ボイスレコーダー(3)
「約束は明日のはずじゃ?」
「明日どうしても外せない仕事があって今日来たんです」
ウムトが嘘をついていると考えるのは薄情だったが、今日来ることを予め考えていたような声色だった。「すまないが、突然来られても困る」ウムトを病院から追い出したかった。マルコがそろそろ来るし、そのことを知られたくなかった。
「もう手術もないようですし、これといって仕事があるわけではないと聞きましたが?」「手術だけが仕事じゃない。十分だけ話を聞いてやるから、終わったらすぐに帰れ」話す以外にウムトを帰らせる手段が見当たらなかった。そのままカセットプレイヤーがある部屋に連れて行った。
ウムトは、そこが香水の瓶が置いてある写真の部屋だとすぐに気がついた。香水の瓶は埃が被っていたが、最近その瓶に触れたのか、埃の被ってない不自然な部分があった。
「ここで患者と話しているんですか?」
「いや、ここは空き部屋みたいなところだ。この部屋で仮眠したり、一人になりたい時に使ってる」
アフメドはいつものようにソファーに座った。
「優秀な医者になれば休憩するために一部屋与えらえるようですね」と言ってウムトもテーブルを挟んだ向かいのソファーに座った。
「勘違いしないでくれ。無駄話をするつもりなら仕事に戻るが、いいか?」
アフメドは目の前のウムトではなく、マルコのことで頭が一杯だった。ウムトもまた、アフメドと話すことではなくボイスレコーダーを置く場所を考えながら部屋を見渡していた、その視線は明らかに怪しかった。そもそも、ここで二人が話すのか定かじゃないし、他のところで話すのなら、ウムトに為す術はなかった。
「何か探しているのか?」アフメドがそう思うのも当然だった。「そうではなくて、あのカセットプレイヤーでフォーレを聴いているんですか?」と言って指差した。香水の瓶とか、部屋にある他のものとは違ってほとんど埃を被っていなかった。毎日聴いていることは容易に想像がついた。アフメドは心の中に土足で入られたような不快感を覚え、何かの記事でそのようなことを答えたのをすぐに思い出した。
ウムトとブシュラが知り合ったことも快く思ってなかったし、何をウムトに伝えたのか気にはなってはいたが、そのことでブシュラに電話するつもりもなかった。
「新しいモデルもたくさんあるが、新しいものが良いとは限らない。それに、長く使っていると自分に馴染んでくる、メスや手術道具も同じだ。もういいか?カセットプレイヤーについて記事を書くのか?」
さっさと帰らせたかったが、ウムトはそうではなかった。なんとかしてボイスレコーダーを置ける場所を見つけたかったが、見つけられず、焦っていた。マルコがそろそろ来ることはウムトも分かっていた。「あなたと病院について記事を書くんです。それから、まだ来たばかりですよ?あのカセットプレイヤーはきっと僕の年齢と同じくらいか、それ以上に古いものですよね?ちょっと気になっただけです・・・」




