ボイスレコーダー(4)
焦りがウムトに汗をかかせた。ジャケットを脱いでそばに置いた瞬間、一つの考えが浮かんだ。アフメド医師に見えないようにジャケットのポケットにボイスレコーダを入れたが、まだボタンは押さなかった。
アフメド医師も落ち着きを失い、マルコの来訪を気にしているのをはっきりと読み取ることができた。ウムトは勘付かないことを願いながら額の汗を拭った。
行き当たりばったりなウムトに段々と腹が立っていただけで、アフメドは何も勘付いていなかった。急な予定の変更を嫌い、不機嫌になっていた。今のところ、記事になるようなことは何も話せていなかった。
「もういいか?終わらせたい仕事がいくつかあるんだが?」と言ってアフメドが立ち上がった。それに対してウムトが「そうしましょう」とあっさり受け入れたのは不自然に映ったが、マルコが来る前に目の前にいるこの新聞記者を追い出すことができるなら何でもよかった。
ウムトが部屋に置き去りにしたジャケットがアフメドの目に入ることはなかった。部屋を出ると、ウムトをロビーまで送り、病院から歩いて出て行くのをしっかりと目で見てから机に戻った。何とかマルコが来るまでに落ち着きを取り戻したかった。
つまらない記事が新聞に載ることは簡単に想像がついたし、同じようにつまらないことばかり聞いてきたウムトのことを考えると自然と溜め息が漏れた。
突然、あの不吉な街灯の光が頭に浮かんだ。あの日以来、あそこを通っていなかった。窓から外を眺めると、暑い雲が空を覆い、濃い灰色の巨大な雲がアフメドに向かってくるようだった。
机で事務作業をしながら待っていたが、ほとんど手につかないままだった。受付の職員がアフメドを呼びに来ると、すぐに病院の入口に向かった。高級な灰色のスーツと黒い革靴は病院で余りにも目立った。
アフメドの前まで歩いてくるとマルコは挨拶をしたが、少し後ろにいる二人の男は無表情のままだった。あの街灯から感じた不吉なものとマルコから感じられたものは似ていた。死に招待するかのようにアフメドに向かって手を伸ばし、自分の手を握るのを待っているようだった。不本意だったがアフメドは握手するしかなかった。
冷たい手だった、それは体温ではなく、彼の冷酷さや残酷さから感じられる冷たさだった。「その手で数えきれないほどの患者を救ってきたんですね?」一刻も早くその手を離したかったが、マルコはなぜか離そうとしなかった。
「そうかもしれませんが、手術で大事なのは手だけではありません・・・」
「そうですか。忙しいでしょうから、要件を伝えましょう。娘を救ってもらうために来ました。どこか内密に話せる場所はありますか?」
「もちろんです。着いて来ていただけますか?」
アフメドは、マルコが頷くのを見ると歩きだした。薄くなった髪、しわがれた声、落ち窪んだ目、アフメドがマルコに抱いた暗い印象は会ってから五分しか経っていなかったが、変わることはなかった。マルコの吐息から血の混ざった匂いがしたかもしれない、気のせいかもしれなかったが不気味であることに変わりはなかった。




