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過去の残骸 ー還ってきた王の祝宴ー  作者: あおぞら えす


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Fairy and Hope  そのに


 昼も中頃になり、皇帝の紋が入った豪奢な馬車が公王の城の大門に入った。使用人が頑張ったおかげで、綺麗に片付き、ディランが城の大扉を開けると、背の高い丈夫な体躯の男性がどかどかと入ってきた。少し白髪が交じる栗色の髪の毛を綺麗に少しだけ結っている。右耳にのみ、皇帝の文様を象ったイヤリングをつけ、ひげを蓄えている。片方の瞳は傷を負っており、眼帯をしている。


 皇帝リーリアス。彼の行った国の大改革は今後も多くの者が語るだろう。その一つが、国中の貴族を一度編成し直すというものだった。大勢の貴族が渋る中、その改革により、皇帝の威厳を落とす貴族があぶり出され、刑を執行された。その中にエミレットがいた。彼女は刑執行直前に、ローディとケミランの話し合いで、皇帝と一部の王族と交渉し、難を逃れた。ただ、反省すらしない彼女の今後は刑は実行され、彼女の場合は死が待っている。




「お久しぶりです、リーリアスさん。」

 ディランは微笑んで迎えた。

「あぁ、久しぶりだな!ディラン。」

 リーリアスは、にかっと笑い、ディランと握手する。

「お前と会えると思って、色々と楽しみにしていたんだ!」

「そうですか。ありがとうございます。私もリーリアスさんがいらっしゃることを楽しみにしていました。」

 ディランはにこにこと笑みながら話す。

「まあ、わしの孫が来ているだろうから、すでに色々してくれたのだろう?」

「えぇ。ですが、今日は一日寛いでお休みいただきたいのです。一日待てば、結果が出ると思います。」

「・・・?ふむ。孫と話しをしようか。」

「えぇ。ただいまエクシエルさんは、憩いの間にて寛いでいただいています。お話しをじっくりされるとよろしいかと。私は、手続きをしつつ、七長老の息子さんに手紙を書きます。」

 ディランは、側にいる使用人に視線を送った。使用人はすぐに頷き、皇帝とその一行を部屋へと案内した。

 ディランは使用人をまとめるのに時間をかけなかった。使用人達は、すぐにディランを心酔してしまったからだ。マイケルもディランがどんな大物よりも人の心を掴む手腕に長けていると理解していた。気がつけば、ディランの言うことを聞かずにはいられないのだ。

 それもあって、仕える相手が誰なのかをすぐに気づかされ、気がつけば、皆仕事のやり方を覚え、礼儀正しくなった。たった一日のことが、まるでずっと続いてきたかのようだった。

 ローディは驚いたが、息子のことを理解しているマイケルに話しを聞いて、納得した。そして、至らぬ父親と違い、その血を正しく受け継いだ息子を見て、心のどこかで自分の何かを感じた。ずっと忘れていた、何かを。

「この感覚・・・。」

 ローディはそれを心に留めた。今は、まだ、これを思い出すべき時ではない。

 彼は、元妻のエミレットの元へ向かった。




「リーリアス陛下。」

 憩いの間に先客としていたエクシエルは、ノックをされ、入ってきた祖父に立ち上がってカーテシーをする。

「ディランは素晴らしいだろう?」

 リーリアスはどかどかと入ってきて、孫娘の前で腰を下ろした。

「はい。それはもう。頼ったその日のうちに、ほぼ解決したのです。」

 エクシエルは、未だ顔を上げない。

「そうだろうな。エクシエル。座って良いぞ。」

 リーリアスに言われ顔を上げ、真向かいに腰を下ろした。部屋のノックがされ、給仕が紅茶を持ってくる。素晴らしいタイミングだ。すべて昨日と違うのだが、それはこの二人に関係ないことだ。

「ジェクシム産の茶葉であしらえた紅茶でございます。妖精の加護を込めております。」

 給仕は香り高い紅茶を淹れ、音も立てずに皇帝と王女の前に置いた。そのまま深くお辞儀をして部屋を出て行った。

「ふむ。やはりディランは素晴らしい。うまい紅茶を淹れてくれる。」

 リーリアスは満足そうに紅茶を飲んだ。

 漂う茶葉の香りも然る事ながら、リーリアスは孫娘がディランへの敬意をきちんと払っていることに満足していた。ディランを侮る者は大勢いる。そして痛い歓迎を受けるのだ。彼が過去の産物とされた古の妖精王だと気がついた時、リーリアスはある一つの詩文を思い出した。


『王が還られるとき、その手にあるのは光る宝玉。その宝玉が城を照らし、彼方の魔物すら塵にする。我が偉大な王は二人で並び立つ。』


 王たちの帰還と記された詩文は、帝国の持っている巨大な書庫に遺されていた。その詩文には、過去に起きた魔物の群れと妖精王の戦いや、二人の王がいかにして国を守ろうとしたのかという細々と話しが描かれている。

 王の一人が、ディランなのは間違いない。彼が放つ光が妖精を従えたという話しを耳にし、ケミランとも話しをした。事実であり、今後も過去のように魔物が現れることが増える可能性もある。

「エクシエル。七長老の後継者とは面会したか?」

 リーリアスは胸いっぱいに香り豊かな茶葉を堪能し、孫娘に問いかけた。

「・・・いいえ。しかし、公王陛下が、妖精様を通して、会話をお聞かせしてくださいました。」

「ふむ。そのようなことが可能なのか。」

 エクシエルは、カップを置き、頷いて、先ほどのまでの会話を全て語った。

「・・・。ふふふふ。ディランめ。それを聞いて心底安心した。確か、シュメルと結婚した嫁がサンベリグド商会の娘だったか。才能がない孫を指名する訳がない。私でも同じ事を言うだろう。一方で、才能のある娘と正式に結婚できなかった三男坊を見つけて、その孫の才能を目の当たりにしたか・・・。ふむ。これでは私の推薦する長男と比べても仕方ないか。」

「・・・。ディラン様は、サムシル様の意思を尊重なさっておられました。何故、勧めることをなさらなかったのでしょう。」

「エクシエル。それは、ディランが選択を与えることでサムシルの心の中にある溝を消し去るためだろう。ここに来た時、サムシルの中では蟠りがあり、ささくれた心には何も届かなかった。祖父の話だけではない。自分の父親も何も言わなかった。迷いや惑いがあった。それをすべて一日で消化するには無理がある。ディランはその様子を見て、選択肢をサムシルに委ねた。どういう選択でも結果は同じだろうが、ディランが委ねたのは結果の先だろう。サムシルが断ったとしても、あいつの頭の中には複数の選択がまだ残っているだろうからな。」

「それは、つまり・・・。」

「サムシルが万が一断ったとしても、あいつが推薦するのはサムシルだけだ。サムシルが望むように、選択させた。サムシルの望みは答えを出して欲しいのではなく、考える時間が欲しい。それだけ。」

 リーリアスはそこまで言って、ふと思い出す。ハーベンの息子に手紙を出すというのは、長男であり、リーリアスと関係のあるフラスコに、ということだろうか。フラスコはリーリアスと顔なじみの彫刻師だ。才能があり優秀なのだが、結婚相手に自身が彫った彫刻を選ぶような変わった人だ。リーリアスが娘を嫁にと考えて、話しを持ちかけたが断られた。

 その彼に送った可能性があった。デイランは抜け目ない。フラスコは認めた相手にしか父親の後釜を譲らないだろう。いや、フラスコ自身が後釜に収まるつもりはないだろう。けれど、次男の息子を後継者には絶対にしない。才能がないものを認めないのは、家の拠り所が、そこで決定するからだ。

 ディランは、フラスコに全て詳らかに書き記して送るだろう。もともとリーリアスはフラスコから依頼されたのだ。父親は誰を後釜に指名したのか。ディランはフラスコに手紙を書き、リーリアスがフラスコに書く手間を省いた。

「・・・ディランはどこまで妖精たちから話しを聞いたのか・・・。」

 リーリアスは小さく笑んで呟いた。




 夜が星を呼んで、その日は静かに朝を待つ。客の眠りを妨げないように、ディランは妖精たちにいくつか願いを伝えた。明日の朝にはサムシルの心は決まるだろう。父親たちを呼ぶ手紙を送り、ディランは大きく欠伸をした。ベッドは暖められている。妖精達がベッドで何かを話していたらしい。

「・・・。」

 布団に入る前に気合いを入れるのは、夢見をよくしたいからではない。どんな夢を見ることになっても、明日にはこの世界を良くしないといけないからだ。

「おやすみなさい。」

 誰にともなく、呟いた。




 あおいは、大きく揺れを感じた。酷い揺れだ。きっとどこかの家は壊れただろう。あおいの家もミシミシと言っている。揺れは収まらない。

 急に立ち上がる事がままならない。自分がこの歳になっても未だに自分の仕事が出来ているのは後継者のおかげだった。

「若者達は生きる元気があるからな・・・。」

揺れがおさまった。その後に続く警報音。

「海が・・・」

 あおいは、ようやく立ち上がり、家を出た。雨が降りしきり、真っ暗だ。坂の上に歩き出す。これ以上ないぐらい早く歩いた。

「『『・あ・fじゃおhkじb^!!!』』」』

 叫び声と雨の音と、轟音と、走る音。

 あおいは引っ張られ、押され。坂の上を転がるように進んだ。冷たい身体をたくさんの人に触れられ、先へ先へと皆が津波となって走った。




 ディランは夢から目覚め、身体が冷え切っていることに気がついた。

「生きられなかった者に祈りを・・・」

 どこかでまた会えるのなら、今世で会えると言い。自分が死んで、前世はどうなったか。

「ただ、私は今世でやることがある。いや、還ってきた、この場所で。」

 ディランはそう呟いてベッドから軽々と出た。


「マイケル。」

ディランは、自分の執事を呼んだ。

 数秒も経たないうちに、マイケルは主の部屋へと参じた。ディランは、いつものように食事の用意と、客人も伴う朝食に、客が数人加わることを告げた。

「・・・兄も手伝わせる、と?」

 マイケルはかなり不機嫌に呟いた。

「あぁそうだ。特に問題はないだろう?ランディバーは元執事。ただし、私が言いつける格好をするんだ。」

「・・・?え。」

 ディランは、ランディバーを許していない。しかし、仕事をしないのはいただけない。ので、彼に相応しい格好を用意した。マイケルは絶句したが、ディランにとって、これ以上の譲歩はない。

「えっと・・・。兄は男性・・・。」

「そうだね。でも情夫のような真似事をした。制裁としてはこれ以上ないだろう?」

「そう・・・ですね?」

ディランが用意したのは、メイド服だった。

 本当に怒っている。ディランからしたら牢から出すことすら許したくはない。それを許諾するのは虫がよすぎるだろう。だから、せめて服装を含め、自身が何をしたのかを理解させるために用意した。

「そうですね。たしかに・・・。ディラン様がお怒りであり、その上でこうして服をお選びいただけたなら、この服を着させて仕事をさせます。」

「マイケル。」

「はい。」

「否定したら、今度こそ終りだと伝えておいて。」

 ディランはにっこりと笑って言う。

「はい。」

 マイケルが背筋を伸ばし、軽く会釈した。おそらく、ランディバーは絶望と共に、選択を誤ることはしないだろう。ディランが本気で怒っていると理解するのに時間はかからない。




 ディランの父親を裏切った行為は許されない。彼への無礼をディランは決して許さず、使用人の幾人かがいつの間にか姿を消していることに気がついた者は、ディランとローディへの態度を明確に変化させた。特にローディへの態度は急激に変わった。元城の主だった者から、現主の父親という態度へと変化した。無論、挨拶からはじまり、彼の存在に気がつけば、すぐに声をかけ、困りごとを聞くまでに変わった。その変化はローディですら気がついた。そしていなくなった使用人の行方を息子に尋ねた。

「・・・。気になりますか?」

「それは、気になるだろう?」

 ディランはローディをしっかりと見つめ、ローディも同じように見つめた。

「私は妖精達に伝えただけです。私の父親に悪口言う者は、どこへ連れて行くべきか、と。」

「・・・それで彼らはどこへ?」

 ローディは小さくため息をつく。息子は幼い考えを持ち合わせる、天才だ。例えどんなに叱っても意味はない。

「彼らの罰はどこにいっても結局は許されます。ですが、私は自分が守りたい相手なら、どんなことがあっても許したくはない。私の言葉はおかしいでしょうか?」

「それは、私のことを言っているのか?」

「他に誰が?」

「・・・大切にして貰えるのは嬉しいが、私は自分を守ることが出来る。お前はお前のことを大切にするのだ。」

 ローディは少しばかり苛立っていた。何故、息子にここまで想われているのか。あんなに酷いことをして、許されないのは、自分自身だ。

「貴方が何故、腹を立てて私を叱るのですか?貴方が腹を立てるべきは自分への態度を改めない者達なのに、です。」

 ディランがまっとうなことを語るが、ローディにとって些細なことをこれほどまでに怒ってくれる息子に対して、行く当てのない怒りを当てつけのように当てるのにはもっともな理由があった。

「私はお前を息子のように扱ったことはない。それはお前が一番分かっているだろう?」

「そうですね。」

「だったら何故、私の罪を許そうとする?」

 ローディが自分への態度を悪くする者達を放置したのは、許されたいが為だ。それをディランが気づかないわけがない。ディランは、もう許しているし、そもそもその事で怒りなど少しもない。ディランは、ただ、大切な人を守りたいだけ。

「貴方を守るのに、貴方の罪などを私が考えるべきですか?私は貴方の考えていることを気にしないですし、貴方のために自分を曲げるつもりはありません。貴方が許す許されないを語って、私が何を許すのです?貴方は、ずっとずっと、私の大切な人です。貴方を憎んだことなど、ない。貴方が私を嫌うのは仕方ないですが。」

 ディランが淡々と紡ぐ言葉に、怒りはなく。ローディは自分の息子がこれほどまでに自分を想う理由を考えた。血の繋がりはもちろんあるだろうが、本当に彼が自分を想う理由。答えがあるなら、きっともう出ていることだ。ならば、そこに理由などなく、ディランが父親を憎んだり恨んだりすることなどないのだろう。ディランは理由などなく、大切な者を見つけることが出来る。彼が人を自身の中に招くことが出来る理由はそこだろう。

「そう・・だな。私はお前を息子だからだと侮ったようだ。私はお前のしたことに難癖つけた。本当はこう言えばよかったか?」

 ローディは小さく笑んだ。ディランが少しばかり小首を傾げた。

「ありがとう、ディラン。」

 ローディの瞳がまっすぐにディランを見つめた。笑顔の父親を初めて見た。ディランは心のどこかに歓喜を覚え、くすぐったい気持ちになった。

「・・・父様が安堵してくださるだけで、よかったんです。」

 ディランは恥ずかしそうに笑んだ。ローディは、ディランが自分を父と言ってくれたことに驚き、改めて、今後は父親として恥じないように行動することを誓った。




 朝食で、かなりの豪華な食事が用意された。皇帝と王女、それにサムシルとその父、ダウト。ダウトの兄フラスコ。面子が面子だったために、並ぶ者はどれも一級品だ。

「皆様お集まりいただきありがとうございます。食事をしながら会話を楽しみましょう。」

 ディランの音頭と共に、食事が続々と並ぶ。

「フラスコ。久しぶりだな。」

 まず、皇帝が顔見知りのフラスコに声をかけた。

「えぇ。お久しぶりですね。それに、ディラン様にお会いするのは初めてですが、先日のお手紙はとても素晴らしいものでした。」

「そういっていただけると、嬉しいですね。私もフラスコさんのお話しはリーリアスさんからお聞きしておりましたので、会えることを楽しみにしていたんです。」

 ディランは嬉しそうに笑む。そして視線の先のダウトを見て、

「ダウトさん。私が書いた手紙には嘘はありません。私が妖精達から教えてもらった内容に不備がないことを証明します。」

 ディランが言い終わる前に、テーブルの頭上から綺麗な歌声が聞こえてきた。ダウトの妻であり、サムシルの母親の歌声だ。ダウトは立ち上がった。間違いなく彼女の声だった。そして、歌声が止むと、

『ハーベン様。わたくし、結婚を断られたんです。シュメル様には他に女性がおります。』

『ほう。わしの息子がそなたをふったと?ありえない。絶対にありえん!』

 ハーベンの怒声。そして、会話が遠のく。

『ダウト。私はもうすぐ死ぬでしょう。息子を守ってあげて。私が育てられなくて、ごめんね、可愛いサムシル・・・』

 最期の言葉。ダウトの嘆く声。

『ようやく、見つけた。ダウト。あの子供を私の後継にさせて欲しい。頼む。』

 ハーベンの鬼気迫る声。ダウトの唸る激昂。ハーベンの謝罪はずっと続いて聞こえてくる。

『サムシルと、会話を・・・。頼む。』

 弱々しい老人の声。ダウトの罵る声。

『ねぇ、ダウト。もしも、もしもよ?この子がハーベン様の跡継ぎを頼まれたら。ハーベン様を許して欲しいの。あの方は、自分の血筋を守る立場にあった。それはどうしても変えられない。だから、もしも、その時が来たら。私の血筋も混ざったサムシルが跡を継いで欲しいの。そうすれば、私はあなたとずっと一緒にいられる。』

 不意に、空気が変わり、妻の嬉しそうな声が、ダウトの耳に届く。

 ダウトは崩れ落ちた。あんなにも酷いことをされた妻の願いが、ちゃんと遺されていた。確かにこの会話をどこかでした。だが、怒りで頭が真っ白になって、忘れていた。

「サムシルさん。貴方の答えは、見つかりましたか?」

 不意にディランはサムシルに声をかけた。明るい陽差しに照らされた、食事会。温かいスープが身に染みる。父親は何も言わなかった。師匠であり、父親はずっと自分を守ろうとした。

「私は、おじいさんの跡を継ごうと思います。私を必要として貰えるなら。」

 サムシルがその言葉を紡ぐと、ダウトが泣いた。本当に辛かったのは、きっと、ダウトだろう。

「サムシル、と言ったか?私はこの泣き虫男の兄のフラスコだ。気軽にフラスコおじさんと呼んでくれ。彫刻師の才能は言わなくても分かる。ダウトと彼女の息子だ。歓迎するよ。」

 フラスコは、そう言って立ち上がり、サムシルとダウトを抱きしめた。

「二人を気づけずに、本当にすまないことをした。」

 フラスコの言葉は父親の仕打ちと、甥の存在を知らなかったことへの謝罪だ。




 三人は、家族で話しをしたいとディランに願い出た。ディランがその願いを無下にする理由はない。三人のために個室を用意し、語り合う場を設けた。そこにディランは干渉しない。


 リーリアスとディランは並んで中庭を歩いていた。二人は沈黙していた。リーリアスはディランがある程度のことを予見できると理解している。ただ、今回は考えていたことよりも大きく物事が進んだ。一つ余った七長老の席をなんなく埋めたのだ。いや、まだ次男の息子の話が決着していない。けれどそれもディランならそつなくこなし、解決してしまうかもしれない。もう解決したのかもしれないが。彼はハーベンの息子、それぞれに手紙を送った。わざわざ次男を書き忘れたりしない。


「ディラン坊や。」

 その時だった。ふいに声をかけたのは、見知らぬ老人だ。ディランはリーリアスの腕を止めた。

「ラウム。今日はどうされましたか?」

 リーリアスが振るおうとした剣は止められ、リーリアスは言葉を失った。

 ラウム。正式名称はトール、或いは雷神。雷を司る神、或いは幻獣。

 目の前に『見えて』いることが驚きなのだ。単なる人。老人だ。しわしわの顔に深い堀が刻まれている。眼は白く、背の高さはディランよりも頭一つ高い。リーリアスと変わらない高さだ。ほっそりとした体型をしているが、骨はまっすぐ伸びている。

「なに。最近、お前さんの周りに人が増えたのう。」

 白い眼がリーリアスの身体をのぞき見ている。

「えぇ。その通りです。」

 ディランは、ラウムが何を語ろうとしているのか、じっと耳を傾ける。

「わしは、たんなる幻獣だった。これからは、お前さんを守る神獣に成り代わろうよ。」

 ラウムがそう言うと、彼はびりびりと放電しながら姿を変えた。人に見えるように、人の形に変わる。老人が若々しい従者へと成り代わった。ディランの側にいるための出で立ち。

 金色の髪に、きらきらと輝く瞳。血色の良い肌に、薄ピンク色の唇。先ほどまでとは別人だった。

「ラウム。ありがとう。何故そこまで・・・?」

 ディランは驚きながらも、嬉しそうにお礼を言う。

「お前さん、気がついているだろうに。周りを翻弄してもよいことはなかろう。この老いぼれが、少しでも手助けできれば、よい。お前さんが無理せぬようにわしらがいる。」

 ラウムはくつくつと笑った。

「そして皇帝といったか?ディランを頼むぞ。わしの拠り所はこの男だけだからな。」

 老人のような言葉使いで、リーリアスの前に立った。風貌は若いが、雷の神であると理解しているからこそリーリアスは言葉を選ぶ。

「か、神ですらディランの味方になるのだな?」

 リーリアスは、引きつった笑みをしつつ、ディランに声をかけた。

「ラウムは神獣だからね。私も驚きましたが、拠り所を私に選ぶなんて。」

 ディランはラウムへ一歩近づく。ディランよりも背の高いラウムは片膝をついた。ディランが差し出した掌にラウムは自分の額を押しつけた。ディランに激しい電気が駆け巡る。ラウムが神獣へとなった証でもある。




 ディランの魂に添えられた手。流される途中。次々と添えられた手はディランを呼び戻す。今世に。その一つが、ラウムの手。

「・・・ようやく還ったか。」

「・・・ラウム。ただいま。」


二人の会話が成り立つのはもう少し先だ。魂の中で共鳴している会話はまだ闇の中にある。






 サムシルは、伯父が父親と会話しているのを、ぼんやり聞いていた。顔が似ているのに、伯父の瞳は父親と違って灰褐色だった。父親と母親の子供であるサムシルは、二人の瞳の色と違った。伯父と同じ瞳の色を持って生まれた。

「サムシル。俺はお前の親だ。瞳の色は・・・。」

父親に何度も聞いて、父親は何度も答えた。瞳の色が違うのは、先祖からもらったものだと。

「・・・。フラスコ伯父さん。」

 サムシルは苛立ちを覚えて、つい、呼んでしまった。

「どうした?」

 フラスコはすぐに返事をした。サムシルをじっと見た。

「俺の、俺の目って・・・。」

「あぁ。お前の瞳の色は、代々受け継ぐ彫刻師の色だ。だからあのじいさんはお前を見て、即決したんだ。代々継いできた中でも、とびっきりの跡継ぎだったから。」

「・・・。」

「まぁ、昔話になるんだが。俺たち彫刻師はたった一人の王様を造るためにいたんだと。その王様が死んだあと、もう一度必要になったらしい。妖精たちを従える、この地の王様を造る。先祖が持っていた彫刻には息吹き与える力があったそうだ。お前と同じその瞳を持つ後継者に宿るんだと。お前が後継者でなくてはならない理由だ。」

「伯父さんでも・・・。」

「いいや。俺はお前と違うところがある。瞳の色は確かに同じ。でもな。俺はお前と違って彫刻師にはなれないんだ。俺の右手には指が足りない。」

伯父はそう言って、右手を広げた。確かに小指が半分までしかない。

「生まれつき、足りない。だから、じいさんは俺を見てはがっかりしてた。」

 サムシルは、何故かその時はっきりと思い出す。

ーーようやく出来たが、まだいくつか必要だ。この若者がきっと現れる・・。

 サムシルは、ディランの顔を見た、気がした。それはずっと昔に彫った自分自身の、前世。そう。自分はそれを彫り、帰りを待ったのだ。

「・・・還った。」

 サムシルは気づかないままに呟いた。あまりの出来事に瞳から涙があふれた。

「あぁ・・・還ったのか・・・。」

 心臓は鳴り止まない。この喜びという感情は、おそらくサムシルだけが得られるもの。胸にあふれた感情をかき抱く。




 勢いが、すごい。海が持って行き、持って帰る。波が川を駆け上がり、人が作った全てを持ち去っていく。徐々に弱くなった波が、また勢いを持ちやってくる。

 恐怖、感嘆、無言。

 全てが、静かに穏やかに、消えた。

 あおいが逃げた先は避難民であふれた。嘆く涙を殺し、周りを気遣う。風土がそうしたのであれば、こうして生き残っていくのだ。眠るところを準備できず、老いたものを優先したりけが人に声をかけたり。

 あおいは、少し離れたところで見ていた。食事もない中、お互いに励ます。生きるために、お互いが必要なのだ。

ーー昔は、それを当然のようにした。今も変わらずにそれをするべきだろう。ただ・・。

 子供達が泣いたり笑ったりしながら支えている。

ーー私は本当にここにいるべきだろうか・・。

 死と隣り合わせのなか、生きる道を皆で語らう。前をみよ。進むんだ。

「おじいさん?」

 不意に声をかけたのは、若い女の子だ。

「・・・あぁ。」

あおいはゆっくりと返事をした。

「ここにいたら、寒いよ?あっちにいかない?」

あおいに声をかけたのは、生きるための手助けだった。

「あぁ、ありがとう。」

あおいは、返事をして笑った。立ち上がろうとした。

「・・・まだ還っちゃだめ。」

女の子は笑った。





 ディランは大量の汗をかきながら目を覚ました。女の子の顔が頭を離れない。いや、あの顔を忘れたりしない。

「私を流した・・・幻獣・・・。」

 幻獣が裏切った記録はない。しかし、幻獣は裏切ることもある。彼らは人間に従うことに意味を持たない。ただ、楽しいから手伝ったりする。初代妖精王は彼らを束ねることを目的としなかった。ただ、友達だと思っていただけ。

「・・・。」

 ディランは初代妖精王の生まれ変わりだ。初代の記憶も有している。彼は一度死んだ。魂は流され、別の人間になった。行く先があちらの国だった。あちらの国で生きている間、あおいと呼ばれ、こちらの記憶が消えた。あおいが死んだとき、彼は流された。妖精達によって、この世界に戻れた。妨害されもう一度向こうに戻ることなく。

「・・・。次に会うときは、夢ではない、ということか。」

 ディランの呟きを、側で聞いていたのは、ラウムだけだ。ラウムは、夢を共有している。彼は、ディランを守ると決めている。

「・・・坊や。わしも守るからな。」

ラウムが呟くと、ディランは少し肩の力を抜いた。

「ラウムが守り手を選ぶなんてね。」

 小さく笑んだ。

 まだ若いはずのディランの手には,、すでに抱きかかえる以上のものを抱えている。過去の残骸が彼を呼び戻した。

ーー私が戻った。それに理由があるのか。

 ディランは拳を握る。

ーー世界は私を呼び戻す意味を教えてくれるのだろうか。

 ディランは目をつむった。世界は決して優しくはない。けれど、ディランが優しさを持つことを、誰も何も言わないはずだ。過去の残骸がディランにとっては辛いものだと誰が言う?ディランは、あおいの人生を過去に置き忘れたものだと思わない。あおいの人生もディランの人生もすべてにおいて、幸福なことであり、希望に満ちている。誰にもそれを否定させない。例え、呪いを吐くような幻獣であっても。

「・・・ラウム。私は確信した。この世界をよりよくするために、戻ってきた。私は、この帝国に平和と、希望をもたらすよ。妖精と幻獣を伴ってね。過去の私がしなかったことだ。」

 ディランは笑顔をラウムに向けた。確実に遂行するための、決意。

「坊やに出来ないことはない。わしが横に立ち、見届けるぞ。」

 神獣ラウムはチカチカと瞬く。過去の妖精王が決してしなかった、人々の幸福のために『国作り』を行う。人が望んだものを今世で行うこと。妖精も幻獣も望むものは少なくともいた。人間と暮らし、豊かになりたい、と。過去の過ちがあるなら、それを行わなかったこと。それをしなかった理由を最期まで誰も知らない。記録にもないこと。




 ディランと中庭の散策を終えたリーリアスは、エクシエルとエミレットを連れ、皇帝の城に戻っていった。リーリアスはディランに対して軽口を言いながら、横目でラウムを見ていた。神獣は人のように振る舞うことはなく、エイドに対して横柄だったし、エイドはラウムが神獣だと聞いても、気さくに話していた。エイドとラウムは相性がよかったのだろう。それに、ラウムも少しだけ砕けた話し方をする人物に興味を抱いたようだ。二人は主を守るという共通点がある。

 リーリアスは、ディランが妖精も人も変わらずに接するように望んでいることが、二人の壁を消したのだと理解した。人も妖精たちも、上に立つものの考えを受け入れる。そこは同じなのかもしれない。

「ディラン。また、会おうな!」

 別れの挨拶は手短にした。長引けば帰ることを惜しくなるのだから。会えないような環境に置かれなければ、いつでも会える。リーリアスは胸の内に秘める想いを飲み込んだ。




 雪は積もり、寒気が到来した。ローディは積もった雪をかき分けて父親の待つ城へ向かっていた。遠い過去、同じように父親の城に向かったことを思い出す。

ーーあのときは必死だった。ディランは赤子だったし・・・

 泣き止まない子供を必死にあやしながら父の元へ向かった。

ーー何故かあのとき、不思議なほどに雪が消えたんだ。

 そう。雪は溶けないのにみるみる消えた。あのときは必死で、気づきもしない。

ーー私は、やはり・・・。息子が教えてくれたんだ。あの子が・・・。

 ローディは足を止めた。雪は積もらずに消えていく。

ーー私が、精霊王なのか。二人の王の一人・・・。


 過去に記されている言葉には二人の王の話しが遺されている。片方は妖精王と呼ばれ、片方は精霊王と呼ばれた。二人は力を共鳴させ、魔物を追い払った。

 初代妖精王の息子が精霊王と呼ばれた。親子は魔物を追い払って二つの国作った。二つの国がやがて一つになった。王が妖精を追い出したのだ。

 語られるものの中には、妖精を嫌う王の話もあった。

ーー精霊王は、父親を憎んだ。私も、同じだ。力を持たない私を、憎んだ・・・。

 ローディは息子を愛せないのではない。精霊王の生まれ変わりであるが故に、妖精王を憎んだ。過去の残骸に縛られ今も、もがいている。

「私は、息子を。ディランを愛している。それは、もう理解した。頼むから、私を自由に生きさせてくれ・・・。妻を失ったことはディランのせいじゃない!」

 苛立った言葉がローディの中で、大きな爆発になった。彼の瞳に現れたのは金色色の輝き。

「私はもう、息子を愛している!」

 漆黒の髪が燃える朱色に変化した。ローディには今まで見えていなかったものが、見えた。魂ある景色だ。雪に宿った魂が、彼の怒りで溶けた。潜んでいた闇も明るく輝いた。ローディの周りにはたくさんの息吹があった。妖精よりもより澄んでいる魂たち。溶け込むものを見てあまりの美しさに息を飲んだ。ローディがずっと感じていた存在。彼らは待っていた。ローディが解放されるその瞬間を。


『大いなる魂よ。我が王が還ってきた。我らは貴方の帰りを待っていた。』

 吹き付ける雪は、ローディに不快な思いをさせなかった。まるで戯れるようにローディを歓迎した。吹き抜けた後の先には、大きな光が待っていた。こんなに明るい場所ではないのに、爛々と輝くものは、光を司る精霊、ルーセンだ。彼女は精霊の中でも特別だ。

『待ちわびて、待ちわびて。そなたが奴の意識下にある間、決して目覚めること出来なかった。我が友よ、主よ。そなたが精霊王に戻るとき、我らも従う。』

「私はもう、王になんてならない。私は・・・。私は息子の父であり、息子のために生きる。あの子がどんなに強くても、私が最後の拠り所でありたい。私はあの子を守るよ。」

 精霊王はルーセンをまっすぐ見て、答えた。清々しい今の心に、王という存在は消えた。彼は、精霊の友であり、ディランの父親であることを望んだ。

『そなたの心はそなたのものだ。我らはそなたの魂の行く末まで、ずっとついて行こう。』


 雪はもうほとんど止んでいた。ローディは父親が待つ城へ足取りを軽くして進んだ。もう、彼の心を縛るものはなかった。彼は見えているものと見えていないものがある。

 一つの流れる血が二つに別ち、また一つに戻ろうとしている。戻った先に、何があるのか。

 ローディは、息子を愛するという選択肢が間違いだと思わない。過去に血と血で争ったかもしれない。でも、今は。

 彼の愛する者がどんな理由で死んだとしても、今愛している者たちに、守りたいと思う気持ちを伝えることが彼の望むことだ。

 過去の残骸に振り回され、今を生きる者達。それでも生きることの意味を忘れない。


 前を向くことに、遅くもなく早くもなく。前を向け。進むんだ。




 城の地下にいるエミレットの刑が執行される前日。エミレットの娘と息子と相対した。二人は使用人として働く一方で、街に住んでいる実父に共に暮らすことを望まれていた。父親は、商人だ。サンベリグド商会に登録されている商人の一人で、三大商会の支配下に置かれている。

 元王女であるエミレットとの間の子供ということで、父親は連れ戻したいとローディとランディバーに伝えていた。しかし、公王の指揮下に置かれた子供が、三大商会へ移動することに問題があった。何故なら、公王と三大商会は上下関係で言うと、公王が上だからだ。

 『皇帝』と『公王』の下に『七長老』『三大商会』『収監公役商』がある。このバランスが崩れないように、皇帝と公王は七長老と三大商会と収監公役商を管理下に置いているのだ。特に最近の三大商会の動きはかなり怪しく、商会と皇帝の娘の間に子供が生まれた時点で問題が起きている状態だった。

 そこで公王だったケミランは、たまたま救いを求めてきた息子であるローディと取引をし、ローディと皇帝の娘を結婚させることにした。そうすることで、子供達はローディの子供という体裁を作り出せたのだ。エミレットと婚約破棄をさせた現公王のディランは、その子供たちを自身の手元に置くために行ったのは彼らをジェクシム家の使用人から、一度収監公役商への登録し、その後に公王が管理する使用人にすることだった。

 収監公役商とは、奴隷や親のいない子供たちを育てるための組織だ。

 大昔に人が生きるため、子供を見切り、死を与えていたという記録がある。その見切られた子供達を保護し、死ではなく、未来のために育て、生きる道を切り開いた聖人が始めた組織が収監公役商だ。

 今もまだ子供が育てられない者達が一定数いる。また、親が早くに失った子供。また、親が罪を犯して引き取られた子供。そういった子供が引き受けられ、組織では子供達の成長のために皇帝と公王に力を貸し、また借りるのだ。特に罪人の子供は奴隷として扱われることが多々あり、隣国からそういった子供達が組織に引き取られる。

 ディランはエミレットの子供たちをそんな収監公役商への登録を行った。サンベリグド商会がそれをみすみす見過ごす訳がない。が、ディランの手続きは鮮やかだった。そもそも、サンベリグド商会が手出しできないように行ったのだ。



 赤茶色の髪が跳ねている。長い髪を白い紐で結った、姉のアグリ。褐色が良い小麦肌で、姉とは違い紺色の短い髪をターバンで隠している弟のザラ。二人は似ていない容姿ではあるものの、母親が行ったと思われる体罰で、所々怪我をしている。

「こんにちは。」

ディランは二人を裏庭に呼んだ。二人ともかなりの無口だ。視線だけ問いかけてくる。

「・・・。」

 かなりそわそわしている。

「君たちに、両親の話を聞きたいんだ。」

「あたし、たちに?」

 姉のアグリがようやく応えた。

「あぁ。できれば父親のことを教えて欲しい。」

 ディランは二人が父親を商会の男だと知っていることを知っている。間違ってもローディを親だとは思わないはずだ。

「・・・、商会の男のこと、だろ?」

 ザラが呟く。

「あぁ。君たちにとって、彼は必要かな?」

 ディランが満足そうに頷く。

「・・・父親になりたいって、言っていた。」

アグリは痛むのか、怪我をしている右手をさすった。

「言っていたけど、俺は、父親って何か、わからない。」

 ザラも右頬を何度もさすっている。過去に怪我をした場所は治るのに時間がかかる。

「・・・君たちが望むなら、私のこの城にずっといてもいい。私が望めば、君たちをここで雇用し、生涯暮らせるようにする。君たちが望むなら、その父親を頼っても良い。怪我を治すのは簡単ではないけれど、君たちの父親と名乗るなら、君たちを大切にすると誓わせてもいい。」

 ディランは真面目に二人の瞳を見つめていった。真剣な眼差しは二人の心を揺らした。

「俺は、この城にいたい。俺にとって、ここは家だ。酷いことをしたあの・・・女は・・・」

 ザラはなんとか言う。伝えようとしてくれる。

「ザラ。君の恐れる者はもういない。あの女は私の父にも酷いことをした。君たちと一緒。辛かっただろう。」

「・・・あたしはザラと暮らしたい。怖い思いは、もう・・・。」

 ディランは二人に歩み寄った。二人が恐怖で顔を強張らせたが、それは一瞬のことだった。ディランは妖精達が二人から『痛む』ものをとっていったのを見た。二人の顔が安堵し、喜びに溢れていた。

「ディラン様!あたし、もう、痛くない!」

 二人が声を上げて喜ぶのを、ディランは微笑んで見ていた。

 その後、二人は正式に収監公役商に登録をし、手続きが終わった頃に、商人が慌てて城に訪れた。残念なことに、自分は父親だと訴えたが、正式な手続きを覆すほどの書類はなかった。つまり、自分の妻が皇帝の娘だと言う事実も残っていないし、その子供達が自分の子供だという記録もなかった。


 一方で、ディランは二人が揃って証言し、収監公役商の登録を自らがすすんで行ったことで認められた。ディランは二人を公役商から使用人雇用を正式に行い、晴れて二人は城で永久的に働くことが認められた。この一件は、皇帝を喜ばせたのもあるが、それよりも多くの子供達がきちんと申し出れば、親の無責任から逃れられる方法として確立させた大きな希望の光となった。

 ディランは、多くの子供に希望を与えた。親が子供を自由にするということがどれほど愚かなことなのか。親たちも子供を大切にすることを忘れさせないように言葉ではなく、行動で示したのだ。

 己が王であり、民の声を聴く存在であることを誰もが納得する形で示した。これがディランが公王となってはじめて掲げた信念であり、広くどこまでも周知されていった。





 リーリアスは、ディランの行動が徐々に帝国内に広まっていることを喜んでいた。近い将来、ディランを百会議に招集する予定だ。


 リーリアスの子供とされる者達はエミレットを含め、男が二人、女が六人いた。すでに刑が執行され、エミレットともう一人、娘のバーバラは処刑された。エミレットとバーバラはリーリアスの第二皇妃であるシュランダの娘だ。第二皇妃は今現在投獄されている。リーリアスが命じ、シュランダの両親であり、皇帝を裏で操ろうとしたセミロンダ侯爵家も爵位返還をさせ、領地運営も現在は皇帝が行っている。

 今は没落したセミロンダ家の跡取りとして残された、長男のアムラがリーリアスに引き取られて仕事を手伝っている。アムラは実直で親にまったく似ておらず、いずれ彼に爵位を与え土地の運営を任せられると考えていた。

「失礼いたします、陛下。」

 リーリアスの執務室の戸がノックされ、開かれる。軽く会釈し、彼の机に積まれた書類を増やす。

「終わりそうもないなー。」

 リーリアスがつまらなそうに呟いた。

「陛下。真面目に仕事をするべきですよ。今回勝手に公王陛下の元に出向いた罰です。」

セミロンダ家の中で、唯一まともだったアムラは悪びれもなく自分の主を諫める。

「えー?だがなー・・・」

 リーリアスは、自分の子供が死んだ事実を多少は悲しんだが、皇帝として、この国を守ることが責務で、だからこそ、子供に慈悲をかけなかった。その姿勢は評価されたし、支持も得た。けれど、やはりどこか悲しむ自分がいるのだ。子供を愛していないなどとは言われたくない。

「・・・陛下が最後に挨拶したかったことは、分かりますよ。姪がどれほど愚かしいことをしたのか。家族だったので。」

 リーリアスとは一時は親戚となっていたこともあり、アムラには主の悲しみを理解できた。特に姪であるエミレットの死を受け入れるのは筆舌しがたいものだった。

 エミレットは産まれてすぐに、彼女の美しさを誰もが褒め称えた。幼少期はそれこそ天使と呼ばれ、エミレットを甘やかした。しかし、年齢が重なっていくと、周りの制止も聞かずに男と戯れるようになった。度が過ぎる遊びに、男達がエミレットを娼婦と呼ぶようになった。彼女は自分の美貌を過信し、周りへの配慮は消えた。伯父であるアムラと最期に面会したのは、エミレットがローディに引き取られる前日だった。エミロットはアムラを誘惑しようとした。親族であっても、エミロットにとって、『男』という性別であれば、関係なかった。

 アムラはエミロットを諫めたし、刑の執行は終わっていないことを伝えた。それでも娼婦となってしまったエミロットは命よりも自分の遊びを重要視した。

 エミロットは頭の弱い部分があり、人よりも物事を軽視する場面があった。そして、自らの死すら考えを巡らせられなかった。彼女は、最期まで子供であった。

 そんな彼女を、アムラは悲しんだ。自分の行ったことに少しも反省などしなかった。彼女は変わらなかった。

「・・・。でもな。ディランは私の孫を引き取ってくれるそうだ。」

 リーリアスは嬉しそうに、愉快そうに笑っている。ほっとして安堵した顔をしていた。

「はい。公王様の器に、陛下はご満足しているのですね。」

 アムラも不意を突いた言葉に笑んだ。

「あれの器は大きい。私が望んだことをまるで魔法のように・・・。あいつはきっと素晴らしい公王でいてくれる。私の後継もそろそろ考えないといけないか。」

 公王と並び立つ皇帝。果たして、その器でいられる子供がいるだろうか。



 リーリアスの息子二人は、後継者としての器がない。それは、皇帝と皇妃の間に産まれた子供だとは厳密に言えないからだった。皇帝には四人の皇妃がいる。第一皇妃オーラン、第二皇妃シュランダ、第三皇妃リシュア、第四皇妃キリンダ。

 皇子とされる二人の男子は、第三王妃リシュアの子供だ。そして、二人はリーリアスの弟ラッカスの息子だ。皇弟の身分でありながら、ラッカスはリシュアとの間に子を儲けた。この場合、リシュアへの刑罰がより重くなり、ラッカスの身分も剥奪になる。

 リーリアスはすでに処置を施し、ラッカスは絞首刑、リシュアもラッカスと同じ罰になった。

 息子二人はリーリアス預かりとなった。皇子とするべきかを判断している最中に、ラディアの収監公役商を利用した使用人預かりという方式に、リーリアスは乗っかった。

 おかげで二人は周りからの視線をあまり受けていない。彼らに嫌な視線を向けることはなく、親たちの行いへ厳しい目を向けられていた。彼らの人生を進めるように手助けすること。それが今いる人間の行う行動だ。

 オーラン皇妃の娘はラニア王女がおり、ラニア王女はパシアン公爵家の長男、アニガンと結婚した。その子供がエクシエル王女だ。ラニア王女が若くして公爵家の息子と結婚したのは、時期皇帝を辞退するためだった。ラニア王女は母親であるオーラン皇妃によく似ており、才色兼備である。時期皇帝の話しがいつ出てもおかしくはない。そこで早い段階で結婚し、子供を出産した。エクシエル王女は皇帝の氏を名乗っているが、ラニア王女はすでに、皇室の席は残したまま、氏はパシアンを名乗っている。

 キリンダ皇妃の娘はリーリアス皇帝への謁見を今も行っていない。異例のことだが、リーリアスがキリンダ皇妃と逢瀬を行う回数が少ないために、実際は出産していないと判断されている。

 リーリアスは、キリンダ皇妃を大切にしている。そして、少なくとも嘘をつくような皇妃ではないことも知っている。

 キリンダは、町娘だった。リーリアスが隠れて町に出たときに出会った女性だ。少々強引に皇帝の権力を使って皇妃として城に招き入れた。キリンダ皇妃は生まれが町娘なので皇族や貴族のマナーが分からない。だから、城の中を歩き回ることができないのだ。

 リーリアスはそんなキリンダに、教師をつけたが、その教師がキリンダに何を行ったか、それを知らずにいた。



 公王領から帰ってきて、リーリアスはキリンダの元に向かった。キリンダと顔を合わすことは半年ほど前だろうか。キリンダはすっかりやつれていた。

「キリンダ!どうしてこんなに・・・。」

リーリアスはやつれて目もうつろなキリンダに歩み寄った。そっと身体に触れると、怪我をしている。リーリアスはキリンダを抱き上げ、部屋の奥のベッドまで運んだ。部屋は至る所にほこりが積もり、かび臭い。

 ようやく、リーリアスはキリンダの世話役が一人もおらず、教師がいなくなっていることに気がついた。教師はお金だけ貰って逃亡したのだ。そして、キリンダの周りの世話をしていた者も同じことをした。食事もろくに食べていないキリンダは残された。

「・・・すまない、キリンダ。」

 皇帝は、蔑ろにされた皇妃への謝罪と共に、使用人をすぐさま呼びつけた。皇帝が怒っていることを肌に感じながら、使用人達はすぐさまに、キリンダ皇妃の住まいを清掃し、キリンダ皇妃に温かい食事を用意した。弱っているキリンダを、皇帝自らが食事を与えた。

 一週間後には、逃げていた元使用人と、元教師が絞首刑に処された。また、キリンダ皇妃が出産した娘は、元使用人が攫っていたことが判明し、皇帝の娘として城に帰還した。キリンダ皇妃は娘だけでなく、息子も出産していた。双子の兄妹は区別できないほどに似ていた。これにより、皇帝の実子は、三人おり、その中でもキリンダ皇妃の子供達が、時期皇帝として皇帝自らが教育することとなった。

 キリンダ皇妃は正式な手続きを終え、キリンダ正皇妃となった。皇妃たちを束ねるために用意された位だが、リーリアスは、時期皇帝となる子供を出産したキリンダを称えるためにこの位を与えた。もちろん、キリンダを蔑むことが二度とないように、という意味合いもある。

 キリンダは、リーリアスが心から愛してくれていることを感じながら、正皇妃として、彼女の持っていた才能を開かせた。彼女は政治を容易く理解した。そして、愛するリーリアスのために勉強に励んだ。




 皇帝の双子の子供の話はすぐさまに公王領に届いた。ディランにとって自分の横に立つであろう人の話を興味深く妖精達の話しから聞いた。

 ディランは皇帝の曾孫達を自分の手元に置くことが様々な懸案事項としてあった。とくに、リーリアスの跡取りについては考えなければならない。孫達をはリーリアスの血を引く。一方で三大商会とも繋がっている。立ち位置はとても複雑。

 ディランが気にする事案は、三大商会にもある。彼らの最近の動きは怪しい上に、帝国を掌握することを考えている。隣国との取引も増えている。強大な帝国と、接する四つの国。どの国にも商会が太いパイプを繋げている。取引していることが、帝国の事情も含まれているのだ。

 特に、皇帝の子供。次期皇帝の子供が攫われたという事実は隣国に渡る前に未然に防がれたものの、どのように使うつもりだったのか。また、ディランも狙われている。ディランは幼いが、妖精を掌握している。その事実があっても、今もディランを隣国に連れ去ろうという話しがある、らしい。

 三大商会の企みは、ほかにも用意されている。近々、隣国バダデアで催される王室主催の晩餐会に、バダデア国の第二王子が、ディランを招待したのだ。

 バダデア国は緑豊かで、温泉が湧き出る、暖かい気候の土地。バダデアの第二王子は、三大商会の一つ、ナドア商会傘下、スアラン・ラステ家の一人娘であるアーナが嫁ぎ産んだ王子だ。つまり、三大商会の息がかかった催し物にディランを招待した。

 ディランは招待を見送る手紙を送った。わざわざ、待ち伏せている罠にかかったりはしない。ただ、バダデア国にある、七つの宝物をとりに行くべきだとは考えていた。



 七つの宝物。


初代妖精王が隠した財宝。見た目は普通だが、妖精王は、その神秘さに惹かれ、各地にある財宝を持ち帰った。今もその財宝は導と共に眠っている。

 妖精たちが欲している財宝は、人間が手にしてもなんの価値もない。妖精王にはその価値を理解できるので、人に有意義な使い道を提供できる。つまり、橋渡し役を妖精王が担えるのだ。

 初代妖精王がしなかったことを、ディランは行えるし行いたい。今回の催し物を見送った時点で、ディランがバダデア国に入国できなくなった。

「・・・父様にお願いしてみようか。」

 ディランは、少し前に別れた父、ローディに頼む用意をランディバーにさせた。今も絶賛メイド服だ。ランディバーは罰を受け入れていた。そして、同時に、ディランの領地運営に見惚れ、付き従うようになった。服装にこだわることなどない。その様子を、マイケルはなんとも言えない気持ちで見ていた。

 主に仕えるのに、服にこだわりなどない。ましてや、兄がそこまでディランを尊敬していることは嬉しいことだ。その反面、ディランの良さを周囲が褒め称えることに少しばかり苛ついた。あれほどまでに軽視し、馬鹿にしていたのに。素晴らしい主だからこそ、周りの目が変わることを苛立ちと嬉しさで板挟みになっていた。



 そんなある日。ディランはマイケルを呼んだ。ラウムは常に側で控えている。


「ディラン様。いかがされましたか?」

 マイケルの静かなノックにディランは入るように言う。入るとすぐにラウムを視線に捕らえ、そのままディランに軽く頭を下げる。

「君にやって欲しいことがある。ここ最近の私が行っている内容は頭に入っているだろう?」

「そ、それはもちろん。しかし、今回のことに私が加わってもよろしいのですか?」

「君は私の執事だろう?拗ねているとは聞いていたけど。兄のランディバーへの依頼も苛々しつつも手伝ったり。」

 ディランは特別幸せそうに微笑んでマイケルを見つめた。

「い、いえ!そそそそんな私情をいれてあの馬鹿の手伝いをしたわけでは・・・。」

 マイケルは慌てて首を振る。

「マイケル。」

 ディランは、まっすぐマイケルを見た。名を呼んだのは、昔から仕える執事をどれほど大切にしているか伝えるため。マイケルは、その視線を受け、心の中にある蟠りが消えていくのを感じた。心底惚れた主に、誓った言葉。

「ディラン様。」

 マイケルは左手を胸の前に添え、恭しくお辞儀した。

「大変失礼いたしました。我が主の行動があまりにも眩しいが為に、嫉妬を起こしておりました。」

「そうだね。でも。これからも私の側にいてくれるだろう?」

「もちろんです。」

 マイケルは顔を上げ、眩しく輝いている主に精一杯の笑みを浮かべた。ディランはマイケルの笑みがいずれくる別れの時を暗示していることに気がついた。

 ディランにはマイケルとランディバーの兄弟が隣国バダデアの出身であることを知っていた。

 ディランは二人の絆を知っている。二人の本来あるべき姿を。


 ディランは七つの宝物を手に入れるのに、二人の手助けを必要とした。

 隣国では裏切り者が待っている。

 二人の忠実な部下が傷ついた場所、バダデア国。その場所には七人の賢者が待っている。


 妖精王は新しい友を見つけに、その地に旅立つ。




 Fairies and hope, the next story is about the traitor and the seven treasures

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