水の中にあるもの(6)
あの日は、前から約束していた湖に三人でピクニックに行く楽しい一日になるはずだった。朝、アフメドとサラの家へ行き、支度をして家を出た。少し歩いたところでブシュラは忘れ物に気がついて、アフメドから鍵を受け取った。
念入りにもう忘れ物はないかと確認してから、外に出てから小走りで角を曲がると、そこには道路に横転したトラックと、花が道路の一面に敷き詰められている光景が広がっていた。そして、その花々に埋められるように、サラとアフメドがいた。アフメドの腕に抱かれているサラを見た瞬間、全てを理解した。
その時の花の香りこそ、サラがいつも話していた香りで、アフメドに渡した香水であり、引き出しの奥のレシピだった。たくさんの花が織りなす混沌とした香りの中にも秩序があった。美しい楽曲が生み出す、複雑な旋律の中にある心地よさのようなものだった。生き生きとした花の香りに包まれて一人の女性が命を失った。
その香水を作ろうと心に決めてから、いざ香料を調合していると、涙せずにはいられなかった。その香りに近づけば近づくほど、サラの死が、あの時の悲しみが、香りとなってブシュラに襲いかかってきた。
それでも、途中で投げ出すことは絶対にしなかった。どんな香水なのか説明しなくても、アフメドは全てを理解していたかもしれない。この一連の振る舞いが正しかったと確信は持てなくても、後悔はしていなかった。
ブシュラは家に帰り、深くソファーに座った。サラが家に来るのは珍しくなかったし、窓辺が気に入っていた。必ずそこに立って、外を眺めていた。ブシュラはその時のサラの顔を覚えていた。髪が彼女の顔を隠していても、全く見えないことはなかったし、彼女の瞳から溢れている感情を理解するのは不思議と難しくなかった。
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「何だこれは?」
「どうしてカセットテープなんか買ったんだ?お前にそんな趣味があるなんて聞いたことないぞ」
フルカンは、ウムトの手にあった包みを取り上げ、カセットテープを返すことなくデスクに戻っていった。最新のポータブルカセットプレイヤーがフルカンの手にあった。つい最近、テレビのコマーシャルで流れていたのをウムトは覚えていたし、ボロボロの鞄には決して似合わない最先端のものだった。
カセットテープを買った時にも、幾つかのポータブルカセットプレーヤーが陳列されていて、真ん中に置かれていたのが、今フルカンの手にあるモデルだった。そこにウムトから奪い取ったカセットテープを入れて、付属のイヤホンで音楽を聴きだした。
「こんな音楽が好きだったとはな、意外だな」
「アフメド医師が聴いているみたいです」
フルカンはウムトの返事ではなく、音楽に耳を傾けているようだった。ふと何かを思い出したかのように再びそのボロボロの鞄に手を突っ込んで何か探していた。




