ボイスレコーダー(2)
「光のトンネルみたいね」サラの言葉の通り、不思議な光景がそこにはあった。
サラの隣を歩いていると、このような光景に出会うことが度々あったし、決して見逃さなかった。言われなければ気が付かなかったかもしれない。サラが見ている世界はアフメドや、普通の人とは違ったのだろう。
家に着いてからも、帰り道の雨上がりの土の香りと光のトンネルについてサラは熱心に話した。その時の子供のような眼差しを忘れることはなかった。
サラが亡くなってからも、雨は降ったし、鳥も鳴いていた。それでもその日みたいな目と心が奪われるような光景に出会えなかった。サラの死をもって、世界は変わってしまったような気がしてならなかった。
どのように小説を読むか、絵を眺めるか、音楽を聴くか、人それぞれの視点がある。一人の人間を知る際に役立つかもしれないし、それらの作品がアフメドにより深くサラを理解させたのも事実だった。
サラの興味を引く二つのものが水とガラスだった。だからこそ噴水で時間を過ごすことを好み、ガラスの花瓶に、窓ガラスに目を奪われていたのだろう。二つとも透明だった、そこに映る自分自身を見ていたのだろうか?知ることのできない問いだったがアフメドにそのような印象を与えていた。
病院から出ると外は暗く、街灯の一つが消えかけていた。なぜか、その消えそうな街灯が頭に残り、マルコの声のような不吉な何かを感じさせた。家に帰ってからも、その不吉な感覚を拭い去ることができなかった。
手についた接着剤が洗いきれないような感覚がアフメドを不快にさせた。無駄だと分かっていながら、何度も何度も手を洗った。実際手に何かがついているわけではなかった。
中々、眠れなかっただけでなく、朝目覚めた時にティーシャツとシーツは今までにないくらい汗で濡れていた。夢で何かをみたのだろうか?何一つ覚えていなかった。いつも通り顔を洗って、軽い朝食を済ませてから病院に向かった。
時計のどんな小さな部品にも役割があって、その小さな部品が欠けてしまうだけで時計が動かなくなってしまうことだってある。アフメドは、自分自身の小さな部品を落としてしまったような気がしていた。
その日、自分を見失ったまま時間が過ぎていき、気がつけば日は沈むところだった。夜が訪れ、病院を出ると、あの不吉な消えかけの街灯を思い出した。あそこを通らないためには、遠回りするしかなかった。
なぜそこまであの街頭の前を通り過ぎたくないのか理解できないまま、足は自然といつもとは違う道に向かっていた。それからも何日かその街灯を避けるために遠回りして家に帰っていた。
そうやって時間は過ぎ、マルコが病院に来る土曜日であることをテレビの天気予報をがアフメドに知らせた。夕方、手術を終えてロビーを歩いていると、見たことのある人物がそこに座っていた。
明日の夕方に話すと約束したあの新聞記者だった。気が付かない振りをして通り過ぎるつもりだったが、それは無理だった。アフメドを見つけるとすぐに「すみません、アフメド医師、いいですか?」と声を掛けてきた。




