雨と雷(4)
次の日の朝、部屋に十分すぎる陽の光が入ってきていた・・・。
アフメドはソファーから起き上がって、カセットプレイヤーを止めた。部屋から出ようと扉に向かっていると、ふとブシュラから貰った香水の瓶が目に入った。その香りを何となく分かっていたからこそ、今まで手に取らなかったのかもしれない。
無意識に手が伸び、瓶を手に取ると、埃が手についたがそんなことはどうでもよかった。蓋を開けようとして、回してみると、長い時間が経っていたのにも関わらず、すんなりと蓋が回った。何を思ったか、次の瞬間には蓋を閉めた。
アフメドは、自分が何を恐れているのか分からなかったが、とにかく元あった場所にその瓶を戻した。家に帰ってからも、その香水の何を自分自身が恐れていたのか、気になった。
夜中、寒気を感じて、もう一枚上着を羽織ってベッドに入ったが、今度は暑くて目が覚めてしまう。結局、よく眠れないまま朝を迎えてしまった。一人で眠るにはあまりにも大きなベッドだったし、その大きさがサラの不在をはっきりと感じさせた。それだけでなく、部屋に残る様々なサラの痕跡が時にアフメドを苦しめていた。
*
ウムトは、地下鉄の駅に着いた時、ボイスレコーダーが濡れていないことをまず確認した。アフメド医師とマルコが何を話したのか気になったが、そこで聴くのは余りにも危険すぎた。
擦れ違う全ての人が自分を見ているような気がしたが、ウムトがいつも以上に擦れ違う人々を見ていたのだろう。家に食べ物がないことは分かっていたが、スーパーに寄ることなく家に帰った。
家に着くと、机にボイスレコーダー置いた。目の前にあるプラスチックの小さな筐体は信じられないほどにウムトを昂らせた。何をしていいか分からず、空腹も忘れていた。深呼吸をして、ボイスレコーダの前に座ると、自分の衝動に抗うことはできなかった。
ボイスレコーダーを手に取ると、再生ボタンを押し、アフメド医師とマルコが何を話していたのか聴いた。あまりも衝撃的な内容にウムトはどうしていいか分からなかった。マルコはアフメド医師の、アフメド医師もまたマルコの望みを受け入れ合意していた。またしてもフルカンは正しかった。
アフメド医師が渡したメモに何が書かれているのか、想像するのはさほど難しくなかった。マルコは口でこそ娘の命が大切だと言っているものの、そうは思えなかった。その場にいたわけではないし、話し声からの判断ではあるが、声に全くと言っていいほど感情がなかった。声だけ聞いたことがよりそのことを強調していたのかもしれない。
アフメド医師が手術を成功させれば、そのメモがマルコによって読まれ、多くの人の命が失われるかもしれなかった。それでも、アフメド医師が望んでいるような結果になるとは思えなかった。もしアフメド医師を止めたいのであれば、マルコの娘の手術が失敗に終わる必要があった。
アフメド医師は心臓外科であり、もし手術が失敗すれば、マルコの娘は命を失う可能性もあるだろう。動揺していたのはマルコではなく、アフメド医師だった。まるで、その日の天気について話しているようなマルコの異常な落ち着きは不気味だった。
そして、マルコがアフメド医師から望んだものはただのカセットプレイヤー、娘の命と対等とは思えない物だった。ウムトにできることはあるだろうか?何もなかったとしても、知ってしまった以上、黙っている気にはなれなかった。
目の前に解くことのできない複雑な結び目があった。




