サラの囁き(1)
「製造番号ですか?」
「正解だ。あのボイスレコーダーは最後の三桁が俺が渡したやつとは違っていた」
何が愉快なのか?フルカンは急に笑い出した。ウムトは笑えなかった。
「それなら、僕のことを殴る必要はなかったんじゃないですか?」
「アフメド医師と話せたんだろ?大きな収穫じゃなかったのか?」
「それでも、製造番号を確認できるはずがない、部屋に入って来た時にはもうボイスレコーダーは粉々でしたよね?」
フルカンはまた不気味に笑った。
「そうだな、俺もお前と同じく運がいいようだ。たまたま足元に転がっていたボイスレコーダーの破片に製造番号が書かれていたんだよ、残念だったな」と言ってウムトに向かってもう一度手を伸ばした。
ウムトは仕方なく鞄からボイスレコーダーを取り出すと、黄ばんだ指先に触れないように差し出されたフルカンの手に置いた。その瞬間、今まで自分が考えて、悩んだことが全て無駄だったように感じ、目の前の満足そうなフルカンの顔を一発殴りたかった。
「ところで、メルべも見舞いにきたか?」と言いながらジャケットのポケットにボイスレコーダーをしまった。「来ました、社員たちに何も説明しなかったみたいですね、メルべから聞きましたよ」
「他に何か話したか?」さっきまでとは違ってフルカンの顔は真剣だった。
「ボイスレコーダーについても話していませんし、ただメルべからユルマズとあなたとに間に何があったのか、大方のことは聞きました」
「そうか、俺の口から説明することはほとんどないかもしれないが、あいつの書く記事はつまらない。この件に関して何か言うなら、アフメド医師の記事は俺が書くつもりだった。ただ、なぜか行く先々で小さい、細かい問題がいつも起きた。最初は気が付かなかったがあいつが全ての原因だった。そこでお前に書かせることに決めた」
「アフメド医師の記事はそこまで重要なんですか?」
「ここまでお前にはほとんど説明してこなかったが、重要だ。記事自体よりもそれに関わることがたくさんある、マルコもその一人だし、ユルマズがなぜ妨害するのかも何となく分かってきた」
「でも、その理由を僕には教えてくれないんですよね?」
ウムトの質問に答える前に立ち上がって冷蔵庫から水のペットボトルを取り出してキャップを開けると勢いよく飲んだ。
「ここは僕の家ですよ、分かってますか?」
「ユルマズを病院では見なかったのか?」
ウムトの質問に答える気はないようだった。
「見てません、もしかしたら来ていたのかもしれないですけど・・・」
ウムトの頭には病院の中庭で見かけた花柄のワンピースを着たダリヤの姿が頭に浮かんだ。彼女の言葉が気になっていた。
「ユルマズは俺が簡単には諦めないことを知っている、この件から身を引いたように見せていることも分かっているだろう」
「もしそうなら、僕が書くアフメド医師の記事にはどんな意味があるんですか?」
「ユルマズが何をするのかまだはっきりと分からないが、大きな意味を持つかもしれない。そうなればどうでもいい記事を書くわけにはいかなくなる。ユルマズも馬鹿じゃないからな。このことについては現状、何か言えることはない」




