暗闇の中で(4)
「大丈夫、ヌル?」
「大丈夫なわけないでしょ、何言ってるの?私がどこかに連れ去られたらあんたのせいだからね。あいつらが家まで来るかもしれない」
「それなら今日はホテルで泊まりなよ、お金は払うから」
「お金の話をしてるんじゃないの。もしかして今日家に帰るつもりなの?今、あなたのポケットの中に何があるのか、分かってるんでしょうね?」
ヌルが何を言いたいのかはよく分かったし、ウムトは何か言える立場でもなかった。とりあえず近くのホテルにヌルだけでも送り届けるしかなかった。ヌルが考えすぎなのではないかと思ったが、ウムトが軽率に考えすぎていたからこんなことになったのだろう。
一番近くのホテルは外国人の観光客でいっぱいのようで、空いている部屋は一室しかなかった。ウムトはヌルをここに宿泊させて自分は家に帰ろうと考えていた。鞄をヌルに預けて、翌朝アトリエに取りに行けば問題ないと思ったが受け入れるはずもなく、ヌルは怒った。
「バカなの?そんな鞄預かりたくないし、あなたがボイスレコーダーの場所を吐くまで彼らはあなたのことを殴り続けるよ、死んでも知らないからね」
「分かったよ、それじゃ他のホテルを探すから、君はここに泊まって」
「一人にするの?私がどうなってもいいの?そんな薄情な人間だとは思ってなかったけど、残念ね」
「どういう意味?」
「今日一人でいるのは無理よ。床で寝て、私はベッドで寝るから」
ヌルは受付のカウンターから鍵を受け取ると、鍵の部屋番号を見て階段を上がった。それから、ある部屋の前で鍵の番号と部屋番号を確かめて鍵を挿した。受付でその部屋は二人用とのことだったが、実際には一人部屋ではないかと思うくらい狭かった。
とりあえず、寝るだけだからとウムトは納得して、床でどのように眠ることができるか考えていた。それからヌルに「僕は朝シャワーを浴びるから、シャワー浴びてきなよ。もしかしたら寝てるかもしれないけど、何かあったら気にせず起こして」と言ってベッドから枕を取ると、部屋の隅でどんな体勢で眠ればいいか、体を何度も捻りながら楽な体勢を探した。
ヌルは何も言わず、そのままシャワーを浴びた。ウムトと同じ部屋で泊まることを受け入れたのは、ただ恐怖からではなく、そのボイスレコーダーの録音が気になって仕方なかった。怖かったが、それよりも好奇心の方が何倍も大きかった。
マルコという政治家については何一つ知らなかったが、アフメド医師はブシュラと親しい間柄だと察しがついていたし、そこにはもしかしたらブシュラに関することも、要するに二人の過去について何か知ることができる可能性があった。
ウムトに正直にその録音を聞かせて欲しいと言ったところで、聞かせてくれないのは分かってたし、だからこそ内容については説明してくれなかった。それだけ重要な何かがそこにはあるのだろう。
ただ、録音を聞くために何か具体的な考えがあるわけでもなかった。シャワーから上がるとウムトは既に眠っていた。こんなことがあったのにも関わらずいつものように眠ることができるウムトが少しだけ羨ましかった。
手の震えは止まっていなかった。ウムトの足元には、脱ぎ捨てられたジャケットと黒い鞄があった。膨らんだジャケットのポケットに手を入れてみると、すぐにそのボイスレコーダーに手が触れた。冷たいプラスチックの感触が手に伝わってきた。静かにジャケットから取り出すと手に持ったまま何事もなかったかのようにベッドに潜った。




