共鳴(1)
「だからこそ、ここにアザが残ってるの。人は生まれた瞬間の叫びによって全てのことを忘れ、それから人生を歩むのよ。叫びによって忘れられることに、人生で起きるあらゆることが含まれている。あなたが今そうしているように彼女もそうしていた」
サラが誰のことを、何のことを話しているのか分からなかったがアフメドは聴くしかなかった。それからサラは自分の手をアフメドの体を沿わせて同じように左の脇腹あたりに置いた。
サラの白く冷たい手は蛇のようにアフメドの身体の上を這った。「こうしてお互いに印を残してこの世界に生まれてきたの」サラの声がどんなに小さくても聞こえるくらいお互いの顔は近づいていた。
「今はあなたが触れているけど、自分でそこに手を置くこともあるの。忘れてしまった何かを思い出せるかもしれないと願いながら。もしかしたらあなたとあの噴水で出会うことも覚えていたのかもしれない。これから先に何が起きるかだって・・・」
サラはもしかしたら何かを覚えていたのかもしれない、そう思わせる何かが声の響きにあった。「あなたの心臓の鼓動が手から伝わってくる」いつのまにか左の脇腹あたりにあった手をアフメドの心臓の上に置いていた。
「あなたも私の心臓の上に手を置いて、試してみたいことがあるの」何をするつもりなのか分からなかったが、サラの言葉に従った。アフメドが心臓の上に手を置いたのを確認すると子供に何かをお願いするような口調で言った。「できれば驚かないで欲しい、難しいかもしれないけど」アフメドは少しだけ頷いた。
手からは伝わってくるサラの心臓の鼓動はゆっくりと力強く動いていた。「なるべく落ち着いていてね、すぐに崩れちゃうから」それから何かを祈るようにサラは目を閉じた。長く見ることのなかった窓辺で祈る姿がすぐに頭に浮かんだ。
そうやってサラが目を閉じてから何も起きないまま時間が過ぎ、アフメドは辺りを見渡したが暗闇の中で見えるものは少なく、何も変わっていなかっただろう。そう思いながらもう一度サラに目を向けた瞬間、アフメドは何が起きているのかはっきりと理解した。
全身が凍るような寒気を感じ、心臓が止まってしまうんじゃないかと恐れた。サラが予告していたようにアフメドが驚くことで確かに崩れてしまった。動揺がアフメドの心臓の鼓動を速めていた。
アフメドとは反対にサラは眠りから覚めたかのようにゆっくりと目を開いた。何が起きたのか、いまだに受け容れることができないままアフメドはただサラを見ていた。手から伝わってくるサラの心臓の鼓動と自分の心臓の鼓動が近づいているような気がした時にはアフメドとサラの心臓は共鳴するように完全に同じリズムで動いていた。
サラが言ったようにアフメドが驚かなければ、そのまま続いたのかもしれない。「こうやって離れ離れになっていてもお互いの鼓動を感じることができる・・・」サラの瞳は、十八歳の冬に噴水で初めて見た時のように信じられないくらい透き通っていた。
サラの手はまだアフメドの心臓の上に置かれていた。アフメドの手はいつの間にかサラの胸の上ではなく、自分に触れているサラの腕を強く掴んでいた。




