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サラの祈り  作者: 和正
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白いユリ(3)


簡単にフルカンを信用するべきではなかった。戻って来るのを待つ必要はもうなかったし、ウムトは机の上に置かれた二人前の料理を食べた。


レジで財布を取り出すと、どうやらフルカンが払っていたようだった。何も悪いことをしていないが、複雑な気分のまま食堂を出た。



                   *


アフメドは家に着くと、体に残る不快感を洗い流そうと、シャワーをいつもより長く浴びた。水で全てを流すことができただろうか?水の音が少しだけアフメドを落ち着かせてくれたかもしれない。医師として働く上で清潔さは非常に重要だった。


特に手術の前後は感染症などの原因になりかねないことだった。アフメドのアパートは一人で住むには広すぎたかもしれない。そもそもサラと暮らしていた時でさえ、少し広すぎるのではないかと思っていたくらいで、一人になった今、部屋を以前のように整頓された状態に保つのはほとんど不可能だった。


アフメドに時間がないのも原因の一つだった。二人で暮らしていたときはサラが部屋を綺麗にしていてくれいた。掃除という意味だけではなく、花が入れ替わり、花瓶と水が透きとおり、どこまでも見えるような気がした。サラが亡くなってから時間は進むのを諦めてしまったかのように、その日から、花瓶やあらゆるものは触れられることなくただ埃を積み重ねていくだけだった。


サラの影と共に暮らしていると言ったら嘘にはなるだろうか?アフメドは幽霊とか怪奇現象を信じていなかったが、家で、病院で、そのような出来事に遭遇しないわけではなかった。夜間、病院で不思議な音が聞こえたり、遠くを歩く不自然な人影を見たりすることはあった。


いちいち反応することもなかったし、慣れてしまうと特に何も思わなかった。ただそれでも幽霊や、その類のものは記憶の悪戯ではないかとアフメドは考えていた。朝、目が覚めると霞む目の先には人影が見えた。窓辺のその人影は紛れもなくサラだっただろう、目覚めたばかりで寝ぼけていたに過ぎなかった。


何度か目を擦ると消えてしまうものだった。記憶の中のサラを見たのだと思って、いつものようにベッドから出て時計を見ると、昼近くになっていた。休みの日はこんな風に、遅く目が覚めることも珍しくはなかった。


心臓外科医であるアフメドにとって、一般の人よりも死について考える機会は多かったが、それでも、まさかサラがこんなにも早く亡くなってしまうなんて思ってもみなかった。死は準備を重ねて来るものではなく、突然やって来るものだった。


それまで幾度となく考えてきたし、経験してきたのにも関わらず、何一つサラの死の前では役に立たなかった。アフメドは『死』の本当の姿を今まで知らなかったんだと、その時にはっきりと理解した。


サラは十二歳の時に『死』を学んだと言った。アフメドが亡くなった患者について話していた時だった、サラは突然その十二歳の時に体験したその出来事について話しはじめた。一匹の猫の死だった。「生きている存在が『生』を失う瞬間は、目には見えない」重く、聞いたことのないサラの声だった。花瓶の近くにいくつかの花弁が落ちていた。



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