暗闇の中で(5)
ウムトのように眠りたかったが、そうはいかなかった。気がつけば部屋の窓から朝日が入り、ほとんど眠ることができないまま朝を迎えてしまったが、それでも眠気は全く無かった。
ウムトを起こすべきか考えてみたが、気持ちよさそうに眠っているのに起こすのは気が引けたし、ボイスレコーダーがないことに気が付いたらヌルにとっては都合が悪かった。
電話の近くにあったメモ用紙を一枚破って『仕事に行ってくる。あなたのお陰で少しは落ち着きを取り戻せたみたい。シャワーを浴びるのを忘れないで』と書き残して、支度をしてから、なるべく音を立てないように部屋の扉を閉めてホテルから出ていった。
アトリエでいつものように机に向かっているブシュラの姿がヌルに安心をもたらした。昨日の出来事を忘れることは簡単ではなかったが、仕事に集中しながらいつもの自分を少しずつ取り戻していった。それでもボイスレコーダーのことは常に頭の片隅にあった。
昼休み、ヌルはアトリエを出て家電量販店に行った。店員にボイスレコーダーを見せて同じモデルのものを探していると伝えると、店員は在庫を確認しに行った。記憶の片隅には暗闇の中で見た二人の男の影がまだ残っていたし、不自然に周りを見ていたかもしれない。
店員は一つの箱を手に持っていた。ウムのボイスレコーダーと同じモデルだった。代金を支払ったが、まさかこんなに高いものだとは思っていなかった。買うつもりだったラヴェルのカセットテープを我慢しなければならなかった。近くのスーパーで昼食として適当にサンドイッチを買ってアトリエに戻った。
「遅かったね、遠くに行ってたの?」ブシュラの声から心配をかけたのは明らかだった。時計をみると、確かにスーパーに行っただけではないくらいの時間が過ぎていた。「スーパーで高校の友人に声を掛けられて、少し話し込んでしまったみたいです。心配かけてすみません」
「そうのな、どんなことを話したの?」「昔のこととか、今どこで働いてるとか、特別なことはありません」と言って適当に返事をしたが、なぜかブシュラそれが嘘であることを勘付いているようだった。
昼休みを終えて、午後の仕事に取り掛かろうとしたところで、アトリエのベルが鳴った。誰が来たのか、ヌルは見当がついていた。もっと早く来ても不思議ではなかった。扉を開けるとそこには思った通り焦ったウムトが立っていた。
全てを知っていたが、なるべく何も知らないような顔をした。
「どうしたの?」
「ボイスレコーダーがないんだ。探したけど、どこにもない」
「ホテルの部屋のどこかに落としたんじゃないの?」
「いや、全部探したんだけどなかった。君の鞄か、どこかに紛れたのかもしれない、一度見てくれない?」
ウムトは信じられないほど慌てていた。昨日、勇敢に自分の手を引いてくれた男とは思えなかった。「分かった、見てみる」と言って一度扉を閉めた。ブシュラにウムトが来たことを伝えた。
「今日は忙しいから彼と話す時間はないわ」
「違うんです。昨日、ウムトを偶然見かけたんです。カフェで少し話したんですけど、ペンがないみたいで、私のカバンに紛れ込んでないか確認してくれって」
「そうなの?まぁいいけど、あなたも仕事があるんだから、早く戻りなさいよ」
「分かってます、すぐに戻ります」
自分の鞄から新しく買ったボイスレコーダーの包みを開けて取り出した。明らかに新しかったし、ウムトは何か勘づいてしまうかもしれないと思って手で擦ったり、電源を入れずにボタンを何度も押したり、カバンの中に入れて振ってから、ウムトが待っているアトリエの玄関に戻った。




