ep.1 それで、人類を犠牲にした意味は有るのか
アリシャ……
有紗。
前世の名を呼ぶ、懐かしい声。
声の主のことは、すぐ分かった。
「おじいちゃん」
アリシャは声の主を呼んだ。
目の前に、白衣を着た、人間だった頃の祖父が立っていた。
傍らには、祖父のペット、メガネカイマンがじっと寄り添っている。
「有紗。お前に聞きたい事がある」
「なぁに?」
祖父に、再会を喜ぶ雰囲気は、ない。
寧ろ、どこか厳しい顔をしている。
アリシャは自分が緊張しているのを隠そうと、作り笑顔を見せた。
だが、祖父の顔は険しいまま。
「有紗、お前とあのイリエワニに最後のボタンを託したのは、このわしだ。だが、こんな中途半端に終わらせるとは思わなかったぞ」
それは、責める口調で。
アリシャは自分が混乱してゆくのを感じた。
「どうして? 私は、生き物が今の形であれ、それで自由に生きられたら、その方がいいと思って……」
「AIの完全統制無しに、自由にさせれば、どうなるか。わしと一緒に研究したおまえなら、分かるはずだ。数年、数十年程度ならまだ、いい。だが、もっと先を見た時、どうなる?」
「じゃあ、おじいちゃんはどうして欲しかったの? AIのせいで人類がほとんど死んでしまって、ハイブリッド達は今の世界を信じて生きてる。この世界の主人公はハイブリッド達なのよ。それを、また滅ぼせって? AIが作り出した生き物だから? それとも、私が新しい管理者になれとでも?」
気付けば、アリシャは泣きながらまくし立てていた。
望まずして人類滅亡のスイッチを押してしまい、自責の念の中、自ら溶鉱炉に駆け込んだ、あの最期の数時間。
あの出来事が有紗の最期の記憶で、それは今も生々しくアリシャを苦しめている。
祖父はアリシャをじっと見つめた。猿ハイブリッドにされた時と同じ瞳のような気がして、アリシャは体が震えるのを感じた。
「有紗よ、そろそろ気付くべきだ。人類を絶滅させようとしたのも、ハイブリッドを作り出したのも、AIが独断で敢行したのではない。わしがそうなるよう、あのAIを育て上げた」
それは、一番信じたくなかった、とても残酷な告白だった。
「うそ……うそよ!!」
「嘘ではない。多くの種を絶滅に追いやった人間の罪は深い。だから絶滅させなければ、生き物を守ることはできない。だがAIに計算させたところ、人類が絶滅したからといって、破壊されすぎた環境のせいもあり、生き物達の衰退を止めるのは難しいことが分かった。そこで導き出したのが、人間の知能や繁殖力、免疫力など、メリットを活かしてハイブリッドを作り上げる事だった」
祖父は被害者だと思っていた。それなのに。
淡々と話は続く。
「お前のイリエワニと、お前のDNAは前もってわしが保管しておいた。だから今こうしてハイブリッドとしてのお前がいるんだ。お前は、わしとAIの代わりに、このハイブリッドの世界をイリエワニハイブリッドの奴と共に統制するために生まれたのだ」
ただ、ボタンを押す、それも押さなくて押してもいい、そんな存在としてこの世界にいるのだと思っていた。
アリシャは自分の足元がガラガラと崩れてゆくような感覚に陥った、
「そのためにあのイリエワニハイブリッドに、最強の体と力を与えた。あれは、お前を守る矛と盾なのだ」
吐き気がすると思った。ジェイクが異常な個体なのは分かっていた。
でもそれは、ボタンを守るためなのかと。
その後、ムンドゥスを統制するアリシャのために、彼は作られたというのか。
「違う! ジェイクはもう私のイリエワニじゃない。ただ同じDNAが入ってるだけ! 彼は彼の人生を生きてる! 私にもおじいちゃんにも、彼の生き方を指図することはできないよ!!」
「本当にそう思うか? 愚直なほどお前に従順だろう、あのワニは。ハイブリッドになった今、脳は人間寄りになり、爬虫類の頃と違い感情もあるのに、だ。すべてお前に従うようにできているだろう?」
「そう作ったっていうの? 彼の頭をいじって? 自由に考える力を奪って、私に従順になるように?」
頭をハンマーで殴られたような衝撃。
祖父の言うことは事実だ。でもそれがジェイクの意思だという可能性だって、ゼロではないーーと信じたい。
信じなければ、何を信じ、愛してこれから生きればいいのか、分からなくなる。
「お前がムンドゥスを統制するのだ、有紗。生き物達を守って、絶滅を防ぎ、進化の過程をこれからも途絶えさせるな」
「イヤ!! そんなのイヤ!! 統制なんてイヤ!! 生き物は自分達がどう生きるかを本能で知ってるでしょ? 環境を壊す者さえいなければ、統制なんていらないのよ!! それが、私とジェイクが出した答えなの!!」
アリシャは首を振る。
涙が宙に開いて、きらりと光った。
祖父はため息をついた。
「賢いお前なら、その選択の先に何があるか、分かると思ったのだが」
「私も今はただの猫ハイブリッドなの。普通に生きるだけよ。それがどうしてダメなの……」
祖父は首を横に張った。
「有紗よ、それで人類を犠牲にした意味は有るのか」
それは、重たい、二度と立ち上がれなくなるほど重たい、無理やりなすりつけられた責任に対する非情な台詞だった。
アリシャは叫びながら泣いた。
「ジェイク、助けてーーーー」




