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過去の残骸 ー還ってきた王の祝宴ー  作者: あおぞら えす


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竜王のみやげと滅びた国  その三


 城は開放され、次期皇帝のマイケル・ジュトラッテと公王ディラン・ジェクシムは、現皇帝のリーリアス・ジュトラッテの眠る部屋へと足を踏み入れた。

 強い薬の匂いと、呪いが部屋の中を覆った。

 ディランはそれを簡単な魔法で打ち消した。公王ディランの魔法は美しい力であり、人を憎ませて、狂わせるような人間が使う魔法には絶対に負けない。

 ディランが見る世界は美しく、邪な考えをするような者に、彼の持つ絶対的な力に勝てるはずもなかった。

「ん、んんんうんんん・・・。」

 リーリアスが目を覚ます声に、すぐに数人のコックが作った美味しく労りのある料理が用意された。

「リーリアスさん。お目覚めはいかがですか?」

「・・・腹が減ったよ。ディラン。」

「料理は準備してあります。どうぞ、食事をしてください。私は、彼女を見てきます。貴方が赦さなくても、私は、彼女に罰を与えます。」

 リーリアスは、もう何もかも、理解していた。リーリアスは、己の過ちに気がつき、ディランがあの女性をどういうことにしたとしても、文句は言えないと理解した。

「ディランよ・・・。ありがとう。」

 リーリアスの、最後の言葉だった。

 彼はもう、理解した。自身はもうこの国の皇帝ではなくなる。マイケルが皇帝だ。どのような理由があったにしても、マイケルはすでに自分が皇帝としてその椅子に座ることを是としている。

 ディランの説得は成功した。そしてリーリアスは退く。彼の父親がそうであったように。リーリアスの年齢は、父親が譲った時よりも高く、老いた自分を周りが支えてくれていた。

 その中でも、彼の後継者として、娘も息子もおらず、血脈に欠いていた。この代で終わらせることが出来ないと、自分に言い聞かせ、甥の存在はいつしか、自分の血を引いていないという理由で、後継者に相応しくないと言い聞かせた。

 誤った判断が、最終的に、何もかもを終わらせた。


「マイケル・・。継ぐことに」

「貴方の言い分は、もういいのです。私にはディランがいる。あの方は、永遠に私の忠誠心を捧げるに値している。だから、貴方のことは、もういい。私が誰を慕っても、あの方は、笑顔で言うんです。行けば良い。前に進めって。それで、私は、はい、という。あの方を・・愛している。これはどんな魔法よりも素晴らしいことなんです。私の忠誠が、あの方にとって良いことだと、分かっているのだから。」

 マイケルは陶酔しているわけでもなく、ただ、幸せであり、これから、どのような困難も、問題なかった。

「それに、リーリアス。貴方がしたことは、公王への反逆に近い。自らの地位を守るために、彼女の言葉を呑んだ。私は、貴方の罰を進言する予定です。知っていたのでしょう?あの女が、貴方の妻でもなければ、その子供たちも、違うと。」

 マイケルは強く非難をした目で、リーリアスを見つめた。

 間違いや誤りがあったとしたら、一度立ち止まり、考えるべきだった。思考するのを辞め、己が足踏みしだしたら、それはもう、終りなのだ。特に、王という立場がその場で立ち止まっただけで、国は衰退していく。

 リーリアスが呪いと薬を使わされたのではなく、己で、その身を捧げたのだ。自分の子供に後継者がいないと悟ったから。もう妻にできる女性も、周りからいなくなって。

 決して功績はなかった訳ではない。公王ディランとも仲良くしていた。しかし、彼の中にはどこかで不安と恐れが常にあった。自分には跡継ぎがいない。それが、彼の闇であり、弱点だった。

「貴方は、自分のしたことを理解している。その点は評価します。けれど。貴方の愛したこの国に喧嘩を売ることが答えでしょうか?貴方の孫に、男の子がいた。覚えているはずです。」

「・・・!」

 リーリアスは言葉なく、涙を流した。忘れたのではなく、あの子供たちがジュトラッテの名を名乗れなくしたのは、自分だったことを思い出した。娘は罰せられ、処刑された。その子供たちを二度と自分の城に戻れないように除名したのは、自分。

 跡継ぎはいずれまた自分が妻を召し抱えればいいと、暢気に考えていた。それが、仇となり、孫に家の名を与えられなくなった。

 マイケルは、リーリアスを惨めとは考えていない。彼には、まだやって貰うことがあった。皇帝の最後の仕事は、偽りの皇妃に罰を与えること。

「貴方の仕事は、偽りの皇妃に貴方が断罪すること。我が名家に、彼女を招こうとした。それが罪だ。貴方の行動が、この国の王を軽んじた。私の愛する王を、蔑ろにした。何度でもいいます。私の愛する王は貴方を赦すかもしれない。けれど。皇帝マイケル・ジュトラッテは、貴方を断罪する。」

 リーリアスは、背筋を伸ばした。麗しい、皇帝が、まっすぐにリーリアスを見た。リーリアスは、その瞳が皇帝として相応しい眼差しで、自分を見つめ、自分を赦さないとはっきりと伝えたその言葉に、ずっとしてこなかった、皇帝への敬意の礼を行った。

「貴方様の命令を、わたくしは全て受け入れたい。」



 ディランは、皇妃と名乗る女性の元に辿り着いた。

 美しいドレスを着て、ディランを待ち構えていた女性。化粧をわざと落とし、泣きながら待ち構えていた。その顔に美しさなどなく、見るからに異界から転移した女性だとわかった。

 彼女の転移跡がその左頬に残っている。化粧を落としていたことでよく見えた。

「・・・ぅぅぅう。貴方様は?」

「ディラン・ジェクシム。貴方とは一度挨拶したでしょう?」

「・・、ご、ごめんなさい。わ、分かりませんわ。わたくし、愛する夫と離されて・・。」

 キリンダもどきは、自分の味方になるように、色気を使おうと、公王の腕を握ろうとした。

 瞬間。

 いつからいたのか。

 エイドがその剣の切っ先をキリンダもどきの喉元に当てた。キリンダもどきは恐怖で顔が強張り、動けずにいた。

「エイド。」

 ディランは、小さく笑いを漏らしながら、エイドを労った。エイドはその切っ先を決して動かさなかった。

「私の護衛は、本当に素晴らしい。そして、格好いいよね。さて。キリンダ。いや、ザブリエル・ヲンダ。異世界から転移した愚かな女。君のことは、妖精や精霊が教えてくれた。いくつもの異世界を転移し、国を滅ぼした、と。」

 キリンダもどき、もといザブリエルは驚愕の表情でディランを凝視した。

「ふふふ。そんなに見つめなくとも、君はこれから死の報いを受ける。私は、貴方を赦しはしない。それと、君が連絡を待っている異形の者たちは、全て散ったよ。私の愛する姉上が彼らをこの世界から消した。私と姉は双子だ。双子だから、この世界を救えた。ねぇ、教えてあげよう。貴方がここへ来た理由。そうだね、こう呼べば思い出すかな?おばあちゃん。」

 ディランは、笑顔で呼んだ。

 自分の母が愛してくれなかった理由。自分の父が愛してくれなかった理由。この愚かな異世界を放浪する女が、自分の祖母だった事実を教えた。


 ザブリエルは、異世界を転移しながら、その地の男たちを自らの肉体で籠絡させた。その上で、子を儲け、その子供を盾に、多くの悪事を働いた。

 ザブリエル・ヲンダは、始まりの魔女と呼ばれ、自分の出身国の王子と恋仲になり、その王子とのあいだに子供を産み、時期王子妃となった。しかし、魔女という烙印は、想像以上に人間たちが恐れてしまい、王子とザブリエルは処刑、子供に至ってはむごい死に方をした。

 魔女であったザブリエルは、死ぬ間際に転移を行い、激しい怒りと憎しみを人間に抱いた。

 それ以来、彼女は転移を繰り返しながら、人間の弱い部分をつついて、国を滅ぼした。


 ザブリエルが転移した、あおいの産まれた土地では、魔法というものが存在せず、もちろん、ザブリエルも使うことに制限があった。

 そんなときに、祖父に出会った。祖父はお金を持っていたし、ザブリエルの美しい姿に、すぐに手元に置くことを選んだ。当時祖父には、婚約者がいたらしいが、ザブリエルの呪いで、婚約者は急に亡くなったという。

 祖父の妻として、最初の頃はザブリエルも収まっていた。彼女は、祖父の優しさにうっかり愛してしまいそうになっていた。

 子供が産まれ、男児だと分かった途端、祖父はザブリエルを蔑ろにするようになった。それは家のしきたりで、男児を時期社長に育てる為に、幼い頃から厳しい教育をするためだった。

 ザブリエルを愛してくれていた夫は、息子ばかり見た。それは、ザブリエルも嬉しいはずだったが、夫のあの優しい姿をもう一度見たいといつしか、ザブリエル自身が、愛を求めていた。

 魔女が愛を知ったとき、魔法が使えなくなる。

 ザブリエルは、自分の持っていた力が消滅していくのを感じた。だから、いっそのこと、息子を愛してしまおうと考えた。だから、息子に手を出した。

 息子のただしは母親であるザブリエルだけが、優しく、愛してくれることで、頼るようになり、いつしか、母親を恋人のように抱きしめた。

 歪な形の家族の恋愛。

 ザブリエルが魔法を使ったこともあるが、原因はその家の形、だったのだろう。やってはいけない行為や、それを赦してしまった家族の形。

 すぐるが産まれた時、祖父をその手で殺したのはザブリエルだった。祖父がただしもすぐるも殺そうとしたから。

 自分の子供が二人とも無事であることに、ザブリエルは安堵し、このまま世界は彼女の想うままになると考えていた。


 嵐の神であり、みどりとあおいの母親が現れるまでは。


 ただしが、ザブリエルではなく、嵐の神を一時、愛してしまった。ザブリエルは、嵐の神がただの人ではない事に気がつかず、殺そうとした。妻というその立場を終わらせようとした。子供たちすら消えてしまえと願った。

 けれど。

 全てが狂っていった。

 ただしは、ザブリエルを愛してはいたが、いつしか、強い呪いが、彼を狂わしていった。

 同時に、すぐるは、ザブリエルへの憎しみを常に持っており、会話さえ拒否された。

 自分の息子がそんなことをして、いつものザブリエルなら怒りを爆発させたはずだ。しかし、それができなかった。

 その世界に魔法という概念はなく。彼女が出来ることは死体を少しだけうまく隠せただけ。

 彼女は見切りをつけて、異世界移転を行った。




 そして、行き着いた先で、転移前に見知った、子供。

「何故・・・」

「疑問は尽きない。私も貴方が大嫌いだったし。ただ・・。」

 ディランはとても楽しそうに語る。

「私は、貴方がいなければ、こうして、この場所に戻れなかった。そう。不思議な話。どこかで始まり、終りのない、無限の話し。」

 ディランはただ、小さく思い出を思いだし、過去を過去として思い浮かべ、自分が積み重ねてきた幾重もの人生を、ただただ、思い出した。自分のことなのに、酷く汚れていた。そして同時に、笑顔が突然蘇った。彼の笑顔は、決意で出来ていた。

「おばあちゃん。貴方がすぐる兄さんを産んでくれたこと、父さんを産んでくれたこと、感謝はするよ。けれど、貴方の行いが、こちらでも継続されたこと、私の友である、リーリアスさんを穢したこと。それらは全く関係ない。この世界にきた瞬間から、貴方の終り方は決まっていた。」

「・・・おばあちゃんだって知っているなら・・」

 ザブリエル・ヲンダは微かな期待を言葉に乗せ、発しようとした。

「エイド。彼女を、終わらせてあげなさい。私の敵です。」

 エイドは、迷うことなく、その剣で、その女の首を刎ねた。

 彼の主が敵だと言った。それだけが全てだった。

 終わることのない物語を、ザブリエル・ヲンダは終わらせた。


 物語とは、何で終わるのか。それは『死』以外の何物でもない。

 そして、続くとは、どういうことか。それは、人がつくりだした、何かだろう。



 ディランは、その一件を部下の剣に頼った。それは、心から信頼する愛する部下の剣が血で汚れたとしても、自分が主であり、この大地の王であることを示すためでもあった。

 それは、エイドとて同じ事。自分の主が命じたことは例え赦されないことだったとしても貫こうと決めていた。そして、主は、決して曲がったことはしないとも理解していた。

 あの、初めて出会ったその日。

 彼は自分の名前を呼び、自分の後ろを任せると言ってくれた。心の底から信じて疑わないと。その剣が己を守り、盾となり、最後までついてくると信じたその瞳。

 ディランを主と呼び、その後ろを任されたと感じるとき。その全てが、エイドの喜びだった。

 忠誠とは、自身が決める。母親が言う言葉は、どれもこれも夢の話しみたいで、少しも興味がなかった。

 今は違う。ディランを主だと忠誠を持って接している。



 ディランの過去には、母親に愛を感じたことがなかった。それは、祖母から始まり、こちらの世界の母親も殺されているという状況もある。

 ケミランの妻は、ディランと距離を置いていたし、そもそもケミランという存在にも理解がなかった。とても不思議な力は、どうしても受け入れて貰えないという一面もある。

 ザブリエルは魔女だった。そして、ディランには妖精と会話する力がある、伝説だった。不思議な力をお互いに持っていて、けれど何故か噛み合わなかった。

 今世で出会ったとき、彼女は気がつくべきだった。そして、声をかけて。

 きっと少しのズレが、二人を敵とまではさせなかった。



 マイケルが足を踏み入れたとき、その惨状をみて、すぐに兵士を呼んだ。ディランはその亡骸をただじっと見つめていた。

 マイケルはディランの右手を握り、片膝をついた。

「公王陛下。お疲れでしょう。共に城へ戻りませんか?」

 マイケルは、ディランが何を想っていたのか、知る由もないが、ただ、その瞳には精気がなくなり、辛い悲しみの底にあるのを感じた。

 王が悲しみに暮れることを、あの女がしたのではないのは分かっている。

 彼の護衛がその剣を使ったことも分かっている。

 もっと、もっと深い心の奥底にあるものが、彼を闇の中に堕としている。

 マイケルにもあったこと。闇の奥深くは見てはならない。それは・・




 竜王と、その仲間たちは飛び、大海原を突き進んだ。空を飛べる伝説も、何体かついてきた。一番下の子供の作った大地へと遊びに来るために。


 みどりは、ケロベウロスとすぐる兄さんから伝達が来て、すぐに弟の元へ向かった。竜王もそのしもべたちも公王の城へと向かった。

 竜王は人の姿になり、城の中に踏み入った。兵士たちは驚いたし、なにより公王と同じ顔の女性にも、驚いた。公王妃であるアーナが出てくると、みどりを見て激しく呼んだ。

「お姉さん!お願いします!すぐに来て!」

 みどりは、彼女の後に続いた。みどりは心のどこかで、焦りよりも、安堵した。


 ディランは、ベッドで静かに眠っていた。精気を失って、彼は眠っていた。

「ディラン。どうしてこうなるまで・・。貴方は魔法使いではないのよ。貴方は、ただ、妖精と会話して、人と繋ぐ。それだけ。」

 みどりは優しく、彼の頭を撫でた。死を別つまで、前世で生きた時間はとても短く、けれど、弟のことだけは、心のどこかでどうにかできないかと、ただ願った。

 母親が嵐の神だと気づいたとき、母親は、まだ意識があの世界の人間に偏っていた。だから、まともな生活が送れないのも、理解していた。

「ねぇ、ディラン。貴方の願いは?このままアーナさんを置いていくの?アキラくんだって、まだ小さい。片親のいない暮らしを、ずっとしてきた貴方が、それを許すの?貴方の愛する人々は、貴方が生きることで輝くし、これからも生きていくの。ねぇ。起きなさい。」

 ディランを諭しながら怒る姉は、徐々に涙を浮かべた。

「もう一度言うわ。起きなさい。でないとお母さんを呼ぶわ。貴方が縋った母親は、ずっとずっと側にいたの。起きなさい!」

 みどりは強い口調でディランに言った。

『そうね・・。起きなさい、ディラン。貴方の光はここよ。目覚めなさい。』

 みどりの声に、女性の声が響き渡った。誰もが、驚いた。それは、竜王も、他の伝説たちですら。

「なんと!嵐の神よ!戻られたか・・!」

 竜王は驚き、呟いた。

「お母さんが言った言葉は実行するだけよ。さあ。貴方が目指すべき光がどこにあるのか、分かるわよね?」

 みどりは、嬉しそうに、微笑んだ。母親は、やはり最後の仕事のために、留まってくれた。涙が溜まったその瞳に、ディランの手が伸び、そっと手で拭った。

 笑顔だった。ディランは、ただ笑顔で目を覚ました。

 最初は暗い闇へと進んでいたのに、たくさんの声を聞いて、戻ろうとした。ぬかるみにはまって、もうだめだと思った。だけど、一直線に光る眩しい明かりは、ディランが帰還するための障害もなくしてしまった。ただ、楽しい帰り道を進んだ。

 目を覚まして、姉の泣く姿を見て、その背後にいる、たくさんの知り合いと笑った。


 アーナが泣いている姿をみて、起き上がった。アーナは抱きしめてくれた。馬鹿な旦那、と呟き、顔中にキスをしてくれた。


 そして、ようやく嵐の神に目を移した。母だった。知らない顔ではなく、母親だった。そして、いつも怒った顔ではなく、優しい笑顔を綻ばせる、美しい、嵐の神だった。

「我が主、私のお母さん。私の魔法はもう行わない方が、きっと良いのでしょう。」

『もちろん。貴方は、もっと素晴らしい力を持っている。力を解放しても、もう良いことはない。今後はラルフレンの子供たちに教えてあげなさい。使い方も、作り出す方法も。』

「・・・お母さん。私は、貴方の息子であり続けたい。難しいことでしょうか。」

『今も昔も。この世界の全てが、私の息子と娘よ。それに、あたしは自由なの。どこかに居座っていても楽しくない。他の子供に会いに行く。今後は、愛の神のようなよそ者が入り込めないようにするわ。』

「ふふふ・・・。仰せのままに。母である貴方が、この世界にいる限り、平和であるようにします。お母さん、ありがとう。」

 ディランは笑って、母親の手にキスをおとした。母親は、どの世界でも強く、優しい。父親ももちろんそうであった方が良い。

「皆さん。心配をかけました。アーナ。アキラはどうしている?」

「寝ていますよ?」

 アーナは微笑んだ。

「そうか。では、紹介するのはまた今度かな。」

 ディランは、嵐の神に小さくお辞儀をした。

『アーナさん。あたしの息子を頼むね。またアキラくんにも会いに来るわ。』

 嵐の神は軽く投げキッスをしてかき消えた。

「貴方のお母様に挨拶できるのは、楽しみね。」

 アーナは朗らかに言った。



 それから、ローリエとハルマーが再会し、竜王はもう一度国に戻ることを勧めた。しかし、ローリエは首を振った。

「兄様に会えたこと、すごく嬉しいです。けれど、わたくしは、愛した人と共にいることができるこの大地に残りたい。すでに竜使いではなくなったわたくしは、最後は愛した人と共にいたい。」

 ローリエがそう言うと、マイケルを見つめた。一度も、お互いの気持ちを伝えたことはない。けれども、ローリエには彼だけが輝いていた。

「マイケル様。わたくしを、貴方の隣にいさせて欲しいのです。」

 マイケルは、絶句した。ただ、絶句したのではない。彼女の前では全てが曝き出されていた。マイケルが王になると決めるその時の駄々っ子姿も知られている。それなのに、彼女は自分を選んだ。そして、マイケルも彼女を好いていた。否。会ったその瞬間、愛していた。

 マイケルは片膝をついて、ローリエの右手を握った。

「貴方が竜王と離れることを望むつもりはなかった。今も、これからも、私という男と、共に歩いてください。」

 マイケルは、ローリエが泣き出すことを想定できなかった。けれど、その顔が笑顔で、大粒の涙は、喜びだと知り、ローリエを抱きしめ、優しく髪を梳いた。

 兄のハルマーは、二人を祝福する意向を、家族に伝えると言い、竜王は二人を祝福した。そして、マジェリスタ共和国に残った最後の異形の者を倒してから、この命の虎が作った大地から離れていった。



 みどりは宵の国に戻り、ケロベウロスとすぐる、そしてけいこに迎えられた。

「お帰りなさい!みどりさん。どうでしたか?」

「ただいま!とっても広いね、世界って。」

「おお、やっぱそうなのか。」

「うん。だから、私ね。結婚しようって思ったの。」

「きゅ、急だなぁ・・・。」

 すぐるもけいこも笑っていた。

「だって、シンがいつまでたっても旦那を連れてこない。」

 みどりは、ケロベウロスを睨み付けた。ケロベウロスは困ったようにしょげて、

「みどり様に見合う男性を連れてくることは出来ません。貴方に見合う・・・」

「だから、私、やっぱりシンと結婚するわ!」

 その言葉にすぐるもけいこも当然のように吹き出した。そして、

「みどりさんは昔からシン様を愛してましたから。一度でも告白しようとしなかったのは、シン様が愛を誓ってくれると考えてでしょう?」

と、にこにこと微笑む。

「ちょ、ちょっとお待ちください。我が主と結婚など、私は・・・」

「どうして?私、結構待ったのよ?シンが夫でも良いって言ったこともあったし!」

「そ、それは・・。よく考えてください。主の横に並び立つなどというのは・・。」

「いつ、並び立ったらだめって言われたの?」

 みどりの気迫はそれは凄かった。ケロベウロスが曲げて飲み込むのは、決して遠くはない。何故なら、ケロベウロスだって、本当は好きで好きで仕方ないから。

 二人の言い合いは、きっとどこかで落ち着く。兄夫婦が側でみているから。

 この宵の国にも、いずれは子供が産まれ、人々の活気が生まれ、宵の国というもう一つの国が生まれる。闇の世界の国という定義ではなく、公王の姉が統治するもう一つの素晴らしい国として。

 二つの国はこの大地に平和をもたらした。




 ディランは、多くの人間を悲しませたことを謝り、しかし、毅然と言った。今後は公王城で民のために働くことを。

 エイドは妻と共にバーダン・ルトイットの土地に住み続けている。ディランが喚べばすぐにでもくるだろう。しかし、そのような事態は今後起こりはしない。

 マイケルが皇帝として手腕を振るい、妻のローリエがそれに付き従った。元竜使いであると同時に、槍使いだったローリエは、城の兵士にその槍を広め、国力を上げた。



 セイラーン国では、魔法使いの育成がはかどるようになり、後世に残る、巨大な魔法学校を擁するようになった。その生徒たちが、皇帝と公王を守る側近として召し抱えられるようになる頃には、隣国との交易が進んだ。大型船が行き交い、様々な料理から始まり、装飾品、家具。国と国を橋渡す伝説を見ることができるこの土地を、いつしか『過去の残影』と呼ばれ、『幸福の島』と名付けられた。

 この大地に降り立った全ての人は、この土地を愛する人々に出会い、最高の笑顔とおもてなしを受け、愉快な気持ちを心に留め、自らの人生を振り返ったからだ。




 この大地には妖精という摩訶不思議な生き物がいる。彼らを見聞きすることができる王は、この大地を造り出した、神様だった。

 やがて大地に根を下ろし、人となった神は、王となり、妖精と人とを結ぶ、確かな自信と絶対に前を向いて歩くという心を信念とした。その歩みは人々を絡め取り、いつしか、王の下に集い、妖精たちは、王と共に歩く人々に笑顔を与えた。



 これは二度にわたり転生し、前を向いて歩く、ディラン・ジェクシムという、妖精と語らう王の物語。

 この物語は終わらない。人が歩く音も楽しげに話す言葉も。全て、妖精たちの悪戯。

「ふふふ。今日もそんなことがあったんだ・・?」

 笑いながら紅色の瞳を瞬かせ、茜色の髪の少年が、語りかける。その先には何も見えなくとも、その瞳には映し出されている。

「・・え?母様が戻ってくるの?!」

 少年は慌てて立ち上がった。愛しい母親。きっと父親も一緒。二人は仲睦まじく、この国を支えている。きっとマイケルおじさんの城で起きたことを話して聞かせてくれる。

「どんなわくわくすることを話してくれるかな?」

 彼はちょっとお転婆なところが母親に似て、父親の妖精王の力を継いだ、時期公王。彼の妹がもうすぐ産まれる。それを、彼は知らない。彼はこれからの主人公。これからの物語を歩む者。



『前を向け。歩き続けよ。そして、笑顔はもっと大切。それさえあれば、貴方の物語はきっと輝くだろう。あたしは自由が好きだけど、大切な者を失うなら、あたしはあたしを失ってでも、守りたい。こうして全てが終わっても、あたしは自由で正しい者を救う。それが、あたしの信念。』

『さぁ、次は貴方の物語。目を閉じて。息を吸って、吐いて。・・目を開けて・・・』



  過去の残骸 ー還ってきた王の祝宴ー[完結]


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