共鳴(6)
アフメドが作家という職業を気になっていたのは純粋な興味も理由の一つだったが、それ以上にサラは大学でフランス文学を専攻していたし、家の本棚には本が詰め込まれるように収納されていたことが理由だった。
それに、サラが『あの日』読んでいたフランスの作家の本は未だに見つかっていなかった。普段、ソファーに置かれていたのにも関わらず、『あの日』は本棚に仕舞われていたし、ソファーに本が置かれていても、それは『あの日』読んでいた本ではなかった。
本棚の前に立ってどの本だったのか、手にとって考えてみたが、明確にその本であると思える一冊は見つからなかったし、確信が持てなかった。フランスの作家だけでは余りにも漠然としていた。
「本は小さい頃からずっと手の届くところにありました。公園に行けば友達がいるように、本を開けばそこには豊かな色彩を兼ね備えた登場人物たちがいます。彼らがどんなことを考えているのか想像することがとても楽しくて、どこでもすることができたから、いつも何かを想像していたかもしれない。
気がつけば家の前に着いていることもあったくらいだから。それに欲しい本は必ず手に入ったのもラッキーでした。すぐに私の部屋は本でいっぱいになってしまって大変だったけど、マルコは別にこのことを気にしているような感じではなかったし、特に心配もしてなかったんだと思います。
こんな私にも友達と言える子が一人いて、その子とは家が近かったから学校が終わると途中まで一緒に帰ってたんです。その子の家にグランドピアノはなかったし、本もあんまり好きじゃないようだったけど、それでも気が合って、二人で話すことが楽しかったんです。
その子は私が作家になるための大きな役割を果たしたと思っていて、その子と家に帰る時間をいつも楽しみにしていました。何がきっかけなのかは覚えていないけど、ある日からその子に自分で考えた物語を聴かせるようになったんです。
気になるところは私に質問してきたし、その質問に即興で答えることで物語が段々と肉付けされていくような感覚がありました。家に帰ってからそのことを日記みたいにノートに書き続け、増えていくノートを大切に引き出しに閉まっていました。
何よりその子は私が話す物語をとても楽しそうに聴いてくれて、今でもその時に見せた表情を覚えています。今でも筆が進まない時はその子の顔を思い出して何とか自分を保つくらい私にとっては大事な経験です。その子に聴かせた物語を今はほとんど覚えていないし、ノートもどこにあるのか分からないけど、その時の感情は今でも忘れていません」
このことを説明しているダリヤの顔には十二歳の少女のような純粋な表情があった。思い出と共にその時間が記憶の中で失われることはないだろう。
「素敵な話ですね」
「こんなことを言ったら驚くかもしれませんが、実は医師になりたかったんです。子供の頃の夢だから真面目なものではなかったんですけど、憧れていたのは嘘ではありません。ある作家の短編集で読んだのか定かではありませんが、あなたのような医師の物語です、名前はアフメドではありませんでしたが」
ダリヤの顔には自然と笑みが溢れていた。アフメドも悪い気はしなかった。




