竜王のみやげと滅びた国 そのに
キリンダと呼ばれた女性の生まれた下町は貧困者がとても多く、キリンダが皇妃となったあと、大勢が多大な期待を抱いた。そして、絶望した。
キリンダ皇妃が、あのキリンダとは全く異なる人物だったから。知っている人の多くは、彼女が皇帝の寵愛を受け、皇妃になったことを心から喜んだ。
結婚式の当日。どうみても別人だった。知らない顔をした『キリンダ』という女性。同姓同名が皇帝に嫁いだのかと勘違いした者の方が多かった。そして、知り合いはキリンダが帰ってこないことに首を傾げた。
キリンダを殺害した異形の者たち。そして、成り代わった『キリンダ』。キリンダと呼ばれる女性は、皇帝の目に呪いをかけ、自分がキリンダのように見せかけた。生まれた子供を殺害し、自分と皇帝とのあいだに双子の子供を用意した。
キリンダもどきは自分に自信があった。なにしろこの地に転移する以前も、同じように高位の男性を手懐け、自分の権力を際限なく使い、国を終わらせてきたのだから。
キリンダもどきの大きな誤解は、皇帝という地位と名を勘違いしたことだ。兵士のほとんどに呪いをかけて強制的に協力させなければならないほど、皇帝の名と力はほとんど意味をなせなかったのだ。
公王がいて、はじめて皇帝という地位があった。国は公王という、ただ一人の王のもと、皇帝という支えと、民という信頼できる人の目があった。
公王が不在の際、皇帝がある程度代わりを務めた。その一方で、皇帝には皇帝の役割があり、それを行うことで、民は皇帝を信頼したのだ。
皇帝は王としてではなく、人として、民を守るために、人を育て、己の剣の刃こぼれがないよう、騎士を育成した。そして、民のために路を造り、家を建て、作物を育てる為に、大きな農場を造った。そして人が学ぶ場を与え、皇帝自ら、勉強に勤しんだ。
皇帝がしていたことは、公王がしていることだった。皇帝は、それを後世に残すため、続けることを意義とした。真似て全てが賄えないとき、皇帝は自らの資金を出した。それが、皇帝の役割だった。蓄えを放出し、民のため、なにより皇帝という身分を後世に残すためだ。
キリンダもどきは愚かにも、皇帝の役割を知らないまま、皇帝の寵愛を受けるふりをした。皇帝すらすでに耄碌し、キリンダもどきを愛しているという考えは消えている。それにキリンダもどきの与えた呪いと薬はリーリアスを一気に老けさせ、虫の息になっている。
キリンダもどきは高らかに笑っていたが、徐々に皇帝の威厳がなくなりはじめると、周りの人々は離れていった。
特に皇帝の側近だったアムラ・セミロンダ侯爵がキリンダもどきとの距離を置いた途端、余計に人は離れた。キリンダもどきにとっての誤算だった。皇帝が亡くなった時、彼を手駒にしようと考えていた。
風よりも早く、一気に人々はキリンダもどきとの距離を置き、リーリアスが亡くなったかのような情報を流布したキリンダもどきを信頼に値しない女性と判断した。
兵士たちにかけた呪いが解けないように強固にしたが、それがかえって大きな問題を生んだ。路の閉鎖を命じたキリンダもどきに対して、七長老が反対し、公王の印がなされていない命令は不信感を与えた。その上、キリンダもどきの呪いによって、兵士の数人が暴動を起こした。キリンダもどきにはすでに制御できないほどの怒りを兵士に纏わせたのだ。
公王への忠誠がキリンダもどきの国の転覆を阻止したのだ。
路の解放は数日後に行われた。
キリンダもどきは敗走しなかったが、城から出ることが出来なかった。皇帝への接近も禁じられ、七長老たちが、リーリアス皇帝の病や呪いを解くために、常駐していた。
キリンダもどきは悲壮感としとやかな容姿で誑かす手段が七長老に通じず、またアムラ・セミロンダ侯爵には一切通じないことに、首を傾げた。
何かが、キリンダもどきを邪魔している。
その答えを今は知るよしもなかったが、彼女は追い詰められていた。
彼女は皇妃という身分が剥奪されることを恐れていたし、自分を守る男性が周りにいないという事実が、より己を惨めにさせた。城から脱出したところで、今はいく当てなどなかった。異形の者たちからの指示は未だに成就されておらず、二度とこの城から出ることが出来ないかもしれない。
彼女にとって、今が最も長い夜になる。
周りは敵だ。
己を偽りの耳打ちで寵愛した皇帝は、もし他の人の手によって呪いを解いたとして、彼はキリンダもどきを愛するのだろうか。すでにキリンダと呼ばれた女性は葬っており、彼女を殺した咎を与えられるかもしれない。
キリンダもどきは恐怖という、今まで味わったことのない感情の中、毎日、己のために、祈った。
ーーわたくしは、生きたい。生きて、わたくしを愛してくれる男と共に幸せになりたい・・。何故わたくしがこのように辱められ、生きることになるの?あぁ、お願い。この世界の神よ・・。わたくしほど美しく、誰からも愛される女はいないの。どうか、わたくしを助けて・・。
キリンダもどきの想いは通じるかどうかはさておき、ディランは皇帝の城へと向かう。マイケルという時期皇帝を乗せた馬車は、皇帝が乗るに相応しい馬車へと変貌していた。
ジュトラッテ家の家紋が描かれた旗を靡かせ、悠々と路を走った。上等な馬には金入りの細かい細工がされた鞍がつけられ、馬車の中は窓を通してマイケルと、公王であるディランが何かを談笑しながら、人々が路から手を振ると、手を振りかえした。
王たちの帰路は城下町の人々も含め、噂話が風のように駆け抜けた。皇妃キリンダもどきの行った噂を全てかき消した。
『時期皇帝、マイケル・ジュトラッテと公王ディラン・ジェクシムが帰還した。竜王の竜騎士を連れて帰ってきた。』
噂とは、口伝で伝わるが、ディランの場合、風の妖精たちが、拾った噂を遠くまで運び、遠くに伝わらなかったはずのものを、逆流させて口伝で伝える。人は気づかずに耳に入った事を、それは面白おかしく伝える。妖精の悪戯と呼ばれるものは、実際に妖精の遊びの一種だったりする。ディランはそれを妖精たちにお願いして、人に伝えるのだ。
のんびり歩くみどり。彼女は同じ伝説たちと出会うことで、彼女が持っている心の中の弱さを、少しずつ曝け出していく事になった。
悩んだことを話したり、楽しかった事を話したり。寂しいと感じることや、嬉しいと思ってしまうこと。何故、自分がこの地で歩み、人のために生きるのか。
自分は、幸せを受けとることを、赦されているのか。
様々な話しを、言葉と、身体で伝えた。
みどりの心は、震え、自分と向き合う子供のように、たどたどしく、相手に伝えた。
命の虎は、伝説たちの中でも幼く、未熟。だからこそ、未知数の力を秘めた。
双子という、今までにない新しい概念を、この世界に示した。家族という、愛の形を作った。
ディランとみどりには、お互いに別々の人と交流し、生きる道がある。一つの魂が二つになったあと、その力は、果たして半減しただろうか。
誰も、そうは思わないだろう。彼らには二倍、いや、もっと多くの人と心を通わせ、命を紡ぐ事が出来る。その可能性は、無限大。
歩く速さは違う。生きる長さも違う。けれど、願うことは同じ。
伝説は闊歩し、その先まで続き。終りを探すことはない。終りなど、ただの過程だ。
前を見よ。前を見て歩け。
嵐の神が、全ての伝説たちに語りかけ、彼らに大いなる力を分け与えた。
虹色の羽を持つ鯨は、己の力で大海原を作った。いずれ他の伝説が島を作った後、大海原で繋げるために。
二つの頭を持つ猪は、地面を掘って、掘って、人の形を作った。いずれ他の伝説がその人型に魂を込めると信じて。
青い鎧を着た猿は、武器をせっせと作って、いずれ他の伝説が、人を作った後に武器をもたせるために。
緑の輪っかを頭で光らせる鶏は、その堅い嘴で人の住む家をつくり、人を招くために美しい鳴き声を奏でた。
その背の堅い鱗が青白く光る蛇は、大地をならし、鶏を真似て家を作った。真似てできた家は、美しい城へと変わった。大地に王が鎮座することを予見し、大地に一つは、鱗の蛇が作った城と王がいることを他の伝説が真似た。
白い二つの角を持つ亀はその大きな甲羅を使い、人の為に大地を耕し、そのやり方を学ばせた。そして鎧の猿に分けて貰った武器を道具に作り替え、人々に大地を耕し、食べ物を得る方法を与えた。
それから残りの十の伝説は、六の伝説から学びを得て、各々が大地を造りそこに人を住まわせた。
命の虎は若く、嵐の神のゆりかごの中で、眠っていた。最後の伝説がゆりかごを飛び出すまでは、この世界に何が起きたのかを知らないでいた。
夢うつつの中、命の虎は守られていた。
嵐の神を愛してやまない愛の神がいた。彼は追いかけてきた、という。神たちはお互いの作る世界に入り込まないのがルールだという。
愛の神にはそのルールを破ってでも、嵐の神を手に入れたいと考えていた。
彼は、嵐の神を手に入れるために、異形の者を送り込んだ。愛の神が作り出した世界から送り込んだ。
神話の世界の話しを、嵐の神は話さないが、愛の神は伝説たちをことごとく屠ろうとした。自身の世界で嵐の神と暮らすことを願った。
嵐の神は自分の作り出した世界を手放すことを決意した。
嵐の神は、最後の伝説を大地へと旅立たせ、消えた。愛の神は必死に探し、異形の者たちを使い、伝説たちが作り上げた大地を荒らし、消し去ろうとした。
やがて、嵐の神が愛の神の大地に流されたと、気づいた愛の神は消え去っていった。
代わりに残された異形の者は、徐々に嵐の神の大地を穢し、消し去ろうとした。
いつしか現れたのは、愛の神が住む世界とは違う、異世界から来訪者。それに伴う命の虎の、新しい姿。消滅したかのような伝説たちは、命の虎の力で、新たな知恵を知った。
愛の神が消滅することはなかったが、嵐の神は愛の神を永遠に自分の世界から追い出すことに成功した。嵐の神は、愛の神をディラン・ジェクシムという、聖なる槍を持った己の愛する息子の矛によって倒させたのだ。
知らなかったはずだろう。ローディの呪いを消させたことで、彼に取り憑いていた愛の神を消し去ったのだった。
少なくともディランは、父親を愛し、敬愛を込めて、ずっと大切にしていた。それは、どんな魔法よりも効く、呪いの解除と愛の神の抹消を行わせたのだ。
そして、奴が消えた瞬間、多くの異形の者は形を無くした。呪われた姿になり、それが伝説の復活と目覚めになった。
みどりは、その伝説たちを起こし、新たな力で目覚めの歩みを進んだ。そこに嵐の神が参加し、やがて、大地は海とつながり、十一の大きな大陸は繋がった。
虹色の羽を持つ鯨は、みどりと嵐の神を歓迎した。
大地の復活は、竜王の復活でもあった。
腐った大地を蘇らせ、伝説たちが闊歩し。海を渡る人々が船に乗り、魚をとり、大地の詩を歌った。
「そなたが、命の虎の片割れ。美しい・・。じつに、美しい。」
黒い竜はまじまじとみどりを見つめ、ため息をついた。
「私には、貴方の方がとても美しいと思うわ。・・素敵ですもの。」
みどりは顔を赤らめた。竜王は、人の姿になっていた。そして、みどりも人の姿だった。
竜王は人の姿になると、その黒い長い髪と白い雪のような肌にはいくつもの文様が描かれていた。背の高い竜王はみどりの背の低さを極端に現していた。
ただ、みどりは、彼の横に立つ竜騎士に見蕩れた。竜王はそれはそれは麗しいのだが、その竜騎士は竜王のために鍛えた胸板と、腕の筋肉、足の筋肉は厳しい修練によって作られていた。そして、その顔は凜々しく、どこかで見た顔を思い出させた。
「・・・貴方は、ローリエ様のご家族では?」
竜騎士は、一瞬だけ表情に驚きを見せたが、すぐに元の顔に戻る。
「妹は無事ではないのでしょう。」
「いいえ。私の弟が、彼女と共におります。私の愛する家族が、ローリエ様を大切に守っています。すでに竜騎士の能力は欠けたかもしれません。あの方は私の弟を見つけ、竜王の復活の助力が出来たのです。」
竜騎士はその言葉に言葉もなく黙った。竜王の側で、泣くことは出来ない。大切な家族は今もなお、竜王の心の側にあり続けた。
「・・ハルマーよ。我と共に、迎えに行こうか。」
竜王は優しく語らった。
「お前の誇りは我の隣にいて共に国を守ること。それは、すなわち、お前の妹も守り、これからも共にいることである。我が望む。お前の心は家族の顔を忘れていないことも、迎えに行くことも。」
竜王は、おおきな黒い竜になった。その背には歴戦の傷がある。
そして、竜王が作り出した、いくつもの竜族。翼を広げ、命の虎の土地へ飛び立とうとしている。その中に、命の虎も混じった。多くの竜が海の上を滑空し、目的の場所へと向かった。
次の話:竜王のみやげと滅びた国 その三




