カモミール(2)
「アフメド医師、どうしたんですか?」
窓から入る陽光がちょうど目に入り眩しかった。
「なんでもありません。行きましょうか」中庭には人影がほとんどなく、当然といえば当然だった。朝の静けさが漂い、毎日のように通り過ぎているはずが、そこは知らない場所のような、初めて訪れた場所のような気がした。
ダリヤは中庭に咲いている花に夢中でアフメドと話すことなく、ただ足元を眺めながら歩いていた。後ろから着いてきているアフメドのことはもしかすると頭にはなかったかもしれない。
それからダリヤは中庭にいくつかある塗装の剥げたベンチに腰掛けた。アフメドが隣に座ることで思い出したかのようにウムトとここで出会った日のことを話し出した。
「暇そうな顔をしてこのベンチに座っているのがウムトでした。病院の入り口を教えてもらうために声を掛けたんです。新聞記者だなんて思いもしなかったし、こうやって記事を書くのに協力することになるとは想像もしませんでした」
少し鈍臭いウムトのことを頭に浮かべながらダリヤは小さく笑っていた。
「そうですね、優秀な新聞記者には見えませんからね。協力する以上は、良い記事を書いてもらいたいところです。インタビューとか基本的にメディアは嫌いなので避けたかったんですけど、いつの間にかこうなってました」
「そうやって流れに身を任せることも時には大切だと思いますよ」と言いながらすぐにベンチから立ち上がると、ダリヤはゆっくりと、地面を確かめるように歩きはじめた。また後ろから着いていくとダリヤが急に立ち止まり、振り返る際に髪が大きく広がった。そのことが何かをアフメドに思い出させそうだったが、そうなる前にダリヤが口を開いた。
「花には特別な力があると思うんです。綺麗とかそういう意味だけではなくて、私たちは祝いの席に花を贈れば、墓の上にも花を置きますね」一語一句同じではなかったがサラも似たようなことを言ったことがあるようのをふいに思い出し、サラと同じ質問をダリヤにも投げかけた。
「何かの本で読んだんですか?」
「そうではなくて、ただいつも花がそばにあったんです、悲しい時も、嬉しい時も」
サラとは違う答えだったが、もし同じ答えをダリヤが返していたらどれだけ動揺していただろうか?二人には何か共通点があるような気がするたびに、そこには大きな距離や、隔たりが必ず見つかった。
「実は話しておきたいことがあるんです。マルコと何を話したのか詳しくは知りませんが、想像はつきます。アフメド医師にとって不利益なことが起こるのであれば、私の手術は中止してください。マルコの思惑通りに物事が進むのに耐えられません」
強い意志がそこには感じられたが、アフメドには響かず、医師なら誰もがするだろう返事をした。「医師ですから患者を救うのが仕事です。大丈夫ですよ、気にしないでください」
二人の足元ではカモミールの花が風に撫でられるように揺られていた。ダリヤは納得できないような顔をしていたが、アフメドにはどうすることもできなかったし、どうするつもりもなかった。




