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24.生き物にはそれぞれの生き方がある、統制はいらない

エピローグ

ただ、自然に生きる世界。


― 数年後 ―


ムンドゥスにA.P.が誇っていた中央管理塔はもうない。


代わりに、種ごとの区画が自然に形作られていた。


高所には鳥類ハイブリッドの住処。

風の通り道に合わせて組まれた足場と梁。

空中通路が張り巡らされ、洗濯物が風に揺れている。


その下、地上には哺乳類系の市場。

匂いと喧騒と値切り声。様々な種類のハイブリッドが買いに訪れる。

規格は統一されていないが、誰も気にしていない。


湿地帯寄りの低層区域は爬虫類たちの居住区。

石と水路と、体温を保つための温床。

静かだが、視線は鋭い。


肉食獣種ハイブリッド達は、地上の支配者顔をして君臨している。大豪邸に、弱い種のハイブリッドを使用人として働かせて。

ニンゲンのハイブリッドだから、襲ったり攻撃したりは、たまにしか起こらない。ただ、暴力沙汰や事件はある。


あれだけ大きな顔をしてムンドゥスを支配していた猿類ハイブリッドたちはーー今や、役所の職員だ。AIを用いて細々と管理業務をやって、なんとか己の利権を取り戻そうと足掻いている。


だがそれを良しとしないハイブリッドたちが、大勢いる。



完璧な秩序はない。

ジェイクの住処、地下下層でも、時々、ぶつかる。


その日も、ネズミ系の若者たちと、爬虫類自治会の年長者が土地の境界で言い争っていた。


「ここは俺たちが先に使ってた!」


「水路を塞げば湿度が下がる。こちらの生存に関わる」


声は荒いが、護身用の刃物は抜かれない。


少し離れた場所で、配管の蓋を開けている男がいる。


ジェイクだ。


彼は工具を口にくわえ、詰まった水路を覗き込む。


「湿度はそっちに少し流せる。分岐を作ればいい」


顔も上げずに言う。


「ただし、ネズミ側は夜間の掘削をやめろ。地盤が緩む。何が起こるか、分かるな?」


しばらく沈黙。


やがて、どちらかが舌打ちし、どちらかが肩をすくめる。


小さな妥協が成立する。


ジェイクは何事もなかったようにボルトを締めた。


彼の仕事は、今もただの配管工だ。



少し離れた広場。


アリシャは子供たちに囲まれていた。


翼の小さな子。

耳の大きな子。

瞳孔が縦に細い子。


地面に簡単な図を描く。


円をいくつも重ねる。


「違っていても、重なる場所はあるの」


子供の一人が聞く。


「前は決められた通りに生きてればよかったのにってお母さんが言ってた」


アリシャは少しだけ空を見た。


「うん。でもね、決められてる世界は、考えなくていい世界でもあった」


「いまは?」


「考えないといけない世界」


子供たちは顔を見合わせる。


難しい顔をして、でもどこか楽しそうだ。

そう、この子達は飼い慣らされたペットではない、そして、ニンゲンでもない。


ニンゲンの優れたところを取り入れて、その器に貴重なDNAを入れられた、生き物なのだ。

自由こそが、彼らの悲願、生きたい世界であったはず。


アリシャはそう願うと、心の中で呟いた。



夕暮れ。

市場の喧騒が少しずつ静まる。

高所の通路を鳥類ハイブリッド達が帰っていく。


湿地帯からはぬるい風が吹く。


ジェイクは工具箱を閉じる。

いつのまにやって来たのか、アリシャが隣に立つ。


「今日も揉めてたね」


「ああ。でも殴り合いにはならなかった」


それで十分だ、と言わんばかりの声。


遠くで、低く響く音がする。


湿った、喉の奥から鳴らすような声。


ワニの鳴き声に似ている。


ジェイクの指が、ほんの一瞬だけ止まる。


風の匂いを嗅ぐように、顔を上げる。


何も言わない。


ただ、小さく息を吐く。


「管理なんてなくても、世界は勝手に回る」


アリシャが笑う。


「私たちも、回す一人になったけど、」


特別なことはしていない。

アリシャが第二のAI祖父になり変わる事はあり得ないと、本人は強く思っている。


ただ、日々を生きるだけ。それぞれの生き物の命が失われないように、笑顔で過ごせるように、

目が届く範囲で頑張るだけ。


「支配されて、何もかも決めつけられるより、自由の方がずっといい」


夕陽が沈む。

影が長く伸びる。

完璧ではない世界。

混乱は、ある。命を落とす者も、ゼロではない。


でも、動いている。


ジェイクはもう一度だけ湿地の方を見る。


その瞳の奥に、ほんの一瞬だけ、


月明かりを映した水面のような光が揺れた。

アリシャが有紗だった頃、とてもとても長い時間、見つめて愛し続けて来たイリエワニの瞳がそこにある。


あのイリエワニは有紗の元で卵で生まれ、本来の生体環境からはかけ離れた環境の中で生きていた。

それについて、もしジェイクが記憶を持っていて、不満があるとしたらーーアリシャは怖くなって、気づかないふりをする。


風が吹く。


ムンドゥスは、今日も回っている。


ジェイクは不安そうなアリシャを後ろから抱きしめた。

壊れないように、だが、強く、誰にも渡さないと言わんばかりに。

苦しくなり、アリシャの喉から吐息が漏れた。


それすら、愛おしいと思う。

鰐男は、この愛する小さな猫ハイブリッドを、生涯愛し続けると思った。

たとえムンドゥスが壊れかけ、無法地帯になったとしても。

この世界に、二人だけになったとしても。


――終わり。

アリシャが見つめる、責任感を伴うムンドゥスの未来と、


ジェイクのアリシャを食べてしまいたいほど愛しいと思う、アリシャにしか向かない気持ち。


それもまた、二人の自由。


アリシャが、責任を感じる必要はないと、


ムンドゥスの様々なハイブリッドたちは、


好き勝手に生きればいいと、


鰐男は思っていた。


ただ、それを最愛の猫娘に言うと、怒られそうなので、


黙っておく。

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