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過去の残骸 ー還ってきた王の祝宴ー  作者: あおぞら えす


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The Traitor and the Seven Treasures


 

 バダデア国の気候は、聞いていたよりも暑かった。


 ディランは、隣国への入国を果たしていた。王国ではもうすぐ祭典が開かれることもあり、様々な催し物が行われている。暑いこともあってか、皆薄着で、女性も肌の露出が多い。ディランが前世でよく見る水着に近いこともあって、あまり視線をそこへと運ばなかった。もともと女性への配慮をしている。身分もそうだが、前世でも女性への配慮は怠っておらず、そのせいもあってか結婚は遠のいた。

 あおいが社長業を行っていることもあり、女性は寄ってきたが、周りの男性達が見事に彼女たちと結婚していたのを思い出す。あおいの魅力は周りの男性達に奪われていった。その後の話しは聞くに堪えない様子だったが。あおいが結婚しない理由が親にあったわけではないが、少なくとも女性への嫌悪はあった。母親の裏切りが大きい。


「坊や。最近のバダデアはおかしな話を耳にする。」

 ラウムは、ディランの横に付き従っていた。

「あぁ。王子の話しだろう?」

「いんや。最近、この国に商人が入り浸っているらしい。王子の祖父・・・。だったか?」

 ラステ家のことだ。あの家の家長はスアランである。あの男は、娘が嫌がるのを無視し、この国の王と結婚させた。親が決めた事を娘のアーナがどれほど嫌がり、何度も家出を繰り返したと聞く。

 子供が産まれ、スアランは祖父としてこの地に足をつけた。典型的な摂関政治を行っている。バダデア国王にとっては『お金』の支援をしてくれる良いパイプだろう。そのスアランですらナドア商会の傘下の一人。ナドア商会が今後、バダデア王国でどのような動きを行うか。ディランにとっては注視している事案だ。


 マイケルはディランの命令に従うのを嫌がった。ランディバーはすでに実行し、ディランの元を一時的に去った。

「ディラン様。それはあまりに無謀です!」

「いいや。あちらの動きを探るため、君には一度離れて貰う。」

 ディランは一切引かなかった。マイケルの絶望的な顔は何度も見てきたが、これほどまでに落ち込む理由は、彼が主を裏切ることが我慢できないからというまっとうな理由のためだ。

「ディラン。君にはできることだ。君しかできない。」

「ですが・・・。」

「どんな理由でも、これは命令だ。・・・聞かないのか?」

 ディランの真面目で静かな声。ディランが心の中で何をどう思っているのか、マイケルは知らない。

「・・・。承知しました。」


 離れて暮らすことなどなかったマイケル。ディランは心の中で何度も舌打ちした。今までの今世の人生において、マイケルの存在は大きい。兄のように慕っていた。

 この作戦は二人がいなければ成立しない。ディランは二人に裏切り者を演じることを命じた。ただの命令ではない。万が一は自由に逃げることも許した。ディランの元に戻ることを強要しなかった。二人が反発することなど考えずに。

 ーー私は前世と同じように、大切な者の心を見ていない。もう、失敗したくないのに。どうして、あんなに酷い仕打ちをしたんだ・・。



 ディランは空を見上げた。大きな鳥が滑空している。

 あおいは大きな音と共に自衛隊のヘリの音を聞いた。大勢の人がヘリを見上げた。誰もが希望に満ちていた。

 生きるんだ!

 心の中にあった感情が笑顔となって相手へ励まし合った。あおいは、あの女の子を見つけた。女の子はディランを見つめ、ちいさく口を開けた。

「赦しはもう終わった。この世が幸せなら、お前はもういらない。」

 あおいは、女の子の手を握ってヘリへと歩いて行った。

 復興は早く終わるなどない。けれど、少しずつ進んだ。心の中にある病が簡単に治ることはない。けれど、周りの支えは根拠など必要としないぐらい、人の気持ちを明るくした。

 あおいは新たな会社を立ち上げた。小さくて、ささやかな船出。その横で女の子が手伝いをした。あおいは、彼女を後継者にした。慕っていた人が亡くなり、行く当てのない彼女をあおいは優しく先導した。やがて、あおいの身体は病に蝕まれた。女の子は、あおいを看病し、最期まで隣にいた。

 死の間際。

 あおいの瞳に映ったのは、爛々と燃えるフェニックスの姿だ。あおいは思い出した。前世の記憶。人に怯え、妖精達と逃げ。愛した息子に殺された。手を差し伸べてくれたたくさんの存在を振り払った。

「すまない・・・。」

 フェニックスは彼の胸に手を置いた。

「行け、行くのだ。お前を待つ世界へ。お前が逃げた世界を幸せにするのだ。この世界には、もういる必要はない。お前の本来の魂を・・・。」

 フェニックスは、彼の身体を大きな海へ流した。その燃える羽が彼を先導した。



 朝日はとても眩しい。ディランは身体を起こしてベッドの横の地面で座り込んですやすやと眠っているラウムを見つめた。顔がにやけた。あおいの死後、どうなったのだろう。けれど、あの子はきっとあちらに残してきたたくさんの仲間と共に過ごしてくれている。

 自分にできないことはできないと言っても良い。

 あの子がそう言う度、心の底から安堵した。そして、周りに気を配るようになった。死ぬ間際の会社には誰もが笑顔でいた。あおいが望んだ、最高の光景。

 フェニックスは、まだ待っていてくれている。夢でみた胸にのせた熱い炎。あれが呼ぶ先に待っている七つの宝物。

 目指す先に自分が忘れていた者達がいる。マイケルとランディバーは必ず連れ戻そう。彼らを迎えに行くのに、何を恐れる?確かにこの国を敵に回したくないと考えてしまった。けれど、何故気にする必要がある?自分にとってできないことは、マイケルとランディバーを置いていくこと。仲間を置き去りにして今まで何をなし得た?

 ディランは笑顔になった。絶対にやり抜くとき、自分の決心を身体で表すために。

「さぁ・・・。私の恐れはもうどこにもない。灯火はここにある。」

 ディランは小さなベッドから起きた。まだ眠っているラウムの頭にそっと手を乗せた。

「・・・坊や。フェニックスが呼んでいるようだな。その顔をみるに、希望を見つけたか。」

 ラウムがくすぐったそうに顔を上げた。頭に触れる熱は、ラウムの力となる。

「ラウム、目指す場所はバダデア国のシャンムル宮殿裏にあるかなり広い森の中だ。宮殿が管理しているけれど、森の中に入ることは容易い。あの森は・・・遙か昔は妖精達の憩いの森だったからね。」 

 ディランの心にあった計画は全て見直された。マイケルとランディバーを連れ戻すこと。そして、ずっと忘れていた、愛する者の存在たちを迎えること。今のディランには多くの仲間がいる。

「坊やは二人を連れ戻すのだな。」

 ラウムはその揺らがぬ決心を否定などしない。

「私が頼んだことだけど・・・。やっぱり、私の従者はあの二人だけだ。」

 ディランの決心が、ラウムの力になっていることにディランは気がついていない。妖精王の魂と妖精や幻獣、神獣たちの魂は繋がっている。その繋がりが力を与える。それこそが、本来の妖精王の姿。

 王が還ってきたことを、妖精も幻獣も神獣も彼が呼ぶのを待っている。



 マイケルは怒りと同時に悲しみを抱えていた。

 出身国であるバダデアで開かれている催しは、隣国の公王との友好のために行われている。表向きでは公王自らの来日を謳っているが、実際には、公王を誘拐するという恐ろしいことが起ろうとしていた。

 マイケルはお忍びで訪れている公王の付き人として、バダデアへ入国した。実際は公王はいない。マイケル一人で入国し、シャンムル宮殿へ向かった。シャンムル宮殿の奥にある森への道筋をディランのためにつくるためだ。

 ディランは、万が一、マイケルもランディバーも逃げるように言った。マイケルはそんなことをするつもりはない。一生ついていくと決めた主を、何故忘れるように言うのか。ディランは命じたりしない。けれど、命じることもある。今回は命じなかった。

「ディラン様の考える道に、私は絶対にいたい。」

 マイケルは、主のために、宮殿へと潜り込んだ。



 ランディバーは、弟が進む道と別の道を進んだ。

「ローディ様。」

 ランディバーは元主の元に向かった。

「どうか、我が主のために、お力を貸してください。」

 ランディバーは唯一とした主がディランだ。そして、父親であるローディとは今でも、ある些細なことからディランの父親だと認めていた。

「・・・。精霊王はもうこの世にいない。」

 ローディの秘密を知っていた人物。精霊を従える、王。朱色の髪に、金色の眼。見た目が変わり、ランディバーは歯を食いしばった。精霊王は周りへの影響が計り知れない。魂が全てを震わす。

「お願いします!わたしは、ディラン様を助けたいのです!」

「・・・。」

 ローディんの見た目が変わった。見た目は物静かな男性。中身は愛する息子のためなら、なんでも助けると誓った父親だ。

「あの子が必要とするなら、手伝おう。私は、あの子の父でありたい。バダデアに喧嘩を売りに言ったのか?」

「いいえ。七つの宝物を手にするために向かったのです。」

 ローディは過去の記憶を思い出す。たしかに、あの場所には七つの宝物が眠っている。正確には、七つの幻獣達だ。人間のために手助けしたいと望んだ幻獣達。

「・・・っふふふ。あの子は手を借りるのか。確かに、昔と変わった。あの子を流した私は赦されたいのか。あるいは・・・。」

 ローディはランディバーと共に、バダデア国へ向かった。ローディの入国をバダデア国は喜んだ。特に国王に取り入るラステ家の主、スアランの喜びようは周りだけでなく、彼の隣に立つ第二王子をも巻き込んでいた。

 祭りは徐々に盛大になっていく。



 宮殿内の一角。国王の妻になるために集められた、女性達しかいない女殿。アーナはそこに『売られ』放置されていた。見た目はごく普通の女性だったこともあり、王の妻になるには美貌が足らなかった。

 アーナが子供を産んだかと言えば、産んではいない。王子が生まれたというのも事実ではない。なにしろ女性達は大勢いた。国王に見初められた女性は数人いた。しかし、妻となれる女性は一人だ。女殿で王妃と呼ばれる者はいない。王妃は、王の隣の王妃の間で過ごしている。女殿にいる女達は、王妃になれなかった者達。いずれは身元不明として、収監公役商へ引き渡される。

 アーナの身元はラステ家へ、戻ることはない。アーナは文字通り裏切られた。父親は救うつもりもない娘を売り、王妃の子供を自分の孫とした。王妃を、自分の娘とした。

「わたくしの人生はここでは終わらない。終わらせない・・・。わたくしの人生はまだ・・・よ。」

 アーナの記憶に残る、前世で受けた恩と感謝。

 ひいろと呼ばれ、両親が愛してくれた。愛を注いでくれた両親が水に消えた瞬間。生きろと言われた。お前だけは生きろと。生きるために必死になった。

 そんな時、被災者が集まる場所で、離れた場所で命を落とそうとする老人がいた。許せなかった。生きられるのに。息をしているのに。

「おじいさん、一緒に行こう。」

 必死に声をかけて、生きるように伝えた。

 いつの間にか、生きるために手を貸してもらったのは、ひいろの方だった。会社を立ち上げた彼は、ひいろに言った。

「一緒に頑張ろう。」

 会社で働くためにたくさんのことを教えてくれた。何故だろうか。ひいろには彼を支えたいと心から思った。けれど、年齢のこともあり、死は間近に迫った。ひいろは祈った。

 ーーどうか、どうか。わたしの魂を彼と同じ場所に送ってください。わたしは彼へ感謝を届けたい・・

 ひいろは、会社を守り、死ぬ間際に、後継者に被災し同じように会社に勤めてくれた友とその子供に譲った。家族のように最期まで過ごしてくれた友は、ひいろがたった一人愛したあおいを失ったこと、その後のひいろのために家族として接し続けたことを理解し、ひいろもまた彼女とその家族への恩義を最期まで心に残した。

 終りとは始まりなのだろう。ひいろが死ぬとき、ひいろには何もなく、凪いだ海に浮かび、流れていく命の先を知らなかった。願いが叶うなら、愛した者に会えることを願った。



 アーナは女殿を出るために、変装し、宮殿裏へと続く道を進んだ。華やかな音楽が聞こえてくる。今、父親と国王が式典のために大勢の賓客を迎えているだろう。なにしろ、隣国の公王が招かれているのだ。

 アーナの進む先に、人影が現れた。アーナの歩みを止めた。

「すみませんが、貴方はどうしてこちらに?」

 相手は少年だ。まだ若い。少年は優しく笑って言う。

「この先は森、ですよね?何か、ご用でも?」

「・・・。わたくし、この先に用事がありますわ。それを何故話さないといけないのかしら?」

アーナは焦った。もし女殿から逃げていることがばれたら、連れ戻される。しかし少年は、

「そうですか・・・。実は、私、貴方にお願いしたいことがありまして。」

と、まるで秘密の話しをするかのように、小さな声で囁く。

「はい?そのようなことは、その辺の・・・」

アーナはようやく、ほっとした。周囲には誰もいない。

「アーナさん。失礼ではありますが、問答をしている時間はないのです。」

 少年に名を呼ばれ、アーナは固まる。

「私は、隣国のディラン・ジェクシムでございます。貴方を助けに来た次第です。そして、どうか協力を。」

 ディランは名を名乗り、アーナは驚いた。現在父親たちは、誰と会っているのか。

「・・・。」

「私は森へ入りたいのですが、貴方は、森への入り方をご存じですね?」

 ディランは、アーナをじっと見つめた。

「そ、それは・・・。」

「私は、魂に刻まれている貴方のその燃え上がる炎に招かれて来たのです。」

 アーナには分からなかった。アーナは自分が何者なのかを今も分からない。

 魂。そこにあるのは、アーナとしての記憶。そして。

「ありえない・・・。」

アーナの記憶よりも鮮明に思い出される前世の記憶。

「いいえ。貴方は、幻獣フェニックスを連れています。貴方の願いを聞き入れた結果です。」

 アーナに見えないものが、ディランに見えた。アーナから少し離れ、燃える炎が、ディランを見つめ、その横にいるラウムを見た。

 ーー神獣となり、ディランのよこにいるのか。

 ーーわしは、この坊やのために尽くす。この地の幸せを、見届けるために。

 ーー・・・わたしは、魂を連れてきた。この女子は、ディランのために尽くすだろう。わたしは望む。この世界の安寧を。そのために、神獣になり、ディランのため、アーナのために、尽くそうか。ラウムに続くのは不満だが。

 燃えさかる炎は人型を作り、人の形に収まった。金色の髪と、爛々と輝く明るい赤はフェニックスを人へと転じさせた。アーナは急な変化に驚いた。横に立つ麗しい男性が急に現れたのだ。

「アーナさん。彼は貴方を今世に連れてきた不死を司る幻獣フェニックスです。貴方のおかげです。私は大切な人と再会できた。」

「え・・・?幻獣?では、本当に、あなたはディラン様?」

アーナは驚き、そしてフェニックスとディランを交互に見た。

「えぇ。それでは参りましょう。」

 ディランは、アーナの手を握った。その瞬間、アーナはその手を思い出した。骨張った、老人の手。優しく導いてくれた愛する者の手。握ったその先には、ディランであり、あおいがいた。次に出会う先にいて欲しいと願った相手は、昔と同じように優しく導いてくれる。

 ーーわたしの願いは・・・。



 アーナの手はディランに引かれ、森と宮殿の境界線まで来ていた。ディランは若いが、あおいのその優しさをそのままにしていた。現状、アーナの方が少し年齢が上だ。転生によって、上下が変わった。

「アーナさん。私と共に来ていただけますか?」

 不意に足を止め、ディランは振り返った。柔らかい笑み。あおいとディランが重なる。似ても似つかないのに、なぜだかほっとさせてくれる。

「わたくしを連れて行ってくださるのですか?」

 アーナはひいろであった頃の意識と、現在を生きる自分のずれを修正していく。自分が、公王を利用しようとする男の娘であること。嘘偽りを騙る人間の娘であるという事実。

「貴方は、この世でただ一人、私の恩人です。貴方の周りのことを気にかける必要はない。貴方の人生は貴方が進むためにある。貴方の出来ることを、しても良いのでしょう?貴方のしたいことを、望むことをしてください。私がここにいるのは、貴方のおかげです。」

 ディランは、繋いだ手を一度離し、両手を差し出した。アーナの泣きそうな顔を見つめた。

 ひいろはあおいがいつもしてくれたことを思い出した。泣きそうな自分に両手を差し出し、いつでもおいで、と。それはひいろの心を軽くするために用意された、ひいろだけの泣く場所だった。

 転生した先には、アーナの泣く場所はなかった。最低な世界だと思っていた。この世界に求める存在などいないと絶望した。

 目の前にいるのは、求めていた人。気がつけば、アーナはディランの腕に飛び込んで泣いていた。



 泣き止んだアーナは、恥ずかしさで顔を隠したくて仕方なかった。ディランは優しくアーナの頭を撫でた。優しい老人の手ではもうない。けれど、同じように安堵をもたらしてくれる。

「ディラン様。わたくし、もう家に帰りたくありません。」

 声を潜めながら、アーナは呟いた。アーナにとっては大きな決断だ。ディランは頷いた。

「なら、アーナさん。共に行きましょう。あの家々とはいずれ話し合う予定でしたが、それが早まっただけです。貴方の幸せを奪うなら私は許さない。」

 ディランは満面の笑みを浮かべた。アーナは、ひいろだ。自分をこの世界に還してくれた、特別な存在。蔑ろにしてきた商会。安易に手を出すつもりはなかった。けれど、恩人に手を出されたのなら、話は別だ。

 三大商会はサンベリグド商会、ナドア商会、レーデス商会の三つによって構成されている。商会には規範が存在する。これは皇帝と公王が作った規範で、それに背く行為を行った場合、商会は解体され、彼らが作り出してきた資金は一度皇帝と公王の元に戻る。

 元々、三大商会は皇帝と公王の資金を使ってそれを元手に交易を行う商人達をまとめ組織化したものだ。よって、商会が持っている資金は常に皇帝と公王にもある程度還元された。そうした経緯は徐々に元々の基礎を忘れていく。商会が皇帝と公王を蔑ろにしてきた時点で、彼らの意識はお金を儲けるための金の亡者に成り下がっていた。

 商会の規範の一つに、家族を蔑ろにすることを許さない、というものがある。お金よりも家族を大切にするべし、というものだ。これは、皇帝が規範の中に取り入れた。商会は商人達の集まりだ。商人はお客を大切にする。それは、家族を大切することと同義だということ。お客からの信頼を得るために家族を蔑ろにすることは立派な商人ではない。

 アーナは、父親に売られ捨てられた。ディランはそれを許せない。それに、規範に基づいて罰を与えることは正当な理由となる。



 ローディは、招かれたシャンムル宮殿に居座るラステ家の主、スアランとその義理の娘、サハテ王妃と第二王子であり、サハテ王妃の息子であるラクシャ王子と相対していた。

「ローディ様。本日は来ていただき、誠にありがとうございます。」

 スアランの猫なで声は、本当に腹立たしい。サハテ王妃とラクシャ王子は、二人とも黙り込んでいた。

「話しに聞いて驚きましたよ、スアラン。隣国の王妃を自分の娘にしたなんて。」

「はぁ?わたくしめの娘はサハテだけです。なんかの聞き間違いでしょう?」

 スアランは、すぐに苛立って素に戻る。スアランが招きたかったのは、ローディの息子だ。ローディがただの使えないジェクシム家の一人だと知っていた。

「へぇ?そうなのか。私はてっきり、本当の娘を売りさばいた商人だと。」

「ななな、何を!」

 スアランの顔は真っ赤だ。

「・・・ディランが来ることを望んだみたいだが、私はあの子をとても大切にしている。滅多なことがないように守りたいからね。」

「はっ!何も出来ない、能なしの男が!」

 スアランはローディに苛立ち、あきらかに以前の彼と違うことが不安で仕方なかった。

 以前のローディは、誰にでも頭を下げるような、弱気で内気な男だった。だが、目の前にいる彼は、相手の目をしっかりと見て、その上視線で相手を打ち負かせるほどの、強い意志を持っている。今のスアランでは、どんなに喚いても勝てる見込みがない。まるで生まれ変わった彼は、息子を守るためにここへ来たのだ。何も出来ない、はずなのに。なぜだか、そうだと感じさせない。意思が彼を強固な存在へと変化させた。

「・・・ディランをお前のような屑に会わせてやるほど、我が一族を舐めるなよ?私はあの子を守ると決めた。そのためであれば、例え屑とでも会ってやるさ。」

 ローディの強い意志は、スアランへの態度を一切改めなかった。ローディがジェクシム家の一族の一人だと云う事実は、スアランよりも上だと示されている。公王の一族は三大商会よりも上の家系だ。

 だからといって、スアランにも自分が三大商会を名乗ることが出来る家の一人だと自負している。そう。ナドア商会の傘下にいる以上、公王への進言は許されている、はずだ。公王一族のローディは身分は上でも、能なしとして肩書きがある。スアランはそう聞いているし、何度も謁見しているからこそ、それは揺らがないと信じていた。

「わ、わたくしがお会いしたいのは公王陛下なのは事実です。何故、父親もどきの貴方がこちらに?」

スアランの態度はすでに相手を見下している。

「その要件は私が聞く。それと、私はジェクシム家の一人としてこちらに来たのだ。公王への進言は私が承る。・・・ただし。」

ローディは、壊滅的なほどの哀れな男に、言った。

「お前とその上層部であるナドア商会には、規範および公王と皇帝への侮辱等で、審判を下すことになった。長い年月の中で失ったように感じていただろうが、規範に抵触した犯罪者は公王と皇帝が持つ権限により、審査会が行われ、犯罪と見なされれば、商会が解体することは三大商会を設立した際に決められたこと。いかなる理由であれ、犯罪者の行く場所は一つだけだ。」

 ローディは淡々と粛々と言った。スアランは言葉もなくその言葉を頭に入れようとした。

「そ、れは・・・?」

「規範通りのことを、お前は破った。家族を蔑ろにした罪は、大きい。このことは公王も皇帝もすでに耳に入っている。どんなに弁明しても、娘のアーナを売り払った時点で、規範に抵触した犯罪者であることは明白。」

 スアランの顔面は蒼白になり、土気色に変わった。黙り込んでしまう。ローディはサハテ王妃に向き直った。

「貴方様の父君はスイヒラン殿で間違いないですね。」

サハテ王妃は少しだけ頭を動かして頷いた。

「スイヒラン殿がこの愚かな男をお金で交換したものは一体なんでしょう?」

サハテ王妃は、柔らかい声で発した。

「お父様の望んだものは、わたくしの妹と公王様との結婚ですわ。」

 サハテ王妃の父親であるスイヒラン・ラージャンは、バダデア国の宰相を務めている、公爵家の長だ。父親が黙って娘を譲ることはしない。特にスイヒランはバダデア随一の知己の持ち主だ。スアランのような愚かな人間を手玉にとることなど容易いだろう。

「・・・スイヒラン殿にも思惑はおありのようだが、我が息子の妻となる相手はあの子が決めます。それに、公王への無礼を行うことをどのように感じているか・・・。スアラン。お前には、私が連れてきた兵士が連行する。この国の国王にはすでに我が国と対立したいか聞いているが、まもなく答えは来るだろう。」

 ローディは内心嵐が吹き荒れていた。自分の息子を勝手に売り込む愚かな愚者。その上で、隣国がどのように出てこようが許さない。

ーー息子に何かがある前に、握りつぶす。私の大切なものは、もう二度と失わない。見失わないーー

 ローディの想いは言葉だけでなく行動でも実行した。周りの目には、彼が息子を大切にする父親とし映るだけでなかった。本来の彼の姿であり、単なる無能な存在ではない、知者であり時に実力行使し、迷いなく決断する。そこにはローディとディランが血縁関係を感じさせるものがあった。

 ローディの姿をランディバーは誇らしかったし、早くディランに会いたいと感じた。そして、弟に会うために、彼らの実家であるパジット家へ向かうことにした。ローディへ伝えたパジット家の実態。弟を救うために、ランディバーは公王の父親であるローディに頭を下げたのだ。彼のあまりにも酷い仕打ちは、ローディの一言で赦された。ローディにはランディバーを叱る理由など、ない。何故なら、ローディも赦しを得るために、ランディバーを自由にさせたのだ。

 二人はある意味で、理由なき赦しを求めていた。ランディバーは弟のマイケルへの劣等感と、彼を痛めつけた遠い過去への赦しを永遠に求めた。



 パジット家は大きな家族だ。家の地位は侯爵家と高い地位であるが故に、子供の教育は徹底していた。三人の子供を産んだ母親と、家の長である、アームセルは妾を三人も作った。マイケルはその妾の一人の息子だった。一方で、ランディバーは正妻の次男。家では全ての子供が平等に教育されたが、子供達はお互いの地位を語ることで弱者を見つけようとした。

 ランディバーは兄のリッシュが家の跡継ぎとして決まったことを知った。リッシュは義弟のマイケルを自分の執事にしようと考えていることも聞いてしまった。ランディバーはその瞬間自分の存在価値を、意義を感じるために、何もかも許せなくなった。

 ランディバーの中に芽生えたマイケルへの悪意。それが悲劇を起こした。


 ある夜のパジット家。屋敷に住むリッシュとランディバーは二人で語らっていた。ランディバーには、リッシュがマイケルを執事にしようとしている理由を聞こうという企みがあった。お酒を勧めて、酔いがまわればリッシュはなんでも話してしまう。

「兄貴が時期当主になるのは決まりだな。」

ランディバーはリッシュを褒めた。

「・・・はぁ。俺の時期当主ってどこまで噂になっているんだ?」

リッシュは逆に大きくため息をつく。嬉しそうではない。

「え?兄貴以外、誰がなるんだ?」

ランディバーは笑う。兄の言葉はどこまでも弱々しい。

「・・・当主の座は一番下のファミアが就くことになった。彼女は婚約者と共にこの家の主になるそうだ。」

 ランディバーは、ようやく兄の悲しげな言葉を理解した。

 父の妾の中で最も若い女の子供。最年少であるファミアは、女であることを逆手にとり、父親をいいなりにしている。妾の母親を正妻にしようとする目論む噂はあったが、結局誰も信じなかった。

 おそらくその噂をもみ消し、そして現在の噂を流しているのは、ファミアだ。ファミアがランディバーの母親を追い出すのは時間の問題だろう。そして、その子供のランディバーも、だ。

「どうして・・・?」

「お前の考えているとおり、噂を流したのはファミアだ。結論から言うと、数日後には俺たちは家を出るか、結婚相手を探す必要がある。それに、ファミアの婚約者は王族だ。国王の弟がファミアに嫁ぐという話しだ。・・・マイケルがどうなったのか知っているか?」

 兄は唐突に話をマイケルの境遇に変えた。

「あいつがどうなったかなんて・・・。」

「マイケルの母親が急に亡くなった。父はマイケルに暇を与えて、国を出るように伝えたらしい。マイケルの母親は・・・毒殺。父にとって、ファミアは眼に入れても痛くない存在だということ。あの女は他の母親も同じように殺す可能性がある。マイケルは家を出て、隣国に職を探しに行った。殺されるぐらいなら・・・と。」

 リッシュは深いため息をつく。ランディバーの顔はみるみる青ざめた。マイケルへの嫉妬がファミアに利用され、感情的になってランディバーをつき動かした。

 マイケルの母親の死は、まごう事なきランディバーが行ったことだろう。数日前にファミアに頼まれ、マイケルのは母親へ送った花の茶葉。どんな効能があるかを聞くこともなく、半分嫌がらせに近いことをした。

 マイケルの母親は、茶葉の飲み方を知らないし、そもそも飲み物は水しか飲まない。彼女はこの国の人間ではなかった。生まれを言わないが、みるからに美人だったためにアームセルに囚われたのだ。産まれたマイケルを大切にしていたが、侯爵家からでることは許されなかった。他の親はちゃんとした身分を持っていたため、単なる顔で妾になったと使用人達は噂していた。マイケルにだけ、母親の出自を教えられていた。

 ランディバーが、マイケルの母親の出自を聞かされたとき、何故マイケルが隣国へ言ったのかを知った。彼の母親は、前皇帝の妹君であり、誘拐されてきたご令嬢だった。水しか飲まないのは毒ではないと察知するため。隣り合った国のいざこざはずっと続いているが、どうしてそんな女性を父が囲ったかなど、子供達は知るよしもなかった。

 そして、ランディバーは例えただの意地悪な行為だったとしても、たった一人の命を奪い、マイケルが家を出たという事実を、今もなお心の底にたまった沼をどろどろとかき回している。

 


 マイケルは、王宮の兵士と簡単な話しをしていた。

「隣国の公王がいらしているのは確かなのですが・・・。我々も困っているのですよ。国王陛下とラージャン宰相が数日前に消え失せてしまって。」

 マイケルはさきほどから話しを聞いてまわっているが、ほぼ全員が同じ事を言う。統率のとれない事態が現れている。これが今はまだ王宮でしか出回っていない辺りが、とんでもないことを想起させる。

ーーディラン様に危険?いや、むしろなにかを行ったのだろうか・・・

 マイケルが実家に戻る前に話しを聞いて、少しだけほっとした。実家に戻る必要はある。現在当主であるファミアに会わねばならない。彼女は今でも前国王の末息子であり、現国王の王弟であるアバシアを裏で操り、現国王と王妃すら操っている。実家は王宮よりも豪華な住まいになっている。マイケルが実家に戻ったところで、何も変わらない。だが、皇帝の甥として帰れば話は別になる。マイケルがもつ自分の価値を今発揮するべきだと考えていた。



 馬車に乗っている間、言葉が出てこない。

 マイケルは目の前に座る、令嬢とディランから目が離せなかった。


 マイケルは馬車の用意をし、実家に帰るために荷造りを行っていた。そして、いざ馬車に乗って動き出して数分も経たないうちに馬車止まり、扉が開いてディランが乗り込んできた。そして、令嬢も乗り込んできたのだ。

「間に合って良かったよ、マイケル。」

 ディランは笑っている。マイケルにはよく分からなかった。怒りはないが、胸の奥がむずむずしている。

「君を手放すことを自分で言うなんて、愚かだと思ってね。君は今もこれからも私の執事だ。そうだろう?」

「・・・私が貴方の執事でいてもいい、という、ことですか?」

 マイケルは、ディランが微笑んでいることに、本当は怒っても言いのだろう。でも、喜びがそれを上回って跳ね上がって。声がうわずる。

「もしも嫌だといっても、君を手放すことはもうしない。絶対に。」

 ディランの言葉一つ一つが、重くて温かくて。何故かマイケルの心を離しはしない。

「・・・はい。私は貴方様の、執事であります。」

 マイケルの顔は歪んだ。けれど、堪えて、令嬢を見つめ、誰かを問うた。

「アーナです。愚かな父親が勝手をしましたわ。」

 アーナがふわりと笑んだ。ただの令嬢とは違い、彼女は下町の娘だ。芯が通っている。だからこそ、父親を叱責するのだろう。彼女はとても強い心を持っている。ディランの横に立つことができる女性だろう。

「まぁ、スアランの罪状が整えば、アーナも私の家の一人に加わるけれどね。今、王宮で父様が何をなさっているのか・・・。ふふふ。王妃もいらしているらしいけれど、もう国王がいないこの国はおしまいだろうね。」

 ディランはくすくすと笑った。マイケルが驚いてディランを見つめ、

「ローディ様とは仲直りなされたのですか?」

と、つい尋ねた。ディランは微笑んで、

「そう。私と父様が仲が悪かったのは、ちょっとした過去の出来事があったからだね。言うなれば、過去の残骸は水に流された、ってところかな。・・・父様は、精霊王と呼ばれていたんだ。」

と、ディランは語り始めた。

 精霊王と妖精王の昔語り。その物語は、神々が語る物語。世界の調和を乱す悪意たちが、魔物となって世界を乱した。妖精を伴って魔物を散らし、人に安寧をもたらした妖精王は子供である精霊王にその玉座を譲った。精霊王は、その土地を清め国を成した。神々はその地に降り立ち、妖精王の子孫に力を貸した。

「昔語りと呼ばれる、我が家にしか伝わらない一子口伝の話しだ。私が妖精王と呼ばれ、父様は精霊王と呼ばれる存在の生まれ変わりだ。」

 ディランは淡々と話した。

「遙か昔、父様は、創始だった私を殺した。精霊王が闇に染まってそれ以来、精霊王が蘇る度に、妖精王は贄になった。精霊王が闇に染まった理由は、父親への嫉妬と羨望だ。けれど、今は逆さになった。私は、父様をずっと見ていた。苦しむ父を何故嫉妬したりするのか。父様も苦しんでいた。母様が死んだ理由を私にしようとした。でも、無理があった。母様は、父様を嫌う母様の両親に殺されたから。憎しみは父様に向いていた。精霊王の中にあった闇は徐々に薄れていった。父様は、闇を払い、打ち勝った。だから、今の父様は精霊に認められた王となった。今はまだ会って話し合う必要はないけれど。」

 ディランは語りおえると、マイケルをじっと見つめた。マイケルは、ディランの言葉の真意に気づいた。兄と話し合う。それが難しいことだとしても。

「マイケルの家の主に会えるのを楽しみにしているんだ。私がこの国の仮の主だからね。」

 ディランは、満面の笑みをマイケルに向けた。マイケルは背筋を伸ばし、これからおこる事態は今後の世界に大きな影響を与えると考えた。

 妖精王が過去になし得なかった平和のために世界を一つにする。マイケルはふいにラウムの存在を思い出した。彼は人間離れした人間にみえた。

ーー俺は妖精のことも幻獣のことも知らない・・・。けれど、ディラン様の側におられる妖精達は、常にディラン様を慕っている。あのラウム殿もきっと幻獣・・・。

ーーディラン様を主とした幻獣なのだろう。俺もその一人だ。妖精ではないが人間の中の一人として、ディラン様を敬愛している。ディラン様が言うならば、俺も兄と共にディラン様をお支えできる。俺の過去はきっとほんの些細なこと。だからこそ、ディラン様は俺への親愛を一切変えずに、あのおぞましい実家についてきてくださる。俺はもう、一人ではない。俺はもう、過去の残骸を流す。俺は過去よりも未来に、生きる・・。

 マイケルは小さな笑みを零した。心の底から溢れたのは、ディランが、来てくれたという喜びだ。今までこれほどまでに喜びを噛み締めたことはない。ようやく、ディランが馬車に乗り込んできたことへの感謝と、二度と会えないかもしれないという恐怖が消え去った安堵を噛み締められた。

「マイケル様。わたくし、貴方様のお話をディラン様からお聞きしました。素晴らしい執事だそうですわね。絶対に連れ戻すと仰っていましたもの。」

 アーナが何気なく伝えてくる。彼女はマイケルが何を考えているのか理解できた。アーナもまた、ディランによって心を救われた。ディランを支えるために側にいると決めた。

「アーナ・・・。それは彼に言う必要はないよ?」

ディランは照れたように、しかしさも当然のように言う。ディランにとって、マイケルは大切な家族だ。それは誰かに言う必要のないほど、事実だ。

「・・・ディラン様のためなら、私はどこへだって参ります。私の主はディラン様だけですので。」

 マイケルは心の底で駆け回る喜びを押し殺して、ディランに頭を軽く下げる。本当なら片膝をついて忠誠を誓いたいぐらいだ。

 ディランの小さな笑い声を聞いて、マイケルの内心を読んでいることがマイケルにはよく分かった。ディランは人の心をよく読む。それが妖精達と会話できるディランの力なのかは分からない。ディランを愛する者たちが、ディランを大切にしていることだけが事実なのだ。



「・・・かの家に着く前に、少しばかり私がこの国の王とその配下たちをどうしたかの説明をしようか。」

ディランは、外に視線を向けた。

 風景は変わらない。草原が続く砂利道。宮殿がある場所からはかなり遠い。何故そのような場所に王弟が嫁いだのか。国の政を軽んじる兄と宰相。王弟も同じように政に興味を持っていない。マイケルの義妹は王弟という飾りを欲しがった。

 ファミア・パジット。見た目は誰もがうらやむ美貌を持っている。茜色の髪に、ぱっちりとした瞳。小さな赤い唇。彼女に恋をした男は数知れず。その結婚相手が王弟だと聞かれて誰もが納得する。王族に見初められた女性。パジット家の跡取りがファミアになった時、誰もが彼女のいいなりになっていた。

 その一方で前正妻のパトアとその子供、リッシュとメトリ、妾であったアルサとその娘シェーナ。その五人は全員が行方不明となった。ランディバーはマイケルを追いかけて国を出ていたために、その事実を知らなかった。

 ファミアは、母親であるアカリアを正妻に据え、父であるアームセルを筆頭に男達を手玉にとりながら、王宮よりも豪華な住まいを建築し、そこに引っ越した。もちろん、王弟のパジオノはファミアが王妃のように振る舞う姿を幾度と見ていた。パジオノは兄であり現国王ラシエトに、婿としてファミアに嫁ぐように命令され、致し方なく彼女の夫となった。

 ラシエトよりパジオノの方が国王として相応しいと誰もが褒めそやした。その言葉にいつも兄、ラシエトは苛立ち、しまいにはパジオノを王宮から追い出した。父親だった国王が亡くなった時も、ラシエトはパジオノの王宮への出入りを禁じた。その上で、妃を迎えたと同時に国王を名乗った。これは長いバダデア国の歴史の中で、ありえないことであり、王の指名はこのバダデアの国を司る七人の賢人によって選出される。

 七賢人は昔から王宮の裏にある広大な森に住む。闇を牽引する賢人ヴォルグ。風を使い鳥を操る賢人フランベラン。聖水を造り出す水の賢人リーヴァ。森の木々と語らい木を操る賢人エントラ。焔を秘め炎を操る賢人イーヴァ。大地と共に生きる土の賢人アダマン。そして、廻る命を司る賢人フェニックス。

 七賢人がバダデア国に昔から住んでおり、七賢人はこの大地に住む人々を豊かにしてきたのだ。


 さて、七賢人は言うまでもなくディランが求めた七つの宝物のことだ。七賢人は幻獣であり、人に化けて人と共に暮らし、人と共に幸せに暮らすことを望んでいる。

 ディランはその七賢人と言葉を交わした。遠い過去の妖精王がした仕打ちを、七賢人は許していた。人を愛する彼らは、還ってきたディランと協力することを約束した。

 七賢人はディランの力を感じていた。初代妖精王にはなかった温かい魂。ディランには人を愛するための力を持っている。それは惜しみなく七賢人の力となっている。七賢人であり七つの宝物である幻獣は、ディランの神獣になることを選んだ。彼らは温かい力をディランから受け取り、この地にはびこる悪意の討伐をはじめた。

 七賢人がバダデアの守護神であるならば、ディランはその賢人を束ねる存在。この国の仮初めの王となり、王を継ぐに相応しい者に会いに行く。ディランはそのために、マイケルと共にパジット家へ向かう。

 妖精達が絶えず教えてくれる、人々の言葉を聞き流しているからだ。ディランには妖精達の楽しい会話がどんな物事よりも真実だった。

 この地で、国を守るために隣国への干渉を躊躇った。しかし考えるまでもない。この地のいたる場所に、ディランの知っている妖精や幻獣がいる。隣国への干渉を躊躇う理由などないかもしれない。初代妖精王が統治した国は広くて、今の地図よりも遥かに広がっていた。

 ディランは、今世では幸せな世界でのんびり暮らしたいと考えている。公王と呼ばれ、妖精王となり、妖精と幻獣に囲まれた世界。けれど、世界は幸せではない。ディランは前世で見てきた不幸がこの世界でも見え隠れしていることが許せなかった。

 せめて見える範囲の人々に笑顔と幸せを与えながら、自分はのんびりしたい。だからこそ、決意した。見えている範囲の幸せを自分を含めて全員で共有する。ディランは大風呂敷をしたいとは考えない。ただ、ディランの見えている者達を助ける。ディランは妖精と語らい幻獣の悩みを聞き、神獣と親交を交わし、人と交流する。全てが繋がっていて、ディランにしかできないことは多くある。

 前世で培った社長のノウハウ。そして、仲間を失い自身を見失った過去。命の終着点の前に出会った少女と最後の物語。命は決して無意味にあるわけではない。失う前に気づけなかった者に想いを馳せ、それと同時に前を向く。

 生きてきた人生は、初代妖精王よりも濃厚で、経験は今この世界に舞い戻ったディランを完璧なまでの妖精王として成長させた。まるでこの物語のために一度死を与え、経験を積ませたかのように。



 パジット家の城はとても堅牢にみえた。その中に招かれるということは、二度と出られないと暗示しているかのようだった。

「公王様!まぁ!来てくださってとても嬉しいですわ!」

 美しく着飾ったファミアが高い声で小鳥のように囀る。ディランはただ微笑み、

「アーナ。さぁ、手を。」

馬車から降りる、アーナに優しく手を差し出す。ファミアがそれをみて苛立っているのは誰が見てもすぐに分かった。

 ファミアには夫がいるのだが、彼女は選ぶのなら位の高さで比べるし、なによりディランの顔はいわゆるイケメンだ。顔の整った青年を好むのはどの女性も変わらないだろう。

「ありがとうございます、ディラン様。」

 アーナは笑顔でディランの手をとって馬車を降りた。

「こ、こ、公王様!あたくしの城へお入りくださいませ!」

 ファミアが顔を赤らめて、ディランに気を引こうとした。しかし、ディランは一切ファミアに興味を持たなかった。ファミアの背後に立つ少し強面の顔の男性に視線を向ける。王弟パジオノだ。パジオノは宮殿を追い出され、王の命令通りにファミアの夫となった。

「マイケル。」

 ディランはマイケルを呼んだ。マイケルという名前に驚き、ファミアは久しぶりに会う義兄に一瞬だけ見惚れる。マイケルもそれなりの美形だ。義妹であっても、半分の血しか繋がっていない。ファミアにとってマイケルは家族ではない。

「はい、ディラン様。」

「あちらにいらっしゃるのが、パジオノ王太子で間違いないですか?」

 ディランの視線はパジオノしか見ていない。それにようやくパジオノは気づいた。しかも、ディランはパジオノを王太子と呼び、ファミアの夫とみなしていない。

「はい、ディラン様。間違いなく、パジオノ殿下でいらっしゃいます。私は国王陛下がご逝去されたことは存じておりますが、その後に時期国王の宣言がまだございません。パジオノ殿下がこちらにおられる理由は存じませんが。」

 マイケルは、ディランが話したこの国の成り立ちに驚いていた。

 曰く、国の政は国王が行うが、国王の選出は必ず七賢人が執り行い、彼らが選んだ王のみがこの国の王となるのだ。王の子供が必ずしも王に選ばれることはなく、七賢人が選ぶことが国の王として、政を行える存在になる。

 万が一、国の王を勝手に名乗った場合、偽の王は七賢人によって始末される。七賢人は人を愛している。人を守るために必要のない裏切り者には死のみを与える。

 妖精と精霊が存在し、魔物を消し去るために人を守るのが七賢人の役目だ。昔からあるこのルールは今も有効なのだ。

 七つの宝物と呼ばれた七賢人が真実の王をこの国に招くため、この国の裏切り者である偽の王に制裁を行い、正式に国王指名を行う。偽りの王ラシエトとそれに連なる悪意の討伐をディランは遂行する。ディランは七つの宝物の力を借りる。七賢人が遙か昔、初代妖精王へ従うことを望んだのは今のディランが行う、人と人とを結ばせるというとても簡単なこと。そして、人にとってとても難しいこと。当時の妖精王には出来なかった。

 今、ディランは今世を大切にしている。生きる喜び、失う悲しさ。訪れる不幸もやがて笑顔で笑える世界が必ず訪れるのだと前世の人々は教えてくれた。一つ一つ、悔やむこともある。けれど、前を向くんだ。それが世界の答えだとディランは理解した。

 空はどこまでも広がって、どこまでも続く。どこかで繋がる前世の人々に笑って手を振りたい。今世では誰もが笑顔でいられる世界をつくる、と。


「では、パジオノさん。私は隣国より参りましたディラン・ジェクシムでこざいます。突然の訪問ではございますが、少し、お話しがございます。」

 ディランは、パジオノへ挨拶をした。どうみても、ファミアの存在を視界から外し、パジオノ王太子に挨拶している。その上で、ファミアは怒り狂って、

「ディラン様!あたくしが!この城の主ですわ!!」

と、キンキンと叫ぶ。

「・・・公王陛下。わたくしにどのようなご用でしょう?」

 パジオノは低い声で問うた。もちろん、ファミアの怒りを収めることはしない。

「さきほど、私の大切な執事マイケルが話したとおり、この国に国王がいない、という事実について、誰一人として七賢人に話しを聞きに行かれていないのですか?」

 ディランは当然のように聞く。七賢人を蔑ろにした理由があれば是非知りたいと考えていた。

「・・・その七賢人という方々はこの国の七つの宝物と呼ばれる者達で間違いないのでしょうか?」

 パジオノは驚くような素振りはしない。有名な存在。だが。

「それは架空の話しだと聞かされています。」

 そう付け加えた。実際に見た者などいない。森に住むお宝のようなもの。それが、パジオノの印象だった。

「うん、なるほど。やはり、七賢人はこの国の上層部たちとは折り合いができずに何代も前に機能していなかった、というのは本当だったね。残念な話しだ。」

 ディランは、しばし空を見つめ、そしてパジオノを見た。

「では、パジオノさん。この国の国王の何代目から世襲制になったか知っている?」

「それは・・・。わたくしの三代前でございます。」

「うん、そう。・・・貴方の兄、ラシエトだけど。」

 ディランはパジオノの瞳を見つめる。パジオノはようやく、彼が何をしようとしているのか、恐ろしさを感じた。

「残念な話し、この国の七賢人を裏切った者として、その首を捧げて貰う。なにしろ、七賢人は私の友達でね。特に業火の賢人イーヴァは爪の甘い赦しはないって言っている。親族もろとも彼の炎に包まれるだろうね。」

 ディランは満面の笑みを浮かべてパジオノを見た。パジオノは足の先から頭の先までまっすぐに伸ばした。

「さて、パジオノさん。」

 彼は、今から何を言うのか。

「貴方は、その親族たちを見放して、自分はこの城に逃げた。その罪は死ではなく、生の中で全うして貰う。貴方には今後、この国の王として政治を行ってもらう。これは、七賢人が貴方に命じた、正当なこの国の王の宣言です。私の言葉では重きが下がるでしょう。フェニックス!」

 ディランの身体が一瞬光り輝いた。瞬く間に彼の横に赤く燃える炎が現れ、肉体が形を作るとそこには命の賢人、フェニックスが立っていた。

 驚きが周りを静めた。美しい青年は、パジオノを見てふわりと笑んだ。

「この国の王に選ばれたからには良き国にするが良い。わたしの主である妖精王はそなたの心を読まれた。王となり友となる、と。」

フェニックスの言葉は頭の中に入ってくる。

「さて、と。次期国王が決まった。」

 ディランは清々しい顔で笑んだ。彼がこの国に干渉することは一段落した。事実、玉座に座ることを強制したことは、内政に干渉したと同意義だ。しかし、後片付けは終わっていない。

「素晴らしい馬車を用意しますよ。私が初めて、友人となる同じ王に送るものが馬車、か。あ、そうだ。マイケル。ここにいる『いらない』ものがあれば教えて。私はその始末を友人に頼みたくて。」

 ディランは、正式に王となったパジオノのために馬車の用意を妖精達にお願いし、最後に片付けるためにマイケルに問いかけた。そう。ディランには後片付けが残っていた。

「ディラン様?」

マイケルは困惑した。ディランはもう決意している。

「・・・悪いけど、マイケル。貴方の母親を殺した存在を私は許さない。ヴォルグ。」

 ファミアが自身の命の危険を感じて、逃げようとした。それを、暗い何かに捕まれる。賢人の一人、闇を司るヴォルグだ。形をとることはない。ディランが彼に命じたことはファミアだけでなく、その城に住む悪意の逃走を妨げること。主となったディランへの協力を賢人は惜しまない。その命の始末でさえ請け負う。

 けれど、ディランは逃走を妨げることを望んだ。ディランは、友人達の手が人を汚すために使って欲しくないと考えた。妖精達も幻獣も神獣も、ディランのために力を惜しまない。しかし、ディランは友人に彼らが大切にしている人の、人の中にある悪意にだけは手出しさせたくなかった。

 悪人と呼ばれる者達は、人が人自らの手でその罰を下す。それが、悪意を知らない美しい者達に人を嫌いにならないでほしいと願うディランの真意だ。その心からの願いを賢人は汲み取っている。

 お互いがリスペクトし、最高の友でいるために。



 妖精王が妖精や幻獣を従えること。その意味をパジオノは目の前で起きている事実を持って理解した。彼は生涯友だと思う存在をこうして認識した。

 パジオノが兄のラシエトのいいなりであったことはない。パジオノはラシエトが見えていない裏方を担い、国民のために動いた。それをラシエトは王族の品位を落とす者だと周りに告げた。王族という身分を着て歩く兄も父も、パジオノは違うと認識していた。そして、ある日の夕方、父親は、パジオノに伝えた。

『お前は女殿にいる女の子供だ。私の王妃は明日、死ぬ。お前の母親を新たな妃にする予定だ。』

 翌日、母親だと思っていた王の妻は亡くなった。死んだ理由は王による殺害だろう。そして、新たに妃を女殿から選ばれた。パジオノの母親だと父は言った。けれど、容姿はどちらかと言えば、ラシエトに似ていた。

 父親は、パジオノの母を殺し、ラシエトの母を王妃に迎えた。理由は、パジオノの行動だった。国民を想い行動する、王族には見えない、子供。父親が次の王にしたかったのは、ラシエトだ。そして、ラシエトは王の求める次期国王への道を進んだ。

 母親が殺された理由をパジオノは、自身のせいだと悩んだ。ラシエトが王になると宣言したとき、父親が亡くなった理由を知った。ラシエトが父を殺した。父にパジオノの母親と同じ毒を盛った、と。酔った兄は愉しそうに話した。

 パジオノの母親は、当時王の父親、つまりパジオノの祖父が命じて結婚を強いられ、パジオノを産んだ。王妃になってからも、祖父と父親はパジオノが次期国王になることを言い争っていた。父はラシエトの母親に溺れ、ラシエトが産まれたあとは、祖父がラシエトを管理していた。幼い頃のラシエトの姿をパジオノは知らない。兄弟のどちらが兄で弟なのかを知らなかった。正式な書類にはラシエトが弟だったと知ったのはパジオノがファミアの元に行く少し前だった。兄ではなく弟だった記録を消すために、父は妻を殺した。パジオノの母親を殺した。ラシエトが兄であり、後継者だとするために。嘘を誠にするために。



 きらきらと輝く。パジオノは目の前を飛ぶ美しい存在をただ、見つめた。この世で最も清らかな者達。たまに悪戯をする彼らは、パジオノのために、馬車を作っていた。

「・・・私は、王に、なるんだな。」

パジオノの言葉は、そうなることを言い聞かせていた。

「そうだよ、パジオノさん。けれど、それはただの仕事の名前と身分だ。貴方は、この国をきっとよくしてくれる。それを七賢人は見張っている。」

 ディランは、パジオノの独り言に頷いた。傍らに立つことで、彼の心配をかき消そうとした。

「ディラン。君は、こんなに素晴らしい友人がいるんだね。」

 パジオノの瞳に映る者は、美しく完成されている。そして、パジオノの心を明るくし、笑みをたたえさせた。彼がディランを呼ぶために振り返った。すぐそこにディランはいて、

「そうだよ。私の友人たちを気に入ってくれた?」

と、微笑んだ。パジオノが嬉しそうに笑っている。彼はその輝きに満たされ、ディランの周りに集っている輝きに気がついた。

「君の友人の一人に加えて貰えて、私も嬉しいのだが・・・。この喜びを表現するとしたら、この国を君の友達たちが喜ぶ国にすれば、理解して貰えるだろうか?」

 パジオノは、今まで『王』は不潔で薄汚れて、意地汚いという印象しかなく、王族というものが何故存在していたのか疑問視していた。もしも、自分が王様になったら、あの眼に入ることさえ嫌なものになるのかと考えた。

「貴方が作り出す国は、きっと私がみたいものだと確信しています。私の友人だから、ではなく、貴方が愛するこの国の人のために、王という役割を担うだけです。」

 ディランの声はパジオノの心を大きくし、より大胆に振る舞えるように勇気づけた。ディランは友人が王になることを喜んでいた。

 ディランはパジオノが遠い過去に存在したある人間立ちの子孫であると、確信していた。彼の母親がこの国の成り立ちを築いた始祖の子孫だという事。だからこそ、パジオノは自分が王になるということに不自然を感じて生きてきたのだろう。本来、王は七人の賢人が決めることだと本能で理解していたのだ。

 パジオノは、この国バダデアができる以前にいた先住民の子孫。その時代、先住民と妖精、幻獣は近い距離にいた。妖精を慕い、幻獣を敬った彼ら。

 生きるということを理解し、周りの者との接し方を重んじた。国が興る前に、先住民は幻獣へ進言した。幻獣が選ぶ者を王にしたいと。その時、初代妖精王は近くでそれを見聞きし、幻獣からお願いされた。この契約を永久に結ぶため、妖精王に従いたいと。

 初代妖精王はそのしがらみを拒んだ。王であることに不慣れだった。その契約を永久に出来なかったのは、初代妖精王がまだ成長しきらない子供だったからだ。今のディランには当時の自分が、何かを恐れて様々な事を拒んだ理由が分かる。未知なものを背負うのは怖い。


 闇夜に浮かぶのは、ただ大きい家。宮殿以上に豪華絢爛に飾られた、くだらない建物。パジオノは、呟いた。

「この建物を壊すのではなく、孤児院として使おう。この地域は多くの貧困者が暮らしている。くだらない見栄のために、この地域は貧困者で溢れている。・・・門を開けろ!ここは誰でも入れる緊急の休息地に変える。私は王として、玉座に座らない。皆のために動く。私は王ではなく、パジオノとしてこの国をとりまとめる。」

 パジオノの顔は、生き生きとし、大きな声で宣言した。彼がここまで大きな声を出したことはない。この城のような家で奉公していた者達は恐怖にかられることはなかった。

 それは、妖精王の友であるパジオノの行動が、全員に礼儀正しく、親切だったからだ。彼らはパジオノが主であることが明確に示され、働く意欲を向上させた。彼らはパジオノへ敬意と尊敬を感じて彼と共に働くことを喜んだ。これはディランという妖精王が関わったからではない。パジオノの持っている人柄が、人の心を掴んでいるからだ。

 妖精が作った馬車には、パジオノは乗らない。その代わりに有効的に使う。傷を手当てする道具や食べ物を積んだ。彼は人を救うために上に乗って与えるのではなく、横に並んで歩くことを望んだ。ディランはそれを歓迎した。送った馬車の有効活用に喜んだ。

 そして、ここに住んでいたパジット家の住人であるファミアとアカリア、アームセルをディランから明け渡され、罪人として、三人の絞首刑を命じた。彼らは緊急の休息地から少し離れた元あったパジット家の更地に残された墓地で刑が執行された。墓に眠るマイケルの母親の遺体は、皇帝の扱う墓地に埋葬されることになっている。

 現皇帝であるリーリアスがマイケルの出自を知り、母親の遺体を皇帝領地に戻すことを願い出たからだ。行方不明だったジュトラッテ家の令嬢は、ようやく家に帰ることとなる。声がないままの帰宅ではあったが、リーリアスがマイケルを自身の親族であることと、まごうことなき時期皇帝の一人として数えている事実をまだ誰も知らない。これが、今後ディランの今世安寧計画にどう響くかは、まだ先の話。



 また、パジオノの弟ラシエトも捕らえられ、その妻サハテと三人の子供、そしてサハテの妹であるセシレヌ、父親のスイヒランも捕まった。

 スアランに関してはジュトラッテ帝国に連れ帰り、三代商会に対する罰を明確にするために百議会を開くことになった。無論、スアランは独房で過ごし、家族、親族には家での待機と、厳重な移動禁止命令が下される。命令にはディランが公王として妖精へお願いをすることで、簡単に破れない強力な魔法がかかる。公王が妖精へお願いすることとは、公王は妖精の魔法を扱えることを意味すること。公王の力を示すための行為だ。

 妖精王は悪意を許さないと明確に示した。


 パジオノは捕らえられたラシエトに毒による刑の執行を言い渡した。パジオノがその刑を選んだのは彼が父親と母親に行ったことへの反省を促したことを失敗したからだ。いや、反省をしないラシエトが悪いのだが、彼をこうしたのは他ならぬ父親であり、兄であるパジオノだ。ラシエトは恨むようなことを延々と呟いていた。最期まで、自分は悪くないと言い、妖精王を馬鹿にした。それが、パジオノの情けを切り捨てた。妖精王であるディランの素晴らしさを知っているからであり、友人を馬鹿にされたのもある。パジオノは決心した。

 ラシエトの大好きなお酒に毒を盛り、それを与えた。ラシエトは喜んで飲み干した酒は、ラシエトの命を奪った。そして、彼の死ぬ間際に放たれた子供じみた言い訳。

「パジオノが悪いんだ!」

ラシエトの亡骸は、罪人たちと同じ墓地にいれられた。

 この国を裏切って王になった者は、七人の賢人に選ばれた王によって片付いた。今後、この国は正常にまわるだろう。パジオノは、人を守るために人と共に暮らす。

 玉座を望まないのではない。王という役割をパジオノは懸命にこなすのだ。ディランという友を裏切らないために。パジオノとディランの友情は知らぬ間に帝国との繋がりへと続く。国に隔たりがあったことがなかったかのように。その話しはまた別の機会に語られる。




次の話:The Traitor and the Seven Treasures そのに

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