暗闇の中で(1)
「今は知るべき時じゃない、その時が来たらお前にも分かるだろう。あれは大きな証拠になる。ジョーカーみたいなもんさ」
「誤魔化さないでくださいよ、何を企んでいるんですか?」
「そこまで言うなら、少しは説明するべきなのかもしれないが、なんせ録音を聴いてないからな」
フルカンはそう言って机の上に料理の代金を置いた。少し急いで残りを食べ終えると、立ち上がってそのまま食堂から出て行った。ウムトの料理は少し冷めていた。スプーンを手にとって何も考えないで壁を見ていた。
「何かあったの?」と突然話しかけられて驚いたが、その声が誰のものかはすぐに分かった。少し前までフルカンが座っていたところにヌルが座った。「ここで何してるの?」「ここは食堂でしょ」と言ってヌルは手をあげて店員を呼ぶと、メニューを指して注文した。
ヌルは食堂に入っていくウムトを見かけて、声をかけようとしたが、誰かいたので躊躇したこと、特にこれといって用はなかったが、声をかける機会を窺っていたこと、食堂の外から二人のことを観察していたことを料理を待つ間に説明した。
「こんなことするの初めてだったから、何だか探偵みたいな気分になったわ。あなたと一緒に入っていった男が食堂から出てきたのを見て、入れ替わるように中に入ったの」注文したのはサイドメニューのサラダだった。
「それで、一緒にここでご飯食べてた人は誰なの?」
「フルカン、編集長だよ。仕事のことで少し話してたんだ」
「そう。あなたが来た日から、ブシュラの様子がおかしいの」
ウムトに用がなかったと言いながらも、このことについて話したかったのだろう。
「毎日のように古い香水のレシピを眺めているし、もうそのことを隠そうともしていない。前までは、私がアトリエから出る時に眺めているのを目にすることはあったけど・・・」
「またアトリエに行ったらブシュラさんは僕と話してくれるだろうか?」
「明日とか、今週は無理だと思う。もう少し時間を空けるべきよ」
「分かった。それじゃ、そろそろ会社に戻るね」
「仕事が終わって時間があったら、カフェに来て、そこであなたを待ってる」
「分かった、行けたらいく」
食堂の出口から、ヌルを振り返って見ると、こちらを見ていたから手を振ると、ヌルも手を振り返した。
ブシュラがサラについてウムトに話していないたくさんのことがあるものの、少なからず協力的であることは理解していた。アフメド医師のことについても、ブシュラの協力が必要だと考えていたが、そのためにはアフメド医師とマルコの関係について、もっとはっきり言うならボイスレコーダーの内容についても少しは触れなければならないと考えていた。
知りたい理由を伝えないまま説明してくれるとは思えなかったし、ブシュラに大きなショックを与えかねない、そのためにもヌルが重要だった。
ウムトもそのことを社外の人間に口外したことがバレればただでは済まないだろう。二人がボイスレコーダーの内容について知ること自体、危険を伴うことかもしれない。ポケットの中にあるボスレコーダーはウムトにとってあまりにも重かった。




