窓辺で手紙を読む女(3)
高級な生地が光沢を放つブルーのストライプのシャツ、ネクタイの結び目、きっちりと分けられた髪、全てが完璧だった。笑ったときに顔に浮かぶえくぼですら計算されたものなのか?今まで一度も土に触れたことがないような手だった。
ヌルはあまりにも完璧なシナンが怖かった。ただ話しているだけなのに、周りの視線をいつも以上に感じ、その視線は決して心地よい種類のものではなかった。香水の試作品を押し付けるように渡し、逃げるようにオフィスから出て行った。息が詰まりそうだった。
用事があるのは嘘ではなかったが、ガムゼの仕事が終わるまでまだ時間があった。それから何となくショッピングモールに入ったり、カフェでコーヒーを飲みながら行き交う人々を眺めていると時間は勝手に過ぎた。そうやって落ち着きを取り戻しながら、席を立った。
ミュージックショップに着く頃には五時を過ぎていたが、ガムゼはまだ働いていた。彼女を待ちながら、店内を歩き回って普段は手に取ることのないジャンルのカセットテープや、何に使うのか分からないケーブルを手にとっていた。
それでも気がつくと、いつものようにクラシックミュージックの棚の前にいた。フォーレのカセットテープを手にとりながら、昼間のあの若い男のことを思い出していた。
「待った?ごめんね」
「そんなことないよ。それじゃ、行こっか」
フォーレのカセットテープを棚に戻した。二人には気に入っているカフェがあった。今度は違うカフェに行こうと話しながらも、結局はそこに落ち着くことが多く、その日もそうなった。
「いつもここだけど、ここが落ち着くのよね」
「そうね、早速なんだけど話したいことがあるの」
「なに?」
「あの後、またお店に来たの。それに散髪したみたい。最初誰だか分からなかったけど、服ですぐに分かった。フォーレのカセットテープだって買ってたんだから」
「だれのこと?」
「ほら、昼間見たでしょ?変な髪型の若い男」
「不審者みたいな言い方やめてよ。それじゃ、カセットテープを買うために来たの?」
「そうだと思う」
「髪を切ったら考えも変わっちゃったの?」
「そうね、気になることは沢山あるけど、髪を切ったら意外とハンサムだったんだよね」
「嘘でしょ?」
店員が注文したコーヒーとケーキを持ってきてテーブルに置いた。特別なカフェではなかったが、好きなように話していられたし、居心地が良かったから二人は気に入っていた。
ヌルは音楽が好きなだけでなく、カセットテープを集めるのが趣味だった。同じ作曲家の、同じ曲でも、いつ、どこで録音されたのかで微妙な違いがあったり、その小さな違いがどのような印象を与えるのかを聴きながら楽しんでいた。
そして、ガムゼの働いているミュージックショップはカセットテープの品揃えが他のところとは比べ物にならないくらいたくさんあった。ヌルは休みの日、必ずではないものの頻繁に足を運んでいた。
ガムゼは香水が好きで、たまたまその日つけていた香水はブシュラの作ったものだった。そのことを言い当てたヌルに驚かされ、ブシュラのもとでヌルが働いていることを知ると目を丸くした。二人はすぐに打ち解け、仲良くなるのに多くの時間はかからなかった。
しかし、その日は香水や、音楽ではなく、その若い男が二人の話題の中心だった。彼について勝手に想像しながら話すことは面白かったし、二人が思っていた以上に盛り上がった。その若い男が来たら必ず知らせることをガムゼはヌルに約束した。外に出ると、夜の微風が二人の髪を揺らした。




