街の美しい場所(1)
新品のボイスレコーダーだっただけでなく、これもまた最近発売されたばかりのモデルだった。フルカンはウムトに押し付けるように渡した。
「何ですか、これは?」
「ボイスレコーダーだろ、使ったことないのか?」
「そういう意味じゃなくて、どうして僕に?」
「とりあえず、そうだな、倉庫で話すか」とフルカンの低い声には不吉な響きがあった。
倉庫に誰もいないことを確認すると「これでアフメド医師が話すことを録音してくれ」と言った。「いつものことじゃないですか?何の問題もありませんが・・・」「違う、マルコと何を話すのか、それを録音してくれ」二人の会話を秘密裏に録音しろという意味だった。フルカンの口から出たエジプトの政界の重鎮の名はウムトの悪い予感を確信に変えるものだった。
「いいんですか?これって盗聴ですよね、許されないことだってあなたから説明された気がするんですけど」ウムトはこうなればフルカンから逃げることはもうできないことを何となく勘づいていた。
「そんなことは今どうでもいい」「僕がそんな危ない仕事を引き受けると思ってるんですか?仮に、上手く行ったとしても、何の役に立つんですか?公表できることでもなければ、記事にできる内容じゃないですよね?」
「何かを明らかにしたり、記事に役立てるつもりはない」フルカンの思惑は暗闇の中だった。「そんな重要な仕事を僕に任せようとしてるんですか?あなた自身でやった方が成功する確率も高いと思いますが・・・」「俺はもうこのことに関して、あまり首を突っ込めない。疑われてる」ウムトもフルカンを疑っていたし、信頼しているとは言えなかった。
もしウムトが失敗すれば、全ての責任を背負わせるつもりだろう。フルカンにとってリスクはなくなるし、そういう事をするような人間だとウムトは思っていた。それでも断ることはできなかった。
「とりあえず、僕がやらないといけないんですよね?」こう返事をすることもきっと分かっていたのだろう。「二人がどこで話すのか明らかじゃない。とにかく、そのボイスレコーダーを置いて会話を録音して、ボイスレコーダーを回収するまでがお前の仕事だ。必要なら何をしたって構わない」「何をしたって構わない?」フルカンはただ頷いた。
あまりにも困難なことだったし、不明確なことが多すぎた。「もし上手いこと録音して回収することができたら、このポータブルカセットプレイヤーとフォーレのカセットテープはお前にやる。それまでは俺が預かっとく」と言って、倉庫のドアを勢いよく開けて出ていった。ウムトも少し時間を置いてから、何事もなかったように机に戻った。フォーレのカセットテープを髪を切るために渡したお金で買ったことは分かっているようだった。
フォーレのカセットテープの替わりにボイスレコーダーがウムトの手にあった。試しに自分の声を録音してみた。ボイスレコーダーから流れる自分の声は何だか変な感じがした。他にもう一つ録音があった。
再生ボタンを押してみると「・・・ウムト、これを聴くならトイレかどこかに行け、誰にも聞かせるな。アフメド医師につ・・・」そこで一度停止した、フルカンの声だった。
トイレに行く際にフルカンのデスクの前を通ったが、ウムトに目を向けることはなかった。ただ、ウムトが録音を聴いて席を立ったのには気がついているはずだった。トイレには誰もいなかった。再生ボタンを押すと、続きが流れた。




