雲の隙間から差す光(3)
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ヌルはブシュラがここ数日どこで何をしていたのか知りたかったが、話を切り出せないまま病院の中庭を通り過ぎていた。
「ウムトが早く良くなるといいんだけど・・・」ヌルの声は湿った空気と混ざってぼやけた。「そうね、今からアトリエに寄るけど、来る?時間があるならそこでここ数日どこに行っていたのか、話そうと思ってるけど?」
ブシュラの顔は逆光で表情が分かりづらかったが、声は穏やかだった。「行きます」夕陽に照らされたヌルの顔の若々しさがブシュラには少しだけ眩しかった。アトリエに着くまでほとんど話さなかったが、重い空気ではなかった。
アトリエの扉を開けて中に入ると、ブシュラはカバンからたくさんの小さな瓶を机の上に並べた。その一つ一つには番号が割り振られていて、それが何を意味するのかはすぐに分かり、ブシュラがどこに行っていたのかもそのたくさんの香料の瓶から推測できないわけではなかった。
「これが香料の名前、シールが引き出しに入ってるからラベリングしてくれない?」ブシュラはヌルにクリアファイルを渡した。その紙には番号の横に香料の名前が書かれていて、瓶に書かれている番号と対応していた。
シールに香料の名前を書いていると、何のために集めた香料なのかが段々と想像がつき、ヌルにそれを書かせることで、自分がどこで何をしていたのか明らかにすることにも繋がることはもちろんブシュラも承知の上だった。全てではなくても、いくつかは引き出しの奥に仕舞われていた香水のレシピに書かれていた香料だったし、ブシュラはもう一度その香水を作ろうと考えるのが自然だった。
全ての瓶にラベルを貼り、瓶を香料の棚に並べ終えると、ブシュラが机の上に二つのチャイを置いていた。
「ありがとうございます」
「まず、あなたに謝らないとね。何も知らせることなく、アトリエを留守にしてしまったことを。あの録音はショックだったけど、何も知らないで過ごしてしまうよりはずっとましだった。何も解決していないし、これから何が起こるのか分からないけど、私は自分にできることをしないといけないと思って、もう一度あの香りと向き合うことにしたの。今度こそは完成させたいと思ってるし、サラが私に託したものだから、大事な仕事になる」
ヌルに伝えるというよりも、ブシュラは自分自身に誓いを立てるようだった。
「そのための香料を集めに行ったんですね?」
「そう。もし今回上手くいかなければ、これからどれだけ試しても上手くいかないと思う、これは二回目にして最後の機会になる」
香料を集めるだけでなく、もう一つ訪れたある場所には、アフメドと来て以来、ブシュラは一度だけ一人で来たことがあった。長い間訪れることのなかったのに真新しい花が添えられていた。
あの録音を聴いて、アフメドが間違った場所に向かっているのを強く感じ、マルコと呼ばれるその人物がアフメドを暗い階段の入り口に導いている気がしてならなかった。
アフメドが二度とそこから戻ってこれなくなるのではないかと、居た堪れない不安を覚え、サラと過ごした時間が泥の中に沈んで取り戻せなくなるような不快感が悪寒を誘い、なんとしてでもアフメドをそこから救い出したかった。




