花柄のワンピース(5)
急いでボイスレコーダーを布団の中に隠した。アフメド医師だった。
「ここにいると思ったが、ブシュラはもう帰ったのか?」
「さっき帰ってしまいました。何か話したかったようですよ」
「そうみたいだな。それと大分良くなったんじゃないか?」
「こうして話せるようになりましたから。新聞記者として来た時は気に掛けませんでしたけど、こんな素敵な中庭があったんですね。患者さんたちも気に入っているんじゃないですか?」
アフメドは窓のほうを向いた。
「前に勤めていた病院には中庭はなかったんだ。確かに素晴らしい場所だが忙しくて中々外に出ることはできない。それでも疲れを取る場所は他にもある」アフメド医師の『もうひとうつの場所』がどこなのかはすぐに分かった。なぜアフメド医師がここへ来た理由は良く分かっていなかったが。
それから暫くすると看護師がウムトの病室に入って来て、入れ替わるようにしてアフメド医師は出て行ってしまった。それからも退屈な日々が続いたが、ついにはベッドから出ることもできた。久しぶりに自分の足で立つのは不思議な感じがした。
歩き回れるようになってからは以前ほど退屈を感じずに済んだ。その日、朝食を運んでくれた看護師によるとアフメド医師は朝から手術があるようで、夕方まで顔を出さない言っていた。
外に出るのも久々だったし、その日は天気も良く、久しぶりに全身で浴びる太陽の光は何か特別なものを感じさせた。長い間ベッドから眺めていた中庭を今度は実際に歩いていると思うとまた不思議な感じがした。そして今度は中庭から自分が横になっていた病室を見上げた。正確な場所は分からなかったが、何となく見当はついていた。
中庭には花壇があり、そこには色とりどりの花が植えられていた。花壇でないところにも自然に咲いた花が中庭に彩りを加えていた。ウムトは花の名前をほとんど知らず、名前を知っていたのはチューリップだけだった。
見たことのある花だったが、名前は知らなかった。中庭にはいくつかの古い木製のベンチが置かれていて、白い塗装が剥げているところもあったが座ることに関しては問題はなかった。ウムトが適当に近くのベンチに腰掛けると、中庭の中央に立っていた一人の女性はすべての光を零すことなく全身に集めるように空を見上げていた。
目を瞑りたくなるくらい眩しく、そんな印象を抱くのは初めてだった。ウムトの視線に気がついたのだろう、その女性は真っ直ぐウムトの座ってるベンチに向かって歩いて来た。細かい花柄のワンピースが印象的だった。
「入り口がわからなくて、教えて頂けませんか?」それからウムトは丁寧に説明したが、そんなに複雑な道ではないし、ここはすでに病院の中だった。適当に歩いていれば自分でも見つけられただろう。
「ありがとう、私はダリヤ。もしかしたらまた会うかもしれないから」
「ウムトです。どういう意味ですか?」
また会うかもしれないとは?そのことについて答えることなく、ただ『ありがとう』と言ってダリヤは行ってしまった。彼女の背中を見ながらその意味を考えたが、そこまで深い意味はなかったのかもしれない。
ウムトよりも身長が高く、綺麗な女性だった。ダリヤの美しさにはガラス細工のような繊細さと華やかさがあったが、ぶつけてしまうか、落としてしまえばいとも簡単に壊れてしまうような脆さもどこか感じさせていた。




