再会(1)
カウンター席のコーヒカップを素早く片付け、代金をポケットに捻じ込むように突っ込むと、ギャルソンはその足でウムトとヌルが座っているテーブルの上にあるコーヒーカップを指差して「下げますね」と返事を聞くことなく取り上げようと手を伸ばした。
「ちょっと待って」
「何ですかボーイフレンドさん、カップは空ですよ?」
早く家に帰りたいのだろう、そんな顔をしながらウムトを見ていた。
「今帰ったあの男の人は常連の人?」
「お客さんのことについてお答えすることはできません」
今日聞いた一番丁寧な口調でも、ふざけているのは明らかだった。コーヒーカップ、皿、フォーク、スプーン全てを持ってカウンターの奥に戻っていった。
「この間も手前から三番目のカウンター席に座って、今日と全く同じようにコーヒーを飲みながら顔を隠すように新聞を読んでいたの。それに、私が思い出せなかった香水をあなたは知っていた。有名な香水ではないし、知っている人が少ないのに」
そう言いながら男が座っていたカウンター席をじっと見て考え込んでいるヌルに話しかける気にはなれず、ウムトはただ手持ち無沙汰のまま店内を眺めていた。面白いものは見つからなかったし、壁の塗装はところどころ剥がれ、床も擦れたところは色が落ち、白くなっている部分も少なくなかった。
そろそろ家に帰ろうと、ヌルが言い出し、ウムトは鞄を開けた。
「僕が払うから、外で待ってて」
「そうね、だいぶ待たされたから。でも、ありがとう」
「いいよ、これからも待たせちゃうかもしれないし」
財布を取り出そうとしたが、財布が見当たらなかった。
「財布をどこかで落としたかもしれない、会社かな?」
言いたくなかったが、慌てている様子を見て、ヌルが察するのも時間の問題だった。
「嘘でしょ?」
「本当だよ、ないんだ」
ヌルは呆れた顔をしながら仕方なくウムトの分も払った。カフェを出てからも、ウムトは鞄から一度も手を出すことなく、手を突っ込んだまま財布を探し続け、鞄から手が抜けなくなった人みたいだったし、『真実の口』から手首が抜けなくなった哀れな男にしか見えなかった。
「私に貸して」少し強引にウムトの手から鞄を取って、街灯の下で鞄の中を照らしながら探していると、黒い財布らしきものが鞄の奥底にあった。「これじゃないの?」その黒い革製のものは手帳やノートではなく、財布だった。
「そうかもしれない」
「何言ってるの?自分の鞄でしょ。もう少し鞄の中を整理したらどうなの?ねぇ、手にボールペンのインク付いたんだけど?」
手の甲には血管をなぞるような赤いボールペンの線があった。
「ごめん」
「今度は払いなさいよ」
「約束する、行きたいところがあったら遠慮なく言って」
ウムトの道に迷った子犬みたいな表情に、それ以上何か言う気にはなれなかった。
「そうね、とりあえず今日は帰りましょう、また今度ね」と言ってヌルは人通りの中へと消えていった。
ウムトも疲れを感じていたのだろう、気が付けばアパートの近くの見慣れた風景が目に入り、部屋の電気をまた消し忘れて家を出たのか、部屋が明るかった。そして、思った通り鍵も閉め忘れていた。




