取り壊されたアパート、それから不動産屋(4)
その日は気がつけば、外を眺めていた。道を行き交う人ではなく、天気が気になって仕方なかった。天気予報では雨が降るらしかったが、今はまだ降っていなかった。
昼過ぎ、段々と厚い雲が陽の光を遮り、暗くなったのを感じると、雨が窓を濡らしはじめた。雨が窓にあたる音は強まり、外がはっきりと見えないくらい窓には雨が強く降り注いでいた。仕事を終えても雨は止んでいなかった。
傘をさして帰っても、家に着くと全身が濡れていた。カバンの中も少し濡れていた。シャワーを浴びて、夕飯を食べると、すぐに眠気がウムトをベッドに誘った。雨の中をひたすら走っている変な夢だった。
目覚めると、窓から部屋に入る陽の光がそれが夢であることをウムトに理解させた。雲一つない晴天だった。会社に来ると、いつものフルカンの怒号が聞こえなかった。風邪を引いて今日は休むと朝一で連絡があったらしく、静かな日になりそうだった。
昨日の雨のせいだろうか、フルカンが風邪で寝込む?信じていいのだろうか。嘘だと考えるのがウムトにとっては自然だったが、嘘をついてまで何をしているのかは分からなかった。フルカンがいないだけで、ウムトの心は軽くなった。タバコの匂いもしなかったし、本来ここはそんなに悪い場所ではなかったのかもしれない。
ウムトの手にはブシュラから貰ったメモが握られていた。そこにはアフメド医師の両親が住んでいるアパートの住所が書かれていた。フルカンが不在だったので、ウムトは他の社員に『フルカンに頼まれたことがある』と嘘をついて外に出た。
メモに書かれた住所に着いたが、そこにアパートはなかった。がっかりしたが、仕方のないことだった。ブシュラが言っていたように取り壊されてしまったのだろう。そこには新しいビルが建てられていた。ビルの中を覗いてみると、ポストにはいくつかの会社の名前が書かれていた。
このビルが建つ前のアパートについて知っている人はいるだろうか?一番近くの扉をノックしてみた。どうやら、そこは建築事務所らしく、昔取材に行った時のことを思い出した。建築事務所はどこもこんな感じの所なのだろうか。
残念ながら、そのアパートについて知っている人はいなかった。ただ古い不動産屋が近くにあるらしく、もしかしたら何か知っているかもしれないとウムトに不動産屋の住所を教えてくれた。
不動産屋に向かう途中、暑さで汗ばみ、ジャケットを脱いでからウムトはまた歩きだした。汗はまったく引かなかった。言われた通りの場所に不動産屋があった。もし、教えてもらわなかったら、見逃していただろう。通りの目立たない場所だった。
窓に貼られていた紙は紫外線で黄ばんでいたし、ところどころ文字が霞んでいた。ガラスの引き戸をノックしてみたものの、中から返事はなかった。人がいる様子もなかった。中を覗いてみたが、やはり人影はなかった。
諦めてそこから立ち去ろうとしていると、奥から人の足音が聞こえた。そのまま少し待ってみると、引き戸が開いた。そして、ウムトの前には一人の老人が立っていた。分厚いベッコウ柄の眼鏡が印象的だった。艶のある高級な眼鏡だった。
それとは反対に老人が着ていたシャツは襟がよれていて、元々そういう色なのか、黄ばんでしまったのか定かではないが、とにかく着古されたシャツだった。お腹には隠しきれていない膨らみがあった。七十歳ぐらいだろうか?




