水の中にあるもの(5)
祈りの庭、その名前はサラの祈る姿や、あの噴水をどうしても思い出させてしまった。
ブシュラはサラが亡くなってから数年後に、一人であの噴水に行ったことがあった。そこに行けばなにか見つかるのではないかという淡い期待に抗うことができなかった。弱い風であっても簡単に木から葉が落ち、肌寒い日だった。
そこはまるで時間が止まったかのように、何も変わっていなかった。噴水に腰掛けて、噴水の中を覗き込むと、水の中で何かが光っていた。揺れる水面のせいではっきりと分からず、袖をまくって水の中に手を突っ込んだ。その小さいものを冷たい水の中で確かに掴むと、水から取り出した。銀ではなくて、ステンレスの指輪だった。メッキが剥がれていた。
サラがいつの日か、噴水に沈む指輪について話したのを覚えていた。サラとアフメドは結婚していたが指輪を嵌めていなかった。手術をするアフメドにとって何かを手につけることは避けたかったのかもしれない、たとえそれが結婚指輪だとしても。
腕時計をしている姿もほとんど見かけることがなかった。サラが結婚指輪について不満を漏らしたことはなかったし、もっと大切なものが二人にはあったからこそ、指輪など取るに足らぬことだったのだろうか?
それからブシュラはその指輪を噴水の中に戻した。濡れた手から水滴を飛ばすために手を振った。水滴は宙を舞い、噴水の冷たい水がブシュラの顔にかかった。その日以来、もう一度そこへ行くことはなかったが、あの指輪がまだ水の中に落ちたままなのか、ふとした瞬間に頭をよぎることが一度ではなかった。
長い時間が過ぎても、時は動きを止まってしまったかのように、サラを失ったことが薄れることなくブシュラの脳裏にあった。どれほど時間が過ぎたとしても、意味をなさなかった。
サラが話したことを本当に理解できていただろうか?サラは頭に浮かんでくるあらゆるイメージを逃さないために言葉にしていた。それを聴き逃さないことがブシュラの役目だとしたら、その勤めを果たせたかどうか、自信を持てなかった。
サラを失ってから、生きていれば一緒に過ごすはずだった時間を何かで埋めなければ、虚無に飲み込まれてしまいそうな恐怖を常に感じていた。その時間を仕事で埋めて、ブシュラの精神状態とは反対に仕事は上手くいった。
サラは花に囲まれて最後を迎えた。辺りを包み込む花の香りは、大切なものを永遠に失ってしまったことを意味していた。死と深く結びついた香りだったが、それと同時に今までにない美しい香りだった。サラが口にしていた理想の香水に限りなく近い香りだった。サラの言葉がブシュラの頭の中を駆け巡っていた。




