カモミール(5)
ダリヤを遠ざけるような、さっきの態度は医師として模範的ではなかったとアフメドは廊下に響く自分の足音を聞きながら、頭の中を後悔を拭えずにいた。家に帰ることも考えたが、結局帰れずにカセットプレイヤーが置いてある部屋に向かった。
いつもはそこで音楽を聴けば一握りの安らぎを得ることができたのに、その日はいくら音楽を聴いていても、ソファーで横になっていても、その安らぎを感じることができなかった。
もう一度ダリヤと話すべきではないだろうか?遅い時間であることを気にしすぎてソファーから立ち上がることはできなかった。病院にいるとどうしてもそのことが頭に浮かび、カセットプレイヤーの電源を落としてからダリヤの病室ではなく、デスクに向かい様々な理由を並べて自分を正当化しながら病院を後にした。
家に帰ってからも大きな手術を控えているダリヤに対してふさわしい態度ではなかったとずっと考えていると、キッチンで沸かしていたお湯が吹きこぼれているのにすぐに気が付けず、床に水溜りができていた。そこに映る情けない顔を掻き消すようにタオルで拭いた。
明日、なんて話しかければいいのだろうか?アフメドの頭に答えは浮かばず、眠気がなくても、眠らないといけないくらい深い時間を時計の針が指していた・・・。
ダリヤが望んだような青い空が目覚めた時に窓の外に広がっていた。昨日のようにカーディガンを手に取って羽織るとベッドから出て靴を履いた。朝は日中ほどの暑さは感じられず、涼しい過ごしやすい気温だったし、時おり吹く風がダリヤのカーディガンや髪の毛を撫でるように揺らしどこかへと誘っているようだった。
そこは病室にいるよりも心地良かったかもしれない。カモミールの花が近くに咲いているベンチには既に誰かが座っているのをそこまで近づかなくても気がつき、まるでダリヤを待つかのようにそこに座っていたのがアフメド医師だと気がつくのにもそう時間は掛からなかった。
「アフメド医師もここを気に入ったんですか?それとも私がここに来ることを知っていたから待っていたんですか?」
アフメドの浮かない表情から昨日のことを気にしていることは明らかだった。
「両方です。この病院に来てから間もないのに素敵な場所を見つけたようですね」
「そうかもしれません。それに、私の病室からとても綺麗に中庭を眺めることができると看護師が教えてくれました。二十年勤めているそうで、いつもご飯を運んでくれるんです」と言いながら、ゆっくりとアフメド医師の隣に腰掛けた。
「そうですか?ここで長く働いていますが、まだ知らないことがたくさんあるみたいですね」
アフメドはダリヤの目を見ることができずにいた。それとは反対にダリヤはアフメドの目を見ながら話していた。アフメドはもちろん自分に向けられた視線に気がついていたが、ダリヤの目を直視できず、またその琥珀色の瞳で過去を見透かされるのを恐れていたのかもしれない。
遠くを見つめながら話すアフメドの態度が不自然に映っても今はそうするしかなかった。




