ユルマズとフルカン(6)
「友達に連れてこれられたの、アトリエでも話したでしょ?どうやらあの生意気なギャルソンのお父さんのお店らしいの。ほら、あのトイレの前のテーブルでユルマズとメルべが話していたの」
ヌルは指でトイレの近くにあるテーブルを指差しながらそう言った後、その日のことを思い出すようにしばらく黙ち込んだ。
「ヌルってさ、見かけによらず大胆だよね、あんなに怖がってたのにボイスレコーダーを盗むしさ」
ウムトも同じく誰も座っていないそのテーブルに目を向けながら、独り言のような、ぼそっとした声で聞こえても、聞こえてなくてもいいような態度でつぶやいた。
「そのことはもう終わったでしょ、やめて」それからヌルは椅子の背もたれに肘をつくようにして、壁にかけられている複製画に視線を移していた。
ウムトは、ケーキこそどこかで食べたことがあるような特別美味しくもなければ、不味くもないと思いながら、コーヒーには深いこだわりが感じられ、今まで飲んだことがない味だと少し感動していた。
そもそもウムトのコーヒー遍歴が味を比べられるほど豊かではないということでしかなかったし「これが本物のコーヒーだね」とウムトが確信持って口にした際に、ヌルはバカにするように笑った。
「コーヒー飲んだことないの?」
「美味しいコーヒーって意味だよ」
不服そうなウムトの顔がまたしてもヌルの笑いを誘った。
「ところでアフメド医師について何か進展はあったの?」ウムトが何も進展がないことの返事を言葉で言わずに、ただ首を横に振るのを見て「それじゃ、まだ私が渡した瓶も空のままってこと?」と少し苛立った様子ではっきりと言った。
「そんな簡単に出入りできる場所じゃないのは分かるだろ?」本当はそのことを忘れていたし、瓶が鞄の中で割れることなく、今も入っていたこと自体が奇跡かもしれない。「それだけ?」ヌルは呆れた顔をしたままトイレに席を立った。
一人残されると、深く息を吸って、椅子に背中を預けながら、ウムトはカウンターにいる男性を無意識のうちに観察していた。ふいに怪しさを感じたのは、ありきたりな不自然さではなく、あまりにも自然にそこに座っていたことが一周回って不自然だったのかもしれない。
どこのカフェだってそんな常連客がいるものだろうと、自分に言い聞かせたても納得できない何かが残り、消えることはなかった。新聞と白髪の長髪がその男の顔を隠していたが、通りを歩けばいくらでもそんな人とすれ違うものだった。
「どうしたの?」ヌルがトイレから戻ると同時にその男は馴れた手つきで新聞をたたみ、入れ替えるように財布を取り出してから、席を立つとコーヒーの代金をカップの横に綺麗に並べて、そのまま扉を開けて外に出て行った。
その男の歩き方がウムトの知っている誰かと似ているような気がしたが、ヌルが香水の名前が思い出せなかったように、ウムトもそれが誰なのか思い出せなかった。




