名のないカフェ(5)
ここの年季の入った空間と、ギャルソンの若さは、違和感を生むことなく不思議と馴染んでいた。
「何飲みます?コーヒーですか?」
ガムゼにメニューを慣れた手つきで渡した。白いシャツは新しく、襟の形がはっきりとしていたし、今さっき出したばかりのような、新品のシワが胸や、腕の辺りに浮かんでいた。
夜だったが、そのギャルソンが薦めたように二人はコーヒーを飲むことにした。メニューをガムゼから受け取ると、ギャルソンは足早にカウンターの裏にあるキッチンに向かった。
「絵についてそんなに詳しいなんて知らなかった」短くない付き合いなのに、ガムゼが今まで絵について話したことは覚えている限り一度もなかった。
「そうね、嫌いじゃないし、小さい頃は絵を描くのが好きだったの。とにかくここは素敵なところじゃない?」確かに、普段行くカフェとは一味も、二味も違うカフェだったし、入りずらい雰囲気があるのも本音だった。
名のないカフェ、看板もなければ、店の扉にも何も書かれていない不思議な場所だった。「なんだか、常連さんが多そうね。ほら、カウンターの男の人は何十年もここに来てそうな雰囲気じゃない?」ヌルは今だにその香水の名前を思い出せずにいた。
「確かに、毎日あの席に座ってそう。あそこ以外は絶対に座らないんじゃない、きっと」新聞だけでなく、白髪の長髪がその中年男性の顔を隠し、わざとそうして隠しているようにすら感じられた。
「お姉さん、どうしてあの受胎告知がフラアンジェリコだって分かったんですか?」と言いながら二つのコーヒーをテーブルに置いた。「どういう意味?」ガムゼが聞き返すと「三人とも受胎告知を描いてますよね?迷うことなくフラアンジェリコだって言ってたじゃないですか?」
得意げな言い方がガムゼの気に障ったが、そのことについては何も言わずに我慢した。「そんなに難しくはないと思うけど、あの受胎告知は有名なサンマルコ修道院のものでしょ?」わざとらしく目を丸くして「よくご存知で」と言い残して、キッチンに戻るギャルソンをヌルは呼び止めた。
「待って、どうしてここで働いているの?」
「働いているというか手伝ってるだけです。ここは父の店ですから。暇な時は手伝えってうるさいんです。外で変なアルバイトするくらいならここで働けばいいだろって。今からコーヒー飲む人の前でこんなこと言ったら、怒鳴られるかもしれないけど、僕、コーヒーが苦手で、正直に言えば苦くて、泥水みたいじゃないですか。それでもお客さんは必ずと言っていいほどコーヒーを頼むんです」
ガムゼは空かさず「あなたみたいなお子ちゃまには、まだ早いのかもしれないね。大人に早くなれるといいね」得意げな、人をからかうような表情を見せる余裕はなく、黙ってキッチンに戻っていった。ヌルは笑いを堪えようとしながら、肩を震わせていた。
「ちょっと大人げないんじゃない?」
「大丈夫よ。気にするようなタイプじゃなさそうだし。さあ、飲みましょう」
ギャルソンが言ったことなど忘れてしまうくらいコーヒーは美味しかった。酸味と苦味のバランスが絶妙だったし、カンターの男性が毎日あそこで座っているのは想像でしかなかったが、本当にそうだとしても不思議ではないくらい、洗練されたコーヒーだった。




