雨と雷(3)
「トイレに行きたくて、我慢の限界だったから、仕方なく猫から離れてしまったけど、できる限り急いだの。そしたら、廊下で大きな雷の音が響いて、その音で家が揺れたの。空間が割れてしまうようなとても恐ろしい音だった。大きさとかではなく、聞いたことがない音だった。
戻ると猫の様子がおかしいのにすぐ気がついたの。呼吸が浅く、とても速かった。目が大きく見開かれていて、焦点が定まっていなかった。多分もう何も見えていなかったんだと思う。その苦しそうな姿を見ることに私は耐えられそうになかった。
自分にできることは何もないと悟ったの。猫がもうすぐ死ぬんだと、その時はっきりと感じた。死の前ではどれだけ無力であるかも学んだの。少しでも苦しみが和らげばと、猫に触れたら、信じられないくらい硬かった。全身の筋肉が硬直していたのかもしれない。そんな状態が三十秒くらい続いたと思う、本当はもっと短かったかもしれないし、長かったかもしれない。
私の瞳からこぼれた涙が次々と猫の体に落ちていった。母は、猫ではなく私のことを撫でたの。時間の概念が壊れて、この時間がいつまでも続いてしまうのではないかと怖かったけど、そんな時に私のことを母が救ってくれた。
最後の息が吐き出された時、私は何かを見たの、目で見たわけではないけど、ただはっきりと見えた。母の言葉通りに私は手で猫の目を優しく閉じた。そうしてみると、ただ眠っているようだった。不思議だったけど、もう怖くなかったわ。
母は囁くように『死者の目を閉じることで、眠らせることができるのよ。死の苦しみからもきっと救うことができる』と教えてくれたの。死から救うことはできなかったかもしれないけど、その苦しみから救うことができたのかもしれない。
その夜は眠れなかった、雨が止むこともなかったし、その雨の音を聴きながら朝を迎えたの。朝、起きてベッドの下を見る必要はもうなかったけど、祈ることは続けた。大事なことだもの。こうやって私は猫から死を学んだの」サラは長い独白を終わらせた。
手元にある本を音読しているかのような声色で、決して感情的になることもなく、アフメドに目を向けることもなかった。サラは急に立ち上がって手に持っていた本をソファーに置いた。雨は降っていたが、雷が鳴ることはなかった。その開かれたまま置かれた本に目を向けながら、サラの独白について考えていた。
猫の最後の吐息と共に何を『見た」のだろうか?
サラは、自分の跡を埋めるように全く同じ場所に腰を下ろして本を読み、それからは何も言わなかった。もう何も言う必要はなかったのだろう。
その夜、アフメドはどうしてもサラが読んでいた本が気になり、眠れなかった。はっきりと時計を見なかったが、夜中の三時くらいだったかもしれない。隣で寝ているサラを起こさないようにベッドから静かに出ると、リビングのソファーに向かった。
しかし、そこには何もなかった。あれだけいつもソファーの上に置きっ放しにされていたのに、本棚に戻したようだった。諦めてベッドに入った。隣で寝ているサラはどんな夢をみているのだろうか?意味もなくサラの頬を撫でた。
少し冷たい彼女の頬はアフメドにも眠りをもたらしたのかもしれない。その後、あれだけ本のことが気になっていたのに、ぐっすりと眠ることできた。それからも何度かその猫について話すことはあったが、その猫の死について話すのはその日のだけだった。猫のために祈っているのだろうか、なぜかそうは思えなかった。




