水の中にあるもの(1)
「もし目の前に私と全く同じ女性が現れたら、その女性を愛することができる?」
「難しいね、その女性は君じゃない、どれだけ似ていたとしてもね」
「そう、私じゃない。造花は私にとって花ではないの。美しい彫刻に命が吹き込まれたとしても私はその像を愛することはできない」
サラの言葉には確かな重みがあり、安易に口にしたその質問をアフメドは後悔した。もしサラを完璧に模した大理石の彫刻に命が吹き込まれたら、アフメドはどうするだろうか?その先に待っている答えがなんであろうと、考えたくなかった。
それからサラはダイニングテーブルの真ん中にあるガラスの花瓶を眺めながら、次は何の花を生けようか、考えに耽っているようだった。花は少し枯れていた。それでも綺麗な色彩を残していた。
サラがそのガラスの花瓶の花を交換することはなかった。花が枯れるように、人もいつかは死んでしまう。医師であるからこそ、アフメドは一般の人よりも死というものに触れているという自負があったが、何の役にも立たなかった。愛する人の死は、これまでにない大きな痛みをアフメドに与えた。その枯れた花を捨てることがどうしてもできず、埃の被ったガラスの花瓶が部屋に置かれたままだった。
サラの祈る姿が時々、頭に浮かんできた。何を祈っていたのか?今となっては知ることはできなかった。朝、目が覚めると、サラが手を合わせていた窓辺に立ってみた。そこから特別なものはなにも見えなかったが、その景色は初めて見るような気がしてならなかった。
そこはサラの場所なのかもしれない。薄らと花の香りが部屋に流れてきた。どの花なのかサラならすぐに言い当てたかもしれない。この香りはどこからきているのか?一つの花の香りではなく、複数の花の香りだった。
近くにあった花瓶を手に取って鼻に近づけてみたが、違った。それから時間があればサラのようにそこに立ち、窓を開けると、必ずその花の香りがした。風に乗って遠くからここまできているのだろうか?それでも不思議だった。
時が過ぎるにつれてサラの祈りについて考えることは減り、噴水に落としてしまった指輪のように忘れ去られてしまっただろうか?
サラにとって噴水とはなんだったのか?これもまた何度もアフメドの頭に浮かんでくる問いの一つだった。十八歳のアフメドにとって、そこはサラに会うことのできる場所だった。サラにとって噴水は水の音を聴くための場所であり、水が流れるその場所は再会の可能性を表していた。
サラが肩から流れるような髪を耳に掛けると、彼女の美しい輪郭がはっきりとした線をみせた。絵画の巨匠たちが探し求めた線だったかもしれない。さっき咲いた花のように瑞々しさに溢れる唇から漏れる声、吐息はアフメドに抗えない欲望を駆り立てていた。
本当にマルコは病院に姿を現すのだろうか?マルコの存在はアフメドの頭の中で影を降ろしていた。サラの言葉もまた記憶の深いところから、それこそ井戸から汲み上げられる水のように浮かび上がってきていた。
あの夜、置き去りにしたのはカセットプレイヤーを運べたとしても、すぐに壊れていたかもしれない。それでも持ってくることに大きな意味があった。




