恐竜の化石(4)
それでも核心に手が触れたような気はしなかったし、むしろ遠く深い場所にあることがはっきりと感じ取れただけだったかもしれない。
「それじゃ、書きはじめるまでが大変ってことですか?」
ゼロからイチにどうやってなるのか、創造という行為の大きな秘密をダリヤは知っているのかもしれない。
「もちろんそうだけど、突然書けなくなる『時』が来るの、今まで書いてきた全ての小説に言えることね。必ず訪れるこの『時』を乗り越えられないと完成することは絶対にできないと思ってる。とても恐ろしく、一瞬にして光が奪われるような、全ての道標を失ったような気分に包まれて、どんどん塞ぎ込んでいくの。それでも、歩き続けなければならない。そうやって光と闇の中を行き来しながら書いているのよ」
そこにはウムトが見たことも、歩いたこともない世界が広がっているのだろう。
「それでも書き続けるんですか?」
そんな苦悩が待ち受けているなら、辞めてしまいたいと思う瞬間があっても不思議ではなかったし、ダリヤが大袈裟に話してるようにも見えなかった。
「当たり前よ、辞めるつもりはないわ。悪夢にうなされることだってあるし、不安に押し潰されそうになることもあるけど、作家だけじゃないはずよ。生きていく上で、つまりは人生にそういったことを何度か経験するでしょ?そういうものと似てるだけで、作家が特別だとは思わない。あなただってそうなのよ。どれだけ逃げても人間である以上、死から逃れられないのと同じ。何でも怖がりすぎたらいけない」
ダリヤが『死』と口にした瞬間、抽象的な概念としてではなく、そこにはこれまでに経験してきたことが詰まっているような気がした。ウムトにとってテレビのニュースや、記者としてそういう事件に関わることがあっても、自分自身とはほど遠く、間近に感じることはなかった。
「生まれてから病気が特定されるまでに時間がかかったの。珍しい病気だったし、マルファン症候群ていうんだけど、『マルファン』はこれを発見したフランスの医師の名前みたい。十五歳の時にはっきりとこのことを医師から伝えられたわ。自分が他の子とは違うことは何となくだけど感じていたし、中々診断がつかなかったからたくさんの病院で検査することになった。多分、あなたも初めて聞く名前だと思うけど、そうでしょ?」
ウムトは頷いた。他にもたくさんウムトの知らない病気が存在するだろうし、悩んでる人もたくさんいることが急に頭に浮かんだ。
「簡単に説明すると、体の結合組織に問題があって、色んな症状があるから判断が難しいの。外見的な特徴で言えば、背が高かったり、手足、指が長いことが挙げられる。背骨が曲がっていることもある」
自分が病気であるかどうか、その病名が判明しないまま過ごした十五年間を考えるだけでも恐ろしかった。淡々と話すダリヤだったが、その表情の下に隠されたものをウムトはそれとなく感じ取っていた。




