ボイスレコーダー(1)
「やぁ、アフメド医師。日曜の夕方に行くと伝えたが、私を追っている連中がいるようで、土曜日の夕方に行くことにした。周りをうろつかれるのはいささか鬱陶しい。このことは誰にも言わないでくれ、内密にことを進めたいからな」
「分かりました。一時間ほど話せると思いますが、いいですか?」
「問題ない」
「なぜ秘書を通すことなく、直接連絡してくるんです?」
「深い意味はない、大事な娘を任せるからとでも言えば納得してもらえるかな?」
マルコは嘘ついているようではなかったが、隠している何かがあるようだった。アフメドが何かを勘付いていたとしても問題ないのか、隠そうとしているようでもなかった。
「あなたの娘が手術を受けるんですか?」
「土曜日にそのことについても詳しく話す。それではまた」
突然、電話は切られた。マルコの声は人から何かを奪い取るような嫌なものが含まれていた。人間の最も深く暗い所に行ったことがあるのだろうか、普通の人が知らない深い闇に触れたことがあるのかもしれない。アフメドにトラックの荷台で過ごした夜の寒さと、暗さを思い出させた。
その夜、母親の手がアフメドを救った。問題なく目的地に辿り着けることを祈りながら強く握っていた。アフメドは何一つ知らないまま、ただ父親の言葉に従っていた。ある日、テレビを見ていると馴染みのある風景が目に映ったが、そこはもうアフメドが知っている故郷ではなかった。
変わり果てた風景がそこにはあった。十秒ほどの短い映像でも、はっきりとそこがどこなのか分かってしまった。アフメドは突きつけられた事実にしばらくテレビの前から動けなかった。テレビでの光景からすぐにはそこに戻ることができないとはっきり理解した。
父と母は、このことをアフメドに見せたくないようだった。家族の誰もが知っているのに、話されないこの話題は、話されないことによって常に家の中を漂う煙みたいだった。
トラックの荷台で過ごした夜、明けることがない暗闇と冷たさを感じながらアフメドは深いどこかに落ちてしまったのか?母親の手を握っていないと、戻って来れなくなるような感覚に包まれていた。サラの喪失が再びアフメドをその深いところに落としいれた。人は死から逃れることはできず、医者とは死から逃げようとする人間の手助けをしているのだろうか?
「アフメド、聞こえてるの?どう、雨上がりの土の香り?」サラの声が聞こえた。映画館か美術館に行った帰り道、昼過ぎだった。その日は嫌な雨ではなかったが、朝から止んだり、降ったりを繰り返していた。
雨が止むと、雲の隙間から太陽が顔を出し、葉の上に落ちた雨の滴は陽光に照らされて、光の粒みたいだった。湿った空気が流れ、その天候によってもたらされた香りをアフメドも嗅いでいた。木に囲まれた住宅街の道だった。
鳥の鳴き声が辺りに響いていた。高音の鳴き声が空気を洗い、澄んでいく過程でその純粋な香りが生まれていくのだろう。雨は止んでいたが、木の葉から二人の肩に雨の滴が落ちた。




