共鳴(2)
「落ち着いて、もう終わったのよ」サラは優しく言うと、アフメドの胸の上から手を引き、アフメドの頬をゆっくりと撫でた。それからサラは顔を近づけて、耳元で何かを囁いた。
アフメドにしか聞こえない小さな声だった。その言葉と声がアフメドを深く眠らせた。サラは望めばその囁きで人の心臓を止めてしまうこともできたのだろうか?朝、アフメドを眠りから覚ました花瓶に反射するその光をはっきりと覚えていた。
その日と似たような光がアフメドの目に入った。ウムト、あの若い新聞記者が退院する日でもあり、マルコの娘が病院に来る日でもあった。家で朝食を食べ終えると、手術の前に誰にも邪魔されることなく音楽を聴くためにいつもより早めに家を出た。
病院に着くと、鞄をデスクに置くことなくそのままカセットプレイヤーのある部屋に向かった。エムレ医師の机に鞄は置かれていなかった。息を吹きかけてカセットプレイヤーの埃を飛ばすと、再生ボタンを押した。雑音がいつもより多く混ざっている気がした。
最後に囁いたサラの言葉は全く思い出せなかったが、その囁きが確実にアフメドを眠らせた。その言葉よりも、サラの囁きがそうさせたのだろうか?二人で過ごした時間は紛れもなくアフメドにとって輝きを失うことのない宝石のようだった。
その失われることのない光の中でアフメドの目には、あらゆるものが見えていた。もっと多くの時間を二人で過ごしたかったが、ただ長い時間を共に過ごすことに意味があるとも思っていなかった。
それでも過ごすことのできなかった時間をアフメドは幾度となく想像していた。サラがもし生きていたら・・・。大切な人を失う苦しみから抜け出せていないはブシュラだけでなくアフメドもだった。
サラを救うことはできなかったが、自分が抱えている後悔や苦しみが手術の失敗によって患者の家族や友人に降りかかることは分かっていた。そして患者を救うことはその家族や友人をアフメドとは違う道に導くことができると思っていた。
カセットプレイヤーの電源を切り、準備をして手術室に行くとエムレ医師が先に待っていた。ウムトの退院を見届けたかったが、それは無理そうだった。思っていたような姑息な新聞記者ではないし、エムレ医師と共通する何かを感じていた。
ただ若さゆえに至らない部分はあるものの、そこまで不快ではなかった。これからもアポなく病院に来るだろうことは簡単に想像できた。手を洗いながら流れる水を見ていると、自然と落ち着くことができた。「何か良いことでもあったんですか?頬が緩んでいますよ」エムレ医師が不思議そうな顔を浮かべながらアフメドに言った。
「何もない、気にしないでくれ」タオルで手を拭いて手術の準備を進めていき、結果として手術は大きな問題やトラブルなく終えることができた。そして、アフメドが考えていたよりも早く手術を終わり、エムレ医師の手際の良さがその理由だった。
今回の手術はエムレ医師が執刀しても問題なかっただろう、アフメドが思っている以上に技術を身につけていたのかもしれない。




