窓辺で手紙を読む女(1)
新聞記者としてフルカンの下で働き始めてから五年ほどの月日が経つのに、会社の近くに何があるのかほとんど興味を持っていなかった。このミュージックショップは窓からも見えたし、その存在だけは認識していた。
大通りの角を曲がるとレストラン、スーパー、カフェ、床屋、その通りには何でもあった。最初に見つけた床屋は定休日だった。少し歩くとまた床屋があった。休みではなかったが、何人か待っている人がいた。できれば待ちたくなかったから、別の床屋を探すことにした。
すぐ近くに違う床屋を見つけて、そこで髪を切ることにした。中でおじさんと若い男が暇そうに話していた。久しぶりの散髪はそう悪いものではなかった。髪型だけでなく、鏡に映る顔まで凛々しくなった気がした。職場に戻るつもりだったが、ミュージックショップの前で足が止まった。また店内に入って、フォーレのシシリエンヌのカセットテープを手にとって、裏返したり、隅々にかカッれていたことを読んでいた。
店を出ると、ウムトの手にはカセットテープが握られていた。一番の問題はこのカセットテープ買うためにフルカンから貰ったお金を使ってしまったことだった。カセットテープを買ったものの、聴く手段はなかった。ウムトはカセットプレーヤーを持っていなかったし、これから買うつもりもなかった。戻ってきたウムトはすぐフルカンに呼び止められた。
「どこに行ってた?随分戻るのが遅かったな」
「床屋を探し歩いていたんです」
「そうか。お釣りはあるか?」
ポケットから余ったお金を取り出して机の上に置いた。恐らく、思っていたよりも少ない金額だっただろう。それでも何も言わずにフルカンは黙って財布にお釣りを戻した。
ウムトは不思議に思いながらも机に戻り、アフメド医師に関する資料を夕方まで読み続けた。フォーレのシシリエンヌに言及されていたのは結局その一箇所だけだった。他のところは病院や手術について延々と語られていた。
カセットテープを手で弄りまわしながら、そのプラスチックの質感を確かめていた。ただその音楽を聴く手段はなかったし、無駄なことをしてしまったのは明白だった。それでもなぜか買わないといけない気がした。
*
ミュージックショップに見慣れない一人の男性客が入ってきた。ヌルの横を通り過ぎて、奥にいる店員であり、友人のガムゼに話しかけた。ボサボサの髪は起きてから鏡を見ないで外出したかのようだった。
それからクラシックミュージックのカセットテープがある棚に向かって行くのを目で追っていた。ヌルもその棚にある新しく発売されたラヴェルのカセットテープが気になっていた。
何を聴いているのかヌルは気になっていた。何も買うことなく、扉を開けて外に出て行く彼の姿が見えた。カセットーテープを並べ直しているガムゼに新しく入荷したラヴェルのカセットテープの場所を教えてもらった。




