朝の風、遮られた言葉(1)
入院して以来、ダリヤにとって中庭はとても大事な場所になっていただけでなく、これから先も変わらず大事な場所であり続ける気がした。
「病院に長く滞在することは患者にとって時に辛いものです。良くなっていないのだろうかと不安に苛まれたり、どうしても暗い考えが頭に浮かんで雲のように頭の中を覆ってしまうんです。それでも、こんな素敵な中庭があれば落ち込んでしまいそうな気分を晴れさせてくれるかもしれません」
幼い頃から色んな病院を巡ってきたダリヤの言葉には手に物が落ちてくるような重みがあった。想像や憶測ではなく自身の経験が含まれていたからかもしれない。
「残念ながら現在の医学では治せない病気があるのも事実です。そう言った意味では、この中庭は医師や看護師よりもずっと患者に寄り添えているか、役に立っているんでしょうね」
今まで手術を通して多くの患者を救ってきたかもしれないが、本当にそうだろうか?そのことをアフメドに突きつけたのが患者の手首に刻まれた頭から離れることのない六桁の数字だった。
「何でも役に立つとか、利益があるとか、そう考えてはいけないと思いますよ。人間は思っているほど合理的ではありませんし、感情に振り回されることだってありますよね?」ダリヤが何を言いたいのか分からないほどアフメドは鈍感ではなかった。ただその話題を避けようとするアフメドを見兼ねたようにはっきりとダリヤは言葉にした。
「その女性について無理に話してくれとは言いません」アフメドが手術によってダリヤを救おうとしているように、ダリヤもまたマルコからアフメドのことを救おうと自分にできることの為にその女性について知りたかった。
「サラを初めて見たのは十八歳の時でした。噴水に腰掛けるその姿は、深い森からこの世界に迷い込んでしまった妖精のようにうつろで、定まらない視線に誘われたのかもしれません」
アフメドもダリヤの目を見ながら話していた。過去への恐れを少しは拭い去ることができたのだろうか?
「初めて自分から女性に話しかけようとしたんですけど、最初にして最後だと思います。そんなことをするなんて正直信じらませんでしたよ。ただ自分自身の内側から湧き出てきたものではなくて、サラの魅力とか雰囲気がそうさせたんだとしか思えません。話しかけたと言いましたが、噴水の前で言葉を失ってしまって。サラが何も言ってくれなかったら、走って立ち去っていたと思います」
それからアフメドは全てではないものサラについていくつかのことをダリヤに打ち明けた。カモミールが風に揺られているのを見てアフメドはそろそろ病院に戻らないといけないことを思い出して座っていたベンチから立ち上がった。
「アフメド医師、こんなこと言うのは失礼かもしれませんが・・・・・」
それから先のダリヤの言葉を突然吹いた強い風が盗むように掻き消してしまった。




