窓辺で手紙を読む女(5)
冷たい、静かな朝だった、サラが窓を開けて胸の前で手を合わせていた。目を閉じて、顔を少し下げたサラの姿はアフメドに一枚の絵画を連想させた。ドイツの美術館で観たフェルメールの「窓辺で手紙を読む女」だった。
手紙を読む女性の代わりにサラがそこで手を重ねていた。フェルメールはサラをモデルにしてその絵を描いたのかと、そんなはずないが、それほどその姿がその絵画と見事に重なっていた。
ドイツの美術館で初めてその絵を見た時、すぐに立ち去らず、時間が許す限りその絵の前に居続けた。どれくらいの時間が過ぎたのかは分からないが、学芸員がアフメドに閉館の時刻を知らせるために声を掛けてきた。名残惜しくも、そこから離れなければならなかった。
そのフェルメールの絵のポストカードを買ってから美術館を出てホテルに戻った。どこにあるのか覚えていなかったが、引き出しを次々に開けていけばそのうち見つかるだろう。
その美術館に行きたいのは本音であっても、美術館を巡るためではなく、お世話になった医師を訪問するためにドイツにいた。幸いにも時間を見つけることができた。
帰国して、空港のロビーでアフメドの帰りを待っているサラを見つけると、アフメドはどこかで話したいとサラにわがままを言って、空港のカフェに向かった。家に帰ってから話せばよかったのかもしれないが、その絵についてどうしても話したかった。
コーヒーは美味しくなかったし、水で薄めたような味だったが、そんなことは気にならなかった。コーヒーの味など重要ではなかった。鞄から急いでポストカードを取り出してサラに渡した。彼女が朝早く起きて窓辺で立っている姿と絵が重なることを説明したとき、サラは顔を歪めた。それはコーヒーの味にではなく、アフメドの言葉に対してだった。「窓辺にいる私をみていたの?」
彼女の口から初めて聞く苦みの混じった声だった。サラは毎日、朝早く、あそこで祈っていたのだろうか?窓辺で祈るサラの姿を見るのは一度きりではなかった。
サラの言う「天使」が何を意味は謎に包まれたままで、それは何かの比喩だったとアフメドは考えていた。ある人を探していることを噴水で知って以来、その人物について気にはなっていたものの、サラが教えてくれることはなかった。どうして手助けを望まないのか?サラがそこまで頑固になる理由がわからなかった。そして、祈る姿を見られるのも望んでいないことだった。
「いつもではないけど、君が窓で手を合わせているのを何度か見かけたんだ・・・」
アフメドが告白すると、サラは深くため息をついた。その日以来、窓辺で手を合わせて祈るサラの姿を目にすることは二度となかった。なぜそれほどまでに、祈る姿を見られたくなかったのだろうか?




