ep.2二人は子どもを作ることにした
アリシャがうなされている。
はじめは何やら、むにゃむにゃと寝言を言っていたかと思ったが、だんだんと震え出し、涙を流し始めた。
おかしいと思い、ジェイクはなるべく優しく、アリシャの肩を掴んで揺する。
「アリシャ……どうした? 起きろ、アリシャ」
どうしていいか、分からない。
この鰐男は、ふわふわの立ち耳を付けた猫娘が愛おしすぎて、自分の強すぎる力で壊してしまわないか、いつも冷や冷やしている。
乱暴になってしまわないか。
彼女の嫌なことをしてしまわないか。
だが、そんな不安を他所に、うなされているアリシャが、大粒の涙を流しながら叫んだ。
「ジェイク!!!!!」
はあっ! と叫んですぐ息を吸う。
まるで今まで溺れかけていた者のように。
「アリシャ! 大丈夫か? 俺はここにいる」
ジェイクはすぐアリシャを抱きしめた。
爪が彼女を傷つけないよう、念入りに短く切ってヤスリまでかけてある。
深爪して血が出て痛くても構わない。そうすれば彼女に触れられるのなら。
一途過ぎる思いが、いつもジェイクの胸を締め付ける。
ジェイクの腕の中、ガタガタと震えるアリシャは、いつも勝ち気で明るい彼女とは別人のようで。
額から汗が流れて、髪が張り付いている。ジェイクはそれをそっと撫でて整えた。
「大丈夫だ、俺はここにいる。離れない」
アリシャは黙って目を閉じて、涙をぽろりとこぼしながら、ジェイクにしがみついた。
言葉が見つからないのだ。アリシャが先ほどまで見ていた悪夢についての、言葉が。
あれが単なる夢だったのか、それとも残酷すぎる真実だったのか。それが確信を持てない今、ジェイクに話したところで、彼を不快にさせるだけかもしれない。
「アリシャ、そばにいるから泣くな」
驚くほど優しい彼の声が、頭の上から降ってきて。
それがまた、アリシャの涙を誘った。
その日アリシャはジェイクから離れなかった。
ジェイクも家の周辺からそう遠くないところの配管しか修理せず、アリシャから離れないように気を付けていた。
ジェイクが配管工の仕事をしている姿を見るのがーー好きだ。
愛おしいと心から思う。
イリエワニが大きな顎を動かして、配管の不調を調べながら、ムキムキの両腕で工具を使うのだ。
まるで絵本の世界に入り込んだような気持ちになる。
そんな自分も、全身ほぼふわふわ、人体に近くて服を着る部分は毛が薄いけど、顔はメインクーンそのものだし、立派なヒゲも、立ち耳も、ふさふさの尻尾もある。
特に尻尾は大切で、これがないと上手くバランスが取れない。
もうムンドゥスのいちハイブリッドとして生きてる、アリシャも、ジェイクも。
過去に何があったか、それに縛られる必要は無いと思うのに。
祖父のことが頭から離れてくれない。
自由にしてほしいと、もう眠りたいと言うから、ジェイクと共にボタンを押してAIと一緒に眠ってもらった。
祖父に安息を与えられて良かったと思った。
なのに。
あの悪夢は一体……ふとアリシャは自分の頭に触れる。
祖父はイリエワニと有紗のDNAを前以て保管しておき、二人を作ったと言っていた。
そしてーージェイクがアリシャに完全に従うように作った、とも。
だとしたら、アリシャの頭の中に、何らかの手を加えられていてもおかしくはない。
そう考えると、ゾッとして、アリシャは自分を強く抱きしめた。
自分らしくない行動なんて、今のところしてないと思う。
祖父の言う通りに、ムンドゥスの完全統治をしなきゃとも、これっぽっちも思わない。
ただ、夢の中に祖父が出てきてダラダラ文句を言われ、とんでもない事実を伝えられただけ。
それを考えると、祖父はアリシャを命令に忠実な自分の駒にしたかったわけでは、ないはず。そう信じたい。
ただ、完全統治無くして生き物たちの存在が失われる可能性を、祖父は危惧しているのだ。誰よりも。
「ハッ、そういうことね」
祖父の意図が分かった。アリシャが小さく呟くと、ジェイクがすぐ反応した。
「どうした?」
いつも全力全霊でアリシャだけを見つめ、愛してくれる鰐男。
アリシャはふわりと音を立てずに立ち上がり、愛するイリエワニハイブリッドに抱きついた。
「おい、汚れと脂が汚いぞ……」
慌てて何を言ってるか分からないジェイクに、アリシャはくすりと笑う。
ふわふわの尻尾を彼の体や腕に絡み付ける。
「じゃあ、一緒にシャワー浴びない?」
気のせいか、イリエワニハイブリッドの頬が引きつった。人間みたいに頬が赤く染まるなんてことは、ワニには無い。だが、表情は面白いくらいわずかに変わるのだ。
「照れてないで、行きましょ」
アリシャの方がリードしてるようで。
ジェイクは気まずそうに頭の後ろを掻きながら、急いで工具をひとまとめにし、二人は腕を組んで家に向かった。
ここは地下深く。
昼間夜も関係ない。
アリシャは小さく呟いた。
「私たち、子供を作ろ」
その声がジェイクに聞こえたかどうかは、分からない。
ただ、ジェイクの腕がびくりと緊張したのだけ、伝わってきた。
それから、彼の凶器のような尾が、バンバンと地面を叩いていた。




