カモミール(3)
マルコの思惑通りに物事が進み、誰かが犠牲になるのをダリヤは嫌というほど目にしながら、何をしたところで結果が変わることがなく、その度に無力さを味わうのに耐えられずにいた。
アフメド医師をマルコの手の届かないところに遠ざけたいと考えていたが、何ができるのだろうか?自分の手術が大きく関わっているのは明らかだった。
「そろそろ仕事に戻ります」アフメドはもう少し前にそう言うべきだったが、なぜか言い出すことができなかった。「私が言ったことを忘れないでください」ダリヤも、アフメド医師が手術を中止したりするとは考えていなかった。
「忘れないでおきます。病室に戻らないんですか?」
「もう少しここにいます」
「それじゃあ、夕方頃にまた病室に伺います」
アフメドは早歩きで病院の中へと入り、デスクに向かった。
足元で咲いていたカモミールの花に屈んで手を触れるダリヤ、白くて小さな花は一時の安らぎを与えてくれた。病室のベッドでノートを開いて頭に浮かんだこと書いていると窓から入る日の光がノートを照らし、眩しいくらいだったがダリヤはカーテンを閉めることなくそのまま書き続けた。
それからしばらくして看護師が朝食を運びにダリヤの病室のドアを開けた時、そんなこと言うつもりはなかったが独り言のように口から言葉が漏れた。「この病院の素敵な中庭は、アルルの病院の中庭みたい」いつも食事を運んでくれる看護師だった。
「そうね、私も休憩中に歩くことがあるの」看護師は窓から中庭を見ながら答え、振り返ると同時にこう言った。「あなたは幸運ね。ここは一番中庭が綺麗に見えるベッドなの。二十年近く患者のベッドを見回っている私が言うんだから間違いないわ」
看護師が病室から出ていった後、そのことを確かめるかのようにダリヤはベッドから降りて中庭を眺めた。その日はいちもとは時間の流れ方が違う気がした。窓の外を眺めながら、陽がどのように動いて、沈んでいくのかを目で追っていたらいつの間にか日は沈み、暗くなりはじめていた。
外が真っ暗ではなくても夜だと言えるくらいの暗さの中、アフメド医師が朝のように病室の扉をノックした。手術を終えてすぐに来たのだろうか?疲れが目に見えていた。
「体調はいかがですか?」
「良いです、ただ思ったように書き進められませんでした」
閉じられたノートや本がベッドの上に散乱しているの光景をアフメドも見慣れていた。
「無理はしないでください。明日の検査で問題が見つからなければ翌日に手術が行われます。それと、ゴッホの絵が好きなんですか?」
「嫌いではありませんけど・・・」
「看護師から聞きました」
確かにアルルの病院を描いた有名なゴッホの絵があった。
「アフメド医師、ちょっといいですか?」ダリヤは、今がそのことを話すタイミングとして適切だとは思っていなかった。
「構いませんよ」
「もし答えたくなかったら答える必要はありませんから」
アフメドは手術のことだと思っていが、そうではなかった。
「今朝、中庭を散歩しながらアフメド医師はあることを考えていたようでした・・・」
ダリヤが何を話そうとしているのかすぐには分からなかった。




