恐竜の化石(2)
ダリヤは長く使われていることが一目で分かるような疵やスレが目立つ大きな灰色のスーツケースをベッドの横から持ってくると、床に広げるように開き、その中にある本、ノート、紙の束を次々と取り出してはウムトに渡した。
それらをひとまずベッドの上に並べて、ダリヤが言う通りにまとめていくと、外国語の本がそこにはたくさん含まれていることに気が付き、原稿らしき紙の束にはびっしりと文字が書き記されていた。ただ黙々と整理するのがつまらなくなり、ウムトは答えを知りながら質問した。
「本が好きなんですね?」ダリヤは整理していた本やノートから視線をゆっくりと動かしてウムトのことを見ながら答えた。
「もちろん好きよ。現実にも美しいものはたくさんあるけど、本の世界にも同じくらいある。本を開けばバスや電車の移動中でも、その世界に入ることは難しくない。時に五感を奪われてしまうくらい本に夢中になることだってある。今みたいに病院にいたとしても病気の自分はいなくなるの」と言って本を一冊手に取るとウムトに見せながら小さく振った。
ダリヤは病院に慣れているようだったし、バスや電車ではなく、病院で本を読んで過ごすことが多かったのかもしれない。ダリヤが抱えている病気について何も知らないわけではななかった。アフメド医師は困難なだけでなく、大掛かりな手術になることをはっきりと伝えていた。
ウムトにとって病院は馴染みのない場所であり、ほとんど訪れることはなかったし、今まで大きな怪我や病気になった覚えがなかった。思い出せる限り最後に来たのは右下の親知らずを抜くためだった。
「それで、あなたはどうなの?本を読むのが好きなの?」ウムトは仕事のために資料として本を読むことはあっても小説や物語を読むことは少なかったかもしれない。それでもそういったジャンルの本が嫌いではなかったし、時間があれば好きなだけ読んでみたいと密かに思っていた。
「ダリヤさんほどではないですけど、好きです。確かに本の中にはもう一つの世界があるのかもしれません。それよりも、作家がどうやって物語を書いているのかが気になりますね。どうやってインスピレーションを得ているのか?物語を書くのは簡単なことではないと思いますし」
面白いことを言ったつもりはなかったがダリヤはなぜか笑い、口を押さえていた。
「そうね、作家たちもその方法を正確には分かっていないのかもよ。気がついたら目の前に文字がぎっしりと書かれた紙が積み重なっていて、物語がそこにあるのかもしれない」
まるで自身の経験を話しているような言い方が気になった。もしくはダリヤも同じようなことを疑問に感じていたのだろうか?笑いの謎は解けないままだった。
「どうなんですかね?作家が近くにいれば質問してみたいですけど、そう思いませんか?」
「そうね。でもあなたも文章を書いているじゃない、新聞記者なんでしょ?」
「あなたもってどういう意味ですか?ダリヤさんも文章に携わる仕事をされているんですか?」
ダリヤはもったいぶるように窓の外を少しばかり眺めてからその質問に返事をした。




