朝の風、遮られた言葉(2)
ダリヤの声そのものが聞こえないくらいの突風でなくても、何を言ったのかは全く聞き取れなかった。
「風のせいでうまく聞き取れなかったんですが、もう一度言ってくれませんか?」アフメドがそうやって頼むことは何ら不思議なことではなかったが、ダリヤは「気にしないでください。大したことじゃないんです」と頑なにそのことをもう一度言いたがらなかった。
アフメドは何を言ったのか気になったが、そろそろ戻らないといけない時間だった。それこそ本当に大したことじゃないのなら、言ってくれてもいいんじゃないかと思いながらも、それ以上しつこく問うことはできなかった。
「もし検査で問題が見つからなければ明日は手術になります。中庭には行かないでベッドで待っていて下さい」必要なことだけを伝えて、心の中に残るその疑問は解決できないまま立ち去る他なかった。
ダリヤを信じて本当に大したことじゃないんだと思うことにした。「分かりました」素っ気ない返事は何か他のことを考えているようで、心はどこか別の遠い場所を彷徨っているのかもしれない。「それでは、夕方また会いましょう」そう言い残してアフメドはベンチから立ち上がり、病院の入り口へ向かった。
どうして風はアフメドからその葉を奪い去るように、もしくはダリヤが口を開くと言葉が音になるのを許さないかのような不思議な吹き方をしたのだろうか?自動ドアが開き、アフメドは病院の中へと入った。
「アフメド医師、どこにいたんですか?探しましたよ」机に向かうアフメドを見つけてエムレ医師が急いで近づいてきたその瞬間、白衣からボールペンが落ちたのにも気がついていない様子で仕方なくアフメドが床に転がったボールペンを拾ってエムレ医師に白衣のポケットに入れた。
「すみません」
「いいんだよ。心配することはない、中庭で少し休んでた」
嘘だとは決めつけていなくてもエムレ医師は初めて聞くその返事に戸惑いを隠せずにいた。
「嘘じゃない。ところでどうしたんだ?何かあったのか?」
「ダリヤさんの手術について話すって昨日言いませんでしたっけ?人工心肺医も麻酔科医も待ってますよ。それからあの若い新聞記者もさっき受付で見かけましたよ。中庭でその新聞記者と話してたんですか?」
「いいや、ウムトのことは見かけなかったが・・・」
ウムトがこんな朝早くに姿を現すのは何か理由があるのかもしれないし、今頃ダリヤと中庭で話していても不思議ではなかった。
「とにかく行きましょう、みなさん忙しいですから」
エムレ医師に連れられるままに部屋に行くと他にも看護師や助手が待っていた。手術をどのように進めていくのか、お互いの一つ一つの工程を把握しできる限り共有した。
そこいる誰もが難しい手術になることを理解していたし、今話したような手順通りに進まないかもしれないことも覚悟していた。予想ができないことが起こる可能性が十分にあるからこそ、お互いの工程や流れまで把握することが重要だった。




