共鳴(5)
「小さい頃は父親の仕事についてよく理解していませんでしたが、家は広くて大きかったから裕福であることは何となく感じていたし、応接間には大きなグランドピアノがあったけど、家族の誰かが弾く為じゃなくて、父が家にプロのピアニストを呼んで食事会を開いていたの。
それが普通だと思っていたから、友達の家に行くとグランドピアノがなくて驚いたし、正直に言えば倉庫みたいな家だと思ってしまったけど、至って普通の家だった。マルコは私に様々な習い事をさせたの、ピアノもその一つ、それから、水泳、クラシックバレエ、乗馬も。
そんなだったから自由な時間はなかったし、友達がたくさんいると一度くらい言ってみたいものね。他の子供よりも少しだけ早く孤独というものに触れていたのかもしれない。
習い事に行く時に公園を通るのが辛くて、いつも同じくらいの年頃の子供が友達と砂場で遊んでいるのがとても楽しそうに見えたし、本当は特別でもない誰もが経験することなのかもしれないけど、私にとってはそうじゃなかったから。
今すぐにでも手にあるバッグを捨てて、その輪の中に加わりたかったけど、そうはできなかった。欲しい物は何でも買ってもらえたけど、友達や時間はお金では買えないし、本当に大切なものは何一つ持っていなかったんだと、気がつくと涙が溢れていた」
アフメドは自らが体験したトラックの荷台で過ごした夜と同じ匂いを感じ取っていた。
「母親は何も言わなかったんですか?」
ダリヤは一呼吸ついてからアフメドではなく外を見ながら答えた。
「まさに今日みたいな良い天気だった、三歳か四歳だったと思う。母は私に遠いどこかに行くこと、ここには長い間戻ってこないことを言ったきり家から出て行ってしまった。幼い私に本当の意味を理解することは難しかったからそう説明したんだと思うけど、とにかく二人は離婚したの。
幼少期の母との思い出はほとんど覚えていないし、そもそも少ない。それでも大きくなってからアレクサンドリアに住む母を自分で見つけ出して、それからは幼い頃に過ごすことのできなかった時間を取り戻すかのように、時間を見つけて母に会いに行ってるんです・・・」
ダリヤが説明したことが自分とは全く無関係だとは思えなかった。やりきれない思いがあり、その中で何とか自分を保っているような、そんな苦しみをアフメドも知っていた。簡単に同情されたくはないと分かっていながら、ダリヤが話した内容には余りにも共感できる部分が大きかった。
「実は医師になりたくなかったんです。医療関係の仕事に就けば必ず父親の影を感じることは分かっていましたから。それでも、今こうして医師としてあなたと話していますし、想像したほど悪いものではありませんでした。ただ父親と離れたかっただけかもしれません。息子とは父親を越えようとするものです、若い自分にもそんな想いがあったんでしょう、きっと」
「私たちの人生は思っていたようにはいかなかったのかもしれないけど、辿り着いた場所は思いのほか美しい場所だったのかもしれませんね」
「そうかもしれません、幼い自分に医師になることを伝えても信じなかったでしょう。続きを聴いてもいいですか、どうやって作家になったんですか?」
木にとまっていた鳥はいつの間にか飛び去っていた。




