カモミール(1)
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アフメドは朝早くにダリヤの病室に向かった。部屋の中から音が聞こえ、眠っていないことが分かっても邪魔するような気がして、中々ドアをノックできずにいた。それでも軽くドアを叩き、ダリヤの「どうぞ」と言う声が返ってくると何も考えずにただ扉を開けた。
手元には本やノートが散らばり、ベッドの上で夜通し書いていたのだろうか?日は昇りかけ、外は明るくなっていたがベッドサイドの照明は点いたままだった。
「朝早いんですね、アフメド医師。今日も手術が控えているんじゃないですか?」落ち着いた声に眠気は感じられず、このまま眠らないで一日を過ごすつもりなのだろうか?「作家の朝も早いようですね。休むことも大切だと思いますよ、ここは病院ですから」
そう言いながらアフメドは病室の端に置かれていたスツールをベッドの近くに運んで座った。
「そうかもしれませんが、休もうと思えば思うほどなぜか仕事が捗ってしまうんです。それにここは不思議と集中できるんですよ。書けなくなって行き詰まったらまたここに来てもいいですか?」
本当にそうなのだろうか?ただの病室ではあるが、ダリヤとっていつもと違う環境がそうさせていたのかもしれない。
「構いませんよ。ところでどんな物語を書いているんですか?」ダリヤは答える前にベッドの上で開かれていたノートや本を次々と閉じていった。
「まだどんな話になるか分かりません。他にもいくつか書かないといけないものがあるので、そっちを早めに終わらせて小説に集中したいんです」病室の窓を飛んで横切る鳥の姿がふとアフメドの目に入った。
「物語をどのように書くのか、紡がれていくのか、まるで空を飛ぶような話で想像すらつきません」本当にそう感じていた。どうやって、どこから物語がはじまり、そして終わるのだろうか?
「私からすれば、心臓を切ってなぜ人が助かるのか分かりません。人を殺そうとして刺したり、切ったりする人が残念ながら世の中にはいます。していることは同じなのに人を救っているんです。分かってますよ、医学の上で成り立っていることは。それでも不思議に感じるんです。なんなら飛ぶことの方が簡単かもしれません、翼があればいいんですから」
ダリヤは布団から足を出し、裸足のままベッドから降りると、靴下へと丁寧に足を入れ綺麗に並べられた靴を履いてから、棚の上にあるカーディガンを手に取った。
「どこに行くんですか?」とアフメドが当然のように投げかけると、どこか遠くに、長い旅に出るようなそんな声色でダリヤは答えた。
「もし時間があるなら、中庭で散歩でもしませんか?天気も良いですよ」アフメドは時計を見て少しなら時間がとれることを確認し、長くは居られないが中庭を散歩するというそのダリヤの提案を受け入れた。
ダリヤがカーディガンを羽織るとき、翼のように大きく広がり、アフメドの頬にその風が触れた。そうやって飛ぶのだろうか?そして、物語も書くのだろうか?




