きく育ち、愛する妻を自分の家の墓に入れることも出来た。

「はははは!私たちの娘を『殺した』男が何を言っている?!」

 アグアは、大柄な男で、声も大きい。うるさく耳障りな声だ。

「ほほほほほ!そぅよう?あたしの娘と勝手に!結婚して!」

 二人はまだよく理解していない様子だった。現状、アリアゲドがこの農園に勝手に来ていることは、皇帝と公王が許さないし、もちろん、アリアゲドもそれを少しでも理解していれば、ここにはいなかったはずだった。

 皇帝と公王のことをまだ理解できず、今後どうなるかは、この場にいる最も目上のローディだけが知ることだろう。

「・・・、まず。アリアゲド。お前は、何故ここにいる?お前の役目は『商会のトップおよび、全ての商人の家で待機』を実行しないといけないことだ。」

 ローディが恐ろしいほど低い声でそう告げる。アリアゲドはその場に凍り付いた。実際、彼は冷気を感じていたし、足から冷えた空気がまとわりつくのを理解した。

「それから・・・、バラリア家のことですが。」

 視線は、ミトとアグアを貫く。

「今後、この土地は没収され、私の妻であり、現公王の母親でもあるセシアを殺害した罪により、お前達二人は絞首刑となる。」

 ローディの怒りはもうない。しかし、けじめはつけなければならない。公王の母親を殺した二人への罪はどのような理由があってもただではすまされない。

 すでに、ディランへの報告はすませている。結末が変わらないミトとアグアの両名はローディの言葉を笑おうとした。二人は今もまだローディが何者なのかを理解していない。

「ほほほほ!ふざけたことを言うのね!ここはあたし達が代々継いできた土地!」

 ミトは顔を真っ赤にしながら叫んだ。だが、すぐに言葉を飲み込むしかなくなる。熟した顔は真っ青に変わった。ローディはアグアの首を切り落とした。彼は鋭い刃物など持ってはいなかった。しかし、その虚ろな瞳が金色色に変化した瞬間、ミトは声もなくアグアの末路を見た。

 見たことのない、ローディの姿に驚き言葉をなくし、狼狽えた。朱色の髪に変化した髪を見て、驚いたのはヘンリサも同じだった。朱色はジェクシム家特有の色だ。基本は瞳にその色が現れる。しかし、ローディは髪にその色を現している。

「ろ、ローディ様。どうか、お許しを。わたくしがここに参ったのは・・・」

 ヘンリサはすぐに膝をついた。恐ろしいことがここで行われる。

「先ほども言ったが、お前は自分の家から出ることを、公王と皇帝両名から許されていない。許可なくここにいることは、私が赦しはしない。ミト。お前のその高くて気取った声には飽き飽きしている。私はこの土地の所有者からすでに、引き継いだのだ。そしてこの土地で腐った性根をもつ者の罪を罰することを公王陛下より賜った。絞首刑を言い渡されたが、どのような罰を与えてもかまわないと言われている。最終的に死を伴った罰ならば、と。」

 ローディの虚ろな瞳は徐々に輝く。

 ミトががたがたと震え、逃げる場所はないのかと辺りを見回した。無駄なことをしても、死はすぐそこに横たわっていた。アグアの遺体は黙ったままその場に凍り付いていく。

「い、嫌よ!あたし、し、しに、死にたくない!」

 ミトは逃げる場所を探し、背後にある家に入ろうとした。燃え上がる炎は家ごとミトを包み込んだ。灼熱の炎は悪意を飲み込み、より激しく燃え上がった。

 燃え上がる炎を見ながら、全身がようやく凍り付いたヘンリサ・アリアゲド。彼の瞳はもう何も映さず、息すら吐けなくなった。

 ローディは、ディランの父親としてだけでなく、本来彼が進むべき道ではない、裏の仕事を行った。ディランが表の光ならば、ローディは裏の闇を担うことを誰かに言われるでもなく行うことを自分で決めた。ディランが望まぬ事でも、ローディがしたいことだ。彼は心に強い闇を持ってしまっている。過去の妖精王と精霊王から始まったものが、結果として、ローディを闇へと誘うことになった。

ーー息子は、怒るだろう。そして、やめてほしいと願うだろう。けれど・・・。

 ローディは自身の中に眠る闇が、いずれもう一度呪いを生み出すことを恐れ、動けなかった。

ーーどうか、息子に手を出さないように・・・。どうか、俺の中の闇が私の心だけを食べて消えるように。私は、息子を愛し続けるために・・・。

 ローディはこのとき、知るよしもなかった。ディランという存在が、本来とは違うものへと変化していたことを。ローディはまだ、ディランの一部しか知り得なかった。

  二つの人生を歩んでこの世界に舞い戻ったディランが、遠い過去の妖精王とは違い、彼にしかできないできない、人を許し、人の心を癒やすことができる存在になったことをローディは知らない。ディランは妖精を束ねる王であり、愛する人を慈しむ心を持っている。過去の妖精王ができないことができる、唯一無二の王となって、今世に戻ってきた。

 そして、ローディもまた、本来とは別の路を歩もうとしていた。暗い闇ではなく、己の主となる存在に、光り輝く明るい場所で生きることとなる。

 赤々と燃えた炎は周囲に燃え広がらないように、ローディが氷で操作していた。やがて火が収まり、燃えた匂いが立ちこめた。この場所には今後家を建て、ディランが指定した人間を住まわせる。


 遺体の処理をおえたローディは、簡易で質素な墓に二人の遺体を埋葬した。氷漬けにしたヘンリサは、このまま百議会に送る。

 明るい陽差しが、辺りを照らした。一夜明けたのをローディはようやく理解した。丸一日かけて焼き払ったのだ。清々しい気持ちと、まだ心にまとわりつく重い気持ちが、ローディの心に残された。

「・・・『春は芽吹くものだ。永久に続いた景色。何故、父は私を花と同じように愛でるのだろう。私の力を認めない。』・・・。初代精霊王は今もなお、私に試練を与える、か。」

 元の姿に戻ったローディは小さく笑った。彼が父親を慕い、自分の力を認めて欲しくて謳ったのは、精霊に救いを求める詩。ローディは詩を謳った。涙が零れても、謳い続けた。

 その詩は、隣国、ロギステヌ国の国歌だという事実を、ローディもディランも知らない。ロギステヌ国は、女性が主に目立つ仕事をしている。特に、女王フランヌ・ロギステヌは、精霊王を信仰している。このことから、精霊王と関わりのある王国だとディランは考えていた。

 ローディの過去とディランの過去が交わる国。それがロギステヌ国。二人の王がその場所でお互いを傷つけ、最期には父親の命を奪った、土地。




 皇帝は、七長老の長たちが集う事が滅多にない理由を知っている。

 どの長老も、癖が強く、主張が激しい。それだけではない。全員が同じ理由で集まりたがらないからだ。その理由は、『公王』が出席しないため。

 ローディが公王になれなかったのは大きいが、それでも出席しない理由を公王としていたのは、長老達にとって、脈々と続く『妖精王』への敬意があったからだろう。

 現代。彼らには妖精王への『意識』が蘇り、彼らがこぞっって百議会にやってきた。

 サムシルの記憶に残っていた微かな想い。それが、妖精王への帰還をどんなに待ちわびたのかを身をもって思い知らされた。ダウトとフラスコに語った妖精王への帰還の話しは、すぐにラウス家へともたらされた。そのあとの騒ぎは祭りに匹敵するぐらいの大事だった。


 妖精王が還ってきた。

 それは、ずっと待ちわびた神降臨に近いことだという。


 あのあと、サムシルは記憶がどんどん溢れて、様々なことを思い出した。七長老とはどのような存在なのかということも思い出した。

 七長老は各々が彫刻家を生業にしていた。昔は彫刻に息吹を与える七人の長が、それぞれのもつ色で一体一体の彫刻に命を与え、身体を与えられた彫像たちが精霊と共に魔物を討伐した。七人の長は妖精王に尽くし続けた。妖精を操る王が、国をつくり、彼らに土地を与え、幸せを与えたからだ。

 いつしか王が倒れ、妖精たちが消えていっても、七人の長はその瞳に色が現れる限り、必ず戻ってくると信じた。ただの人が、どんなに時を経ても、失うことのない契りを守ると信じていた。

 ディランは、失うことのない信用を守った。彼が、公王として百議会に参加する。それを聞いた、七人の長は誰一人欠けることなく、出席することを選んだ。彼らは、自分たちの主を疑わない。目の前に現れた公王がまだ幼い若者だったとしても、だ。



 記憶の中で出会ったディランと現実のディランに相違はなく、またあの日にであった少年は変わらず穏やかだった。

 サムシルがディランに対して感謝しかなく、あの日祖父の話を快く聞いてくれた少年が、今も変わらずにその瞳をサムシルに向けてくれることが、ただどうしようもなく嬉しかった。

 サムシルはほんの少し前に正式に七人の長の一人になった。遠い過去の記憶が蘇ったことが決め手となった。

 現在、伯父のシュメルは三大商会と繋がったことで家を出て行くことになった。三大商会に課されている問題が直ちになおるようなものではないことも含め、大きな問題になっている。シュメルは自分の息子が七長老の一人になると考えていたらしく、現在の三大商会への罰がシュメルへの罰になった。妻とされる女性とも連絡がとれないということをシュメルは実家に伝えた。だが、彼の息子は三大商会と通ずる息子であるがために、彼が実家に戻ることは許されなかった。


 ハビラッド城には、仰々しいほどの兵士が歩き回っていた。これから百議会が始まる。その前であったとしても、これほど兵士が歩き回りはしない。これから行われることはいつもの百議会ではない。三大商会の公開処刑だ。本来は城で行うことではないが、彼らの罪がほぼ確定していることと、七長老と収監公役商に説明を行うためでもある。そして、今回は公王が皇帝にお願いしたことでもある。公王の願いを皇帝が受け入れることは多くないが、皇帝は公王に対していくつかの恩がある。そのために今回は城を貸したのだ。

「こんにちは、皆さん。百議会で初めてお会いする顔ばかりで、少し緊張しております。」

 緊張している顔ではないディランが、微笑みながら声を発した。円卓の席の少し離れた場所に、公王と皇帝の席が設けられた。ディランが立ち上がって朗々と語る隣に座る、リーリアスは不敵に笑っている。

「私は、ディラン・ジェクシムです。現在、公王という身分についております。皆さんがすでに承知しているように、今回、三大商会は自らの過ちのために、全ての家を廃止することになりました。サンベリグド商会、ナドア商会、レーデス商会。全ての家にいる者達はどのような理由をもってしても、許されません。今後、商会が持っていた商人としての身分はなくなります。」

 そこに出席する者達が反対を口にすることはない。ディランの言葉が絶対であることはすでに行われている事象が物語っているからだ。今更反対する意味がない。

「さて、商人がいないということはかなりの痛手だということは、誰かが言うまでもないことでしょう。そこで、新たに組織を作りたいとリーリアスさんに伝えました。」

 ディランは、隣に座る皇帝を見た。皺だらけで老体であろうことは窺えるが、その瞳に宿る熱い眼差しはまだまだ現役だということが理解できる。

「あぁ!私はその案を受け入れさせて貰う。」

 リーリアスは、にかっと笑った。ディランはリーリアスに対して、少しだけ、前世の自分と重ねた。老人となって会社を去ったあとも、よくひいろと会社の話しをした。お互いに想いあうからこそ、語り合った記憶を思い出す。

「・・・そこで、今後は商会という名前を改め、『資金機構』というお金の管理を行う機構を設営し、買い物を重視する『会社』という二つの組織を作りたいと考えます。資金機構はお金以外の管理はさせません。そして、帝国の国庫とも連携し、悪さをしていないかも互いに調査することとします。そして会社は、あらゆる商品を管理し、売り買いすることを許可します。もちろん、国が目を光らせ、売ってはいけないものは、変わらずに売り買いすることを禁じます。また、会社に関しては、自らの看板、名前を許可します。名前に自分の家を用いることも、もちろん許可します。」

 ディランの説明は驚くことが多かった。それはこの世界に存在しない概念を持ち込んだこともあるが、一番は、自分の家名を使い、物品を売ることの許可がされたことだ。

 今までは商会が関わり、名前は商会の看板を使わないといけなかった。それが全て撤廃され、また、お金に関することが、資金機構という新たな機構を作ることで今までよりも簡単に物事を進ませられる可能性ができたことだ。それこそ国を通して回りくどいことをしていたことをその機構が出来たことで、一瞬で変わることが予想された。

「資金機構に関しては、機構を見張る他の機構も必要と感じてはいます。今回の商会たちのように悪さをしないように見張るために・・・。」

 ディランは、何か考えながら言葉を終わらせる。リーリアスは、ディランの考えは突飛な考えではなく、商会が今までどれほどあくどいことをしていたかを巡らせ、悪さをする存在を少しでも減らすために考え、新たにつくろうとしていることが理解できた。リーリアスも、商会の強固な繋がりに頭を悩ませたからだ。

 国を守るためには、国庫と同様に悪さをさせないための監査させる存在が必要だ。資金機構という存在は、今後、帝国民を守るために必要になるだろう。そのために、いかに新たな機構が強く強固であり、民の安寧に欠かさないものにするかを考えるのは、今このときだからこそ考える必要がある。

 また、会社は資金機構と連動し、民に必要なものを売り買いできるシステムになる。この考えが、ディランのどこから生まれたかは分からないが、今、必要だと言うことは明白だった。商会による商会のための帝国民の何かを削る悪意だったものは、今後、帝国民自身のための物品を買うお店に変わる。その店は誰にでも出店できるようになる。国民の独自性が生まれ、いずれ豊かな帝国になるだろう。

 ディランの語った二つの新たな組織は誰も反対することなく受け入れられた。特に七長老はその考えが帝国民のためだけではないことを共通の意識の中で理解した。彼らには過去の風景が残っている。



 大昔、七長老が妖精王と共に語らった時代。

 その時代は皆が貧困にあえいでいた。生きるために自らの家族を生け贄にし、商品として売り買いされた。人身売買が横行し、若い子供と女性が裕福な者に買い取られ、子供達が幸せを享受できなかった。人々の不満は妖精が妖精王の耳にいれた。

 当時の妖精王には子供達を救えるほどの力を持っていなかった。代わりに、後の皇帝となり得るリンリア・ジュトラッテという女性と交流していた。その女性が力になってくれたことで、大きな変化が起きた。

 資金という概念が生まれ、人と人とが交流するときにはお金を使った。物々交換ではなく、お金の使用という概念が、人々は売り買いという行いで人を買うということをしなくなった。かなり貧困した家庭では、残っている風習ではあったものの、多くの子供が売られることもなくなり、少しの平和が訪れた。



 ディランがその当時を思い出していたわけではない。それに、この仕組みは生前にあったものをほとんど真似ただけだ。

 あの世界では平和をとても大事にしていた。荒れる世界の最前線にいただろう。共に助け合い生きる人々は、とてつもない偉人だった。

 前を見て進め。その言葉は心に宿る魂の灯火だ。生きるために手を取り合った。そこに誰かを置いていくという考えはなかった。生きるために、誰かを置いていくという手段はない。いらない存在などない。だから、前を見て進め、と。全ての友に語りかけた。

 ディランはその偉人達を真似て仕組みをこの世界の住人が使えるように整えただけだ。多くの人、そして子供達のためにこの世界の未来に灯火をつけたいと考えた。

 過去と大きく変わった妖精王には、現在、多くの仲間がいる。妖精も幻獣も神獣も、そんな変わった妖精王から力を得ている。いい循環を作り上げたのは、幼い頃のディランの環境を作った祖父、ケミランだ。



「さて、次の議題を話そうか。」

 リーリアスが不敵に笑ったまま、おもむろに左手をあげ、兵士達に指示した。

 兵士は、隣国の元宰相で元公爵家の家長スイヒラン・ラージャンと妻、アリアンに、その娘サハテ元王妃と三人の息子、ユウラナ、ラクシャ、バランド、そしてサハテの妹セシレヌ。

 全員が薄汚れた服を身に纏い、綱でくくられ、足かせもつけられている。七人の罪人だ。この七人はバダデア国の王に許可を得て連れてきていた。

 リーリアスが自ら隣国を視察という名目で遊びに行った際に、パジオノ王がこの七人の罪人をどう扱うか、悩み考えた結果、帝国へ連れて行き処罰して欲しいという旨をお願いされた。

「彼らが帝国領の一部を勝手に奪ったという事実がわかり、隣国パジオノ王よりこの七人の裏切り者の罰して欲しいと請われた。」

「すぐにでも極刑を与えればよいのでは?」

 野太く低い声が発せられる。バーダン・ルトイットだ。七長老の一人で、彫刻師としての芸術品は、この部屋にも飾られている。やけに低い声なのは背の高さがとても高いからだ。

 大昔、ルトイット家は木々の幻獣エルフィンだったと言われるほど、背が高く色黒であることが多かった。実際、ディランはルトイット家の初代がエルフィンであったことを知っている。それを誰かに言うことはない。

「そうするには、その土地が何者が所有してあったのか調べなければならない。」

 リーリアスは不敵に笑ったままだ。

 その時、部屋がノックされる。現れたのは、ローディ・ジェクシムだ。

 ローディは恭しくお辞儀し、一度ディランを見て、リーリアス皇帝へ進言した。

「遅くなりました。現在進行中の議題は、そこにいる七人の裏切り者だと理解します。帝国領の一部を勝手にかすめ取り、自身の懐に入れていた。元サンベリグド商会のトップ、ヘンリサ・アリアゲドが白状しました。ミト・バラリア、アグア・バラリアを使って、土地の売買とその土地の扱う様々な者を売り買いしていたと。」

 ローディは、何もないところからヘンリサを出した。実際は、ずっとそばで凍り付いたヘンリサはいたのだが、氷が消え去るまで、ディラン以外の人にはヘンリサが目に映らなかった。

「・・・!」

 ほとんど声にならなかった。その場の誰もが、ローディは妖精といった存在を見ることができないと考えていたからだ。

「父様・・・。精霊の力を使うと他の方に見えないんですよ?皆様、父様は精霊を操ること出来るのです。精霊は妖精達より強い力のある方々です。父様はとても素晴らしい方なのです。」

 ディランは父を擁護すると同時に褒めちぎった。ディランは父親が尊敬に値する存在だと、嬉しそうにローディに視線を向けた。

「・・・は!ということは、ローディもディランのように我々には眼に映らぬ者と対話するのか。」

 リーリアスですら知らなかったことだったあまり、顔が変な風に固まっていた。

「と。では、話しを続けよう。そのヘンリサは実際にどう、帝国を売り買いしていたか。」

 そのまま、話しを続けた。ヘンリサは足だけ凍ったままであったため、動けない。そうでなくとも周りは兵士がいるし、皇帝や公王、そして、公王の父親であるローディが睨みをきかせていて、全てを話す以外になかった。


 三大商会は、明らかになった帝国領の一部売買、また帝国の民を人身売買、そして作物の横領など、多岐にわたる帝国への裏切りが暴露された。そのまま、全ての商会は閉鎖され、一部一切関わっていない者以外、全員が斬首、あるいは絞首刑に処された。ほぼ全ての膿を出し切ったことで、新たな機構は粛々と稼働し始めた。

 ディランの思惑は、民を歓喜にさせた。会社を立ち上げ、売買したいと願う者はかなり多く。それは今まで商会が弊害だったと言えた。



「ディラン様。」

 百議会が終わり、ディランは城下町に下りていた。声をかけてくれたのは、サムシルだ。七長老になってからは忙しく、お互いに挨拶も出来なかった。

 お互いに城下町でも素面であり、特に気にもしていない。周りの野次は遠くで見つめつつ、祭りを楽しんでいる。町に即した木陰のベンチに二人は座った。

「サムシルさん。あれからどうです?」

 ディランは微笑んで尋ねた。

 ディランは変わらずに物腰が柔らかい。サムシルの第一印象からその印象は変わっていない。話しかけても決して怒ることはない。彼は身分という壁を作ることはなく、話しかければ、ちゃんと応えてくれた。誰もが公王への印象を、優しく相手を思い遣る人という。その言葉はそのまんま、言葉の通りだった。

「あれから、私も自分の地位とか、家とか・・・。考えるものが増えました。その分、フラスコ伯父さんや父さんと話すことが増えて、前より楽しくなりましたよ。」

 晴れ晴れと言うサムシルに増えたものは、きっと辛さや悲しみを越えて、ようやく到達したもののはずだ。決して誰かがその言葉の重みを計ることなどできない。

「サムシルさんの顔が見ることが出来て、嬉しいです。貴方の心はきっと今後も綺麗に晴れていくでしょう。」

 ディランは、サムシルにそっと魔法をかけた。

 妖精が使う力を自分が宿したと気がついたのは、隣国の境で父親と対話したあと。精霊がディランに与えたものだ。その時、ディランはようやく理解したのだ。初代妖精王は神獣が人と共に生きることを選んだときに、人となった仮の姿であることに。自分の出自に気がついていなかった。

 こうして、もう一度この国に生まれた理由は何のためなのか。転生という考え方もある。けれど、ディランの半生を生まれ変わりなどというジャンルに留めたいとは思わない。そもそも、一生は一生だ。

 ディランは、小さく笑った。こうして、サムシルという若者は、一生を末永く過ごすことだろう。魔法でサムシルを防護させる力と、誰かを守る力を与えた。

「ディラン様に未来が晴れると言われたら、私は頑張ってしまいます。私の未来が暗くなることはない!って・・・。」

 サムシルが少しはにかんでディランに笑いかけた。二人の会話は穏やかでのんびりと続いた。

 夕暮れ時、ディランはサムシル以外にもバーダン・ルトイットにも声をかけられた。バーダンの低くて柔らかい声にサムシルも気を許していた。

「ディラン様。さきほどのローディ殿の力、驚きました。」

「えぇ。それは私も驚いています。少し前にお見かけした際のローディ様はなんだかゆとりがなかったようにお見受けしました。しかし、今日お会いしたローディ様からはディラン様への愛情を感じましたよ。」

 サムシルは思ったことを口にして、咄嗟に口を押さえた。ディランの顔が幸せそうににやけていることに気づいたからだ。元々感情が表に出ないディランがこうして喜びを顕わにしているときは滅多にない。

「父様の力が皆に分かって貰えて、良かったです。私の一族がずっと代々受け継いだ力をみんなに分かって貰えることが、何よりですから。」

 微笑んでいるとはほど遠いぐらいまでに顔が綻んでしまっているディランを元の表情に変えたのは、その話題の父親が登場したからだ。

「ディラン。ここにいたのか。」

 ローディは、七長老に軽く会釈した。ローディの後ろにはランディバーとマイケルがいる。マイケルは、従弟のリーリアスと対面し、何かを話していたようだった。

 ランディバーは城でもメイド服を着ており、腰には帯剣が装備されいる異様な出で立ちだった。そのために目を引かれていたが、装いとは異なり、見事なまでのナイトとしての立ち居振る舞いが、ギャップだった事の方が、多くの人の心に止まっていた。城の本物のメイドたちの内緒話を妖精達が話してくれたので、ディランは知っていた。ランディバーに見惚れている者もいたらしく、女性達の恋噺はそれはもう様々な妄想を膨らませていた。

「父様。どうされましたか?」

「・・・マイケルのことだ。」

 ローディは少し声を抑えて言う。ディランは頷いた。

「マイケルに、正式にジュトラッテ姓を名乗らせたいという申し出を受けた。ただ、こちらとしてはディランの執事のままにさせたくてな。あとは、マイケル本人も皇帝の側につくのは嫌だと言うことらしく、一応は断った。」

 ローディは、ディランの頭を軽く撫でた。条件反射で行った行為だ。

 ディランが成人するまであと数日ある。ローディにとって目に入れても痛くないほど愛情を注ぎたい相手だから、こうしてたまに頭を撫でてしまうのだった。それに普段は会わないのも相まって、我が子を可愛がりたい。大人になったとて変わらないだろう。

「そうですか。マイケルを手元に置くことは私の望みですし、マイケルが望んでいるならそういう手続きをとりましょう。それに、ランディバーがナイトですから。守ることに特化した兄がいることで断りやすいでしょう?」

 ディランは撫でられながら、くすぐったそうにしつつも嫌そうな顔一際せずに、ランディバーを見た。

「はい。マイケルは必ず守ります。もちろん、公王陛下もお守りします。」

 ランディバーは、二人の様子を羨ましそうに眺めてしまった。本当に仲が良くなった親子。

 マイケルがディランが座っていた席までやってきて、

「公王様。どうぞ、これからもよろしくお願いいたします。」

 恭しくお辞儀した。変わらずに忠誠を尽くすことを周りに見ている人へ見せた。

 ディランは、彼がこうして自分の側にいることを望んだ。それが決して理不尽に命じることなく、行った。ディランはマイケルを側に置くことと、皇帝に戻すことをかなり昔に天秤にかけた。ちょうど、マイケルが自分の隣に立つことをケミランに命じられたあの日。その次の日に行った。ディランが見た未来はまだどちらにも転がっておらず、天秤にかけた理由も、彼が今後どう変化し、どうなるかを予測した、いくつもの未来の一つが、ディランが手元に置くことを決意し、自分がこの世を去る未来が同時に見えたから。ディランの命がマイケルによって死を招くことを意味していた。

 しかし、その未来がくることはもうない。未来を少しずつ変えたのは、紛れもないディラン本人だ。あの頃と違うのは、ディランには仲間がいて、友がいて、そして、未来の妻がいる。その先はきっとまた変化するだろう。

「私の従者は、君以外ないと思っている。これから先、きっと君の未来が輝くよ。」

「貴方の従者だから。でなければ、未来などないと知っています。私を救ってくれた私だけの主。これからも貴方のために尽くします。」

 マイケルが笑顔を浮かべた。ディランはマイケルにも魔法をかけた。彼を守る者は多い。けれど、ディランのかけたもの以上に彼を救うものはない。

 彼には、妖精の守りを与えた。妖精の守りは、彼の周囲にいる者を守り、戦う意思のあるものに攻撃を仕掛ける。彼を失うことも、彼の大切な者を失うことも、あってはならない。

 ディランが魔法をかけた瞬間に、その魔法が発動されるとは考えてはいなかった。けれど、抜群のタイミングだった。




 闇から現れたのは、鋭い牙をみせつけ、うなり声をあげる、一匹の巨大なオオカミだ。その背には滑空することができる翼があった。その頭には赤い大きな首輪がつけられ、死者の王の番犬だと知らしめる。

ーーーぐぅぅぅううあぁぁ

 張り裂ける叫び声と一閃のひらめき。それは、間違いなくディランに向けられた。

ーーーーー

 音はマイケルにかけた魔法によって守られた。すぐさまに同等の力が魔物に跳ね返った。

「・・・ディラン。マイケルに魔法をかけたのか?」

 ローディは瞬時に理解した。彼の力を解放しておいてくれた精霊に感謝する。

「えぇ。それにしても・・・。やはり、ですね。」

 ディランは来ると理解していた魔物が、何故このタイミングを選んだのかを考えようとし、瞬時に思考を変えた。妖精たちが何かを見つけ、守ろうとしている。

「ローディ!リーリアスさんに連絡を!エクシエルさんが危ない!」

 ディランが慌てた声で叫んだ。ローディが一瞬、狼狽えた。彼にも見ることはできる。けれど、その先の視界は悲惨な現実だ。

 ローディの頭の中で、遠い過去の妻の死に際を思い出した。しかしそれを振り切って、ローディは精霊たちに命じた。

「行け!守るんだ!」

 この場にいる精霊のうち、風と水の精霊がかけるように消えた。彼らが最も早くに駆けつけられる。

ーーーあぁぁああがぁぁっぁ

 死者の王の番犬、ケロベウロスが攻撃を食らった鼻先から出る悪意の血を滴らせた。鋭い目つきが少しだけ嗤っていた。

「あいつ・・・。エクシエルさんを狙ったのか・・・!」

 ディランは怒りに我を忘れそうになった。

ーーディラン、落ち着け。

 ラウムが語りかける。

ーー死者の王が狙っているのは分断・・・。坊や、わしらは守りに徹しない。けれど、坊やという要がいなければ、動けない。

「・・・、そうだな。ラウム、ありがとう。」

 ディランはラウムにお礼をいい、前を向いた。眼前には遥か上空から見下ろしているケロベウロス。意識の中にあるのは、エクシエルと夫となるパジオノの様子。妖精たちが必死に守りながら応戦している。

 ディランは諦めないことにした。守りたい者達を守るために。自分の愛する者達を絶対に守るために。

「イーヴァ、ダラン、エントラ。」

 三体の神獣が姿を現した。炎の神獣イーヴァ。知恵の神獣ダラン。木の神獣エントラ。ディランの強い意思が三体の神獣に力を与えた。

「みんなを守るために、私に力を貸して欲しい。イーヴァ。」

「はい。」

 低い声。

「魔物を蹴散らし、燃える炎で奴を打ち倒す力と矛に。ここにいる人間にも分け与えて欲しい。」

「承知した。」

 イーヴァの炎は人々の恐怖を和らげ、戦う者を鼓舞するために力を燃え上がらせた。

「ダラン。」

「なんだい?」

 優雅で落ち着く声が聞こえた。

「知恵を貸して欲しい。君の知るケロベウロスの弱点と、私を困らせる『悪意』の本体の居所を。」

「ふふふ・・・。もちろん、手を貸すよ。僕を呼び出したのは久しぶりだろうし。」

 ダランはディランに知恵を貸すことを承諾した。ダランは、ディランが生まれからずっとそばにいる、最初の神獣だった。けれど、ディランが呼び出さない限り現れない。ディランの呼び出しを待っていた神獣の一人だ。歓喜しているのを顔に出さない。ディランにはばれているのだが。

「ありがとう、ダラン。」

 ディランは感謝の言葉を述べた。

「エントラ。」

「はい。」

 高くて落ち着いた声。

「君が扱える全ての植物にここにいる人間を守り、助けるようにお願いして欲しい。そして、遠くパジオノ王がいる場所でも同じように守り、助けて欲しい。君には治癒の力があると思う。私が最大限使えるようにした。人も植物も守るんだ。」

「お任せください。わたくしの友とわたくしの配下を守るため、栄養を与えます。」

 エントラはそう言い終わらないうちに、緑色の光を発し、植物は活性化され、今この場にいる人間への守りを固めた。それと同時に傷を負った者達に治癒を与える。




 パジオノは呟いていた。

「助かる・・・、助ける・・・」

 力を失い、血まみれになったエクシエルを抱え、一軒の民家にいた。周りには、兵士もいる。みな、慌ただしく動き回る。

 エクシエルの血が止まらない。絶望を抱えたパジオノは泣きながら謝っていた。


 ほんの少し前、何もなかったのに。どうしてこうなったのか。いや。魔物の襲撃はいつ来てもおかしくなかった。何故なら、長年ここでは七賢人を蔑ろにしてきた過去があるのだから。

「助かる。絶対に。ディランがきっと、君を助ける。私は、外に出て戦わなければ・・・!」

 パジオノは言葉で自分を鼓舞した。

 どこからか、明るい緑の光がエクシエルを包んだ。パジオノは驚き、敵だと思った。けれど温かい光は、エクシエルの流れ出る血を止めた。

「ディラン・・・!」

 パジオノは遠くにいるディランを思い出し、そして、ここに来られぬ理由を理解した。

「魔物の襲撃が起きているのか!戦わねば!」

 ディランを想い、そして、エクシエルのために動いてくれたことを感謝した。

 パジオノは兵士と共に国の為に立ち上がった。エクシエルをローディが送った、水の精霊と風の精霊に任せた。最も安全な場所になる。怪我をした者達も、この民家に留めさせることにした。



 ケロベウロスは祭りを壊した。ディランを筆頭に城下町にいた人々は戦う意思を持った。精霊と妖精と幻獣と神獣。彼らのために、力を与えた。

 ディランはダランから聞き知る、『悪意』の本体とその居場所。

 ロギステヌ国。女王フランヌ・ロギステヌが治める国。大昔に精霊王と妖精王が争い、妖精王の命が奪われた土地。


「その地に、行く前に、この駄犬を倒すしかないんだね。」

 ディランは、不敵に笑った。目の前の魔物が人によって討伐されようとしている。剣を片手に戦いに挑み、弓がなり、魔物を打ち倒そうとする人々。神獣が彼らを補佐し、ディランは神獣へ力を与えた。

 きらめく紅の瞳がロギステヌで待つ『悪意』へ向けられていた。




   The Next Story: Two Kings and One Soul

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