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4(終)

「勇者様をお連れしました」

「ご苦労様でした。もう戻ってよいですよ」


 マカロが魔王の間へと入り魔王が横たわるベッドの元にまで来ると、手の平に乗っていたミニスライムが飛び降りてちゃぷんと音を立てて老スライムの体にくっついた。


 どうやら、あの使いのミニスライムはこの老スライムの分離体だったらしい。ミニスライムとの一体化を終わると改めて老スライムがマカロを見上げた。


「勇者様、間に合いましたね」

「魔王が危篤だという事だが」


 マカロが確認するように言うと、老スライムはベッドに横たわる魔王へと移しながら落ち着いた口調――というよりも親が子を見守るような包み込む口調で言葉を紡ぐ。


「はい、つい先ほどより息苦しそうに呻き声を上げ始めました。おそらくはもう……」

「そうか」


 見ればベッドに横たわる魔王の表情には油汗と共に苦悶が浮かび、苦しげな低い唸り声が断続的に漏れ聞こえていた。

 それらは次第に大きなものとなり、掛けられた布団がまるで荒波のように荒れ狂ったかと思えば、魔王の間全体の空気を震わせる程に唸り声響き渡る。


 それはまさに末期〈まつご〉の――というにふさわしい様相だった。

 老スライムの言う通り魔王の命は今尽きようとしていた。


「何かした方がいい事はあるか?」

「いいえ、ただ見守っていてください」


 マカロが訊ねると老スライムがフルフルと体を揺らす。まあ、それもそうかとマカロは老スライムと共に魔王の様子をひたすらに見守る事になった。


 人が死を間近にすると過去の記憶が次々と脳裏に思い浮かぶ走馬灯というものがあるというがそれは貰ってしまう事もあるのだろうか。


 魔王の苦しむ姿に今までの旅の記憶が湧き出てくるのにマカロが睫を伏していると、低くくぐもった声が聞こえてきた。


「よぉ……勇者様。どうしたよ……シケた……顔して」

「っ!」


 それは忘れるはずもない魔王の声だった。マカロが驚き魔王の顔に目を向けると、口元にニタニタとした笑みを浮かべた魔王がマカロを見ていた。

 どうやら最後の最後で意識を取り戻したらしい。


 そんなマカロの驚愕した様子に魔王はククッと含んだ笑い声を漏らすと上機嫌に言葉を躍らせる。


「そう……嫌そうに……するなよ。俺は……嬉しいぜ。丁度……お前の夢を……見ていた所だ。お前との思い出は……楽しい事ばかり……だからな」

「……」


 マカロが無言を返していると、魔王はその隣の老スライムへと視線を移した。


「爺にも……苦労をかけたな」

「勿体ないお言葉でございます。魔王様のお世話をする事が私の喜びなのですから」


 魔王が労いの言葉をかけると老スライムが感極まって涙ぐむ。

 その様子に目を細めると「さて」と魔王がマカロを見た。


「じゃあ、早く殺せよ。その為に……来たんだろ」

「魔王様!」

「どうした……、何を突っ立ってる。早くその剣を……突き立てろ」

「私がお願いしたのです。どうか魔王様の面倒を最後まで診させてほしいと」


 魔王が怪訝な顔をするのに老スライムが慌てたように言った。


「余計な事をしたな」

「っ、申し訳ございません」


 柔和であった魔王の目がギロリと鋭くなる。それに伴ってそれまで息も絶え絶えに弱々しかった声に威圧が戻ったようだった。

 魔王はふっと息を吐くと、


「いいさ。許して……やろう。殺る気がないってんなら……仕方ない。少し……楽しいお前との思い出話でも……しようか」


 そう言うと、ゆっくりと語り始めた。


「あれは……いつだったかな。そうだお前がまだ五つにも満たない幼子だった頃だ。お前の生まれた村を焼いてやったな。全員皆殺しにして灰にしてやった。近所の優しかったおじさんもお姉さんも全員死んだよな。それから、お前の母親と父親と妹を一人一人並べてお前の前で首をはねて殺してやった」


「……」


「預けられた親戚夫婦も殺してやったな。お前が施設に入れば施設の奴らも全員殺してやった。でも最後にお前を引き受けた剣聖のおっさんには手を焼いたよ。強い上に逃げ回りやがるからな。おかげでお前が立派な剣士に成長しちまった。でも時間はかかったがそんなお前の剣の師匠も俺が殺してやったよな」


「……」


「お前が王国の兵士に志願すれば戦争を仕掛けて滅ぼしてやった。お前がまた別の王国に雇われればその国も滅ぼしてやった。お前を最後に雇った国を滅ぼす事が出来なかったのは残念だったが、お前そのせいで平和ボケして許婚とか作ってたよな。でも、そんな許婚も俺が目の前でむごたらしく殺してやった――――」


「……っ」


「ククク、まだいい顔が出来るじゃないか。そんなお前の顔が楽しくて溜まんねぇぜ! お前もそう思うだろ。ええ、勇者様! ……グフッ、ごほごほ――」

「魔王様、あまりご無理をなされては」


 咳き込む魔王を労わるように老スライムが宥めるように身を乗り出す。

 今の無理が祟ったのか、より一層魔王は衰弱したようだった。


「さあ……やれよ。その剣で……俺を……突き……殺せ。さあ、はや……く。……早くやれ!」

「……」


 魔王が声を荒げるのに、マカロは変わらずに沈黙を返す。

 一瞬の静寂が訪れた。


「どう……した……。なぜ……殺さ……ない。憐れみ……か」

「ああ、そうだ」

「クク、強がる……なよ。その顔の……どこが憐れみ……なんだか……な」


 マカロが淡々とした口調で言うと、魔王が口元を吊り上げた。


「お前等……これで、本当に平和になると……思ってん……のか。おめでたい……奴ら……だ。お前等は……世界を平和にするには力を……持ち……すぎた。これから……は……人間同士で……殺し……あえ。世界が……戦禍に……まみれ。再……び、世界……が恐怖と憎しみで溢れた……とき、俺は……復活……する……ぞ」

「そうかい、その時は俺がぶっ殺してやるから。今は安らかに逝ってくれ」


「ククク、ハハハハハハ――――」


 最後に高らかな笑い声を残して魔王は消滅した。

 もぬけの空となったベッドをマカロが見つめていると、老スライムの落ち着いた声が聞こえてきた。


「勇者様、私どもの願いを聞き入れて頂きありがとうございます。あなた様に看取られて魔王様は最後まで幸せだったと思います。魔王様はあなた様の事が大好きでしたから」

「嬉しくないな……」

「あなた様からすればそうかも知れませんね」


 マカロが眉を顰めて言うのに、老スライムは苦笑を浮かべる。

 マカロはそんな老スライムに視線を落とすと、


「あんたも消えるのか?」


 すでに老スライムの体は色を抜くように存在が薄くなりつつあった。


「はい、魔王様亡き今、私達魔物も消え去るが運命〈さだめ〉。またこの世は人の栄える世となりましょう」


 そこまで言うと、老スライムふっと微笑んだ。


「人類の未来に幸あれ――」


 そう言い残すと老スライムは消え去った。

 魔王の間が完全な静寂に包まれる。


「人類の未来に幸あれ……か」


 マカロが肺に溜まった空気を吐き出して体の緊張を解いていると、程なくしてどたばたとナデコとパンコがやってきた。

 来るや否やナデコがマカロに詰め寄る。


「魔王は?! 魔王はどうなったの?」


 マカロはもぬけの空となったベッドを視線で指し示すと、


「死んだよ。俺の前で間違いなく死んだ」

「そう……なんだ」


 マカロがかみ締めるように言うのに、ナデコはほっとしたように胸を撫で下ろした。


「ふむ、こちらでも取り囲んでいた魔物達が消滅したのでな。もしやと思い急いで来たのだ。二人共何を神妙な顔をしておる。永きに渡る魔王と人との戦に終止符が打たれた記念すべき日なのだぞ。もっと喜ばねば今日という日の為に散っていった数多の英霊達も浮かばれぬわ」


 感傷的な二人を鼓舞するようにパンコはバンと二人の背中を叩いた。


「胸を張れ、歓喜せよ。我らは魔王を倒したのだ。これで世界は救われた」


 パンコが高らかに宣言するように言うのに、パンコに背中を思いっきり叩かれた影響でバランスを崩しそうになるのを必死に戻しながらナデコが頷きを返す。


「うん、そうだよね。わたし達世界を救ったんだ」


 それからおずおずとマカロを見る。


「ね、マカロ」

「ああ、そうだな」


 ナデコと同じようにパンコに崩されたバランスを戻しながらマカロが同意した。


 世界は救われた。これで人々は魔物に怯える事なく暮らす事が出来る。

 まだ実感が湧かないが確かに魔王を倒したのだ。パンコの言う通りもっと喜ぶべきだろう。とはいえ、急に盛り上がれと言われてもそれはそれで無理なのだが。


 マカロは苦笑すると話を切り替えた。


「所でティス達はどうしたんだ?」

「ああ、それならそろそろ来ると思うけど――」


 ナデコが魔王の間の入り口に目を向けると、


「お、来たようだぞ」


 パンコの声。そして丁度ボロボロの姿のティス達が部屋に入ってきた。


「おいマカロ。魔王は?」


 入ってくるや否やティスが訊ねてくるのにマカロは誰も居なくなった魔王のベッドを指差す。


「くっ、一足遅かったか」

「一足遅かったか……じゃないよ」


 ティスが悔しそうに唇をかみ締めるのに、ナデコが呆れた様子でティスを見ると、


「わたし達に手も足も出ないようじゃ、とてもじゃないけど魔王になんて勝てなかったよ」

「ナデコよ。手も足も出なかったというのはさすがに言いすぎではないか」


 ナデコがばっさりと言うのにパンコがフォローをする。ナデコが「え、そうだっけ」とキョトンとしているとティスが悔しそうに顔をしかめた。


「せめて常に三人の状態が維持出来ていれば……」

「つまりティスが一番最初に倒されちゃったせいじゃないですか」

「ぐっ、そ、それはタピカの回復が遅かったから」


 魔法使いのタピカがジト目で指摘するのにティスが恨めしげな目でタピカに反論する。それを受けてタピカがむっとした顔をティスに寄せる。


「はっ? なんで私のせいにしてるんですか。むしろティスが守ってくれないからまともに詠唱できなかったんじゃないですか」

「はぁ? お前の回復が遅かったからだろ」

「ティスが守ってくれなかったからです」

「いや、お前が――」

「いや、ティスが――」


 何やら喧嘩が始まってしまった。


「相当、激戦だったみたいだな」

「うむ、思った以上に奴ら成長していてな。おかげで少しやりすぎてしまったかもしれん」


 マカロが小声で言うのに、パンコが口元に笑みを浮かべて言った。

 どうやら相当ナデコとパンコの二人にボコボコにされたらしい。


「やめましょう二人共、そんな卵が先か鶏が先かみたいな話は。認めましょう。私達は修練が足らなかったのです」


 チロスが二人の間に仲介に入るが、ティスとタピカが一斉にチロスを睨みつけた。


「お前が一番ひどい」

「あなたは狂戦士ですか? あんなに暴れて近くに仲間も居るんですよ。わかってんですか」

「すみません。楽しくなってしまってつい……」


 二人から集中砲火的に指摘を受けて、チロスが小さくなっていた。

 何となく話を聞いているだけで、どういう戦況だったのか目に浮かぶようである。


「まあ、よいではないか。反省会はまた別の所でやってくれ。今は、魔王を倒したのだ。その喜びを分かち合おう」

 そんなティス達の背中をパンコが笑いながらバンバンと叩いて回る。


「うっせーなおっさん」

「はい、我が王よ」

「あの、痛いんですけど」


 三人がバランスを崩しながら三者三様にパンコを恨めしげ見つめる。


「ちっ、魔王が居ないってんならこんな城にもう用はねぇ。俺は帰るぞ」


 ティスは舌打ちをするとそう言い残して魔王の間から出て行った。


「あ、待ってください。すみません我が王よ。お話はまた後で」

「うむ、わかった」


 パンコが頷くのを待ってチロスがティスの後を追いかける。


「ナデコ先輩。今度試験勉強みてください」

「え、う、うん。別にいいけど。それ今言う事なの?」

「じゃあ、そういう事でお願いします」


 ちょこんとナデコに礼をするとパタパタとチロスの後を追いかけていく。

 また魔王の間は静かになった。

 マカロは心を落ち着けるように深呼吸するとナデコとパンコを交互に見る。


「さてと、俺達も帰るか」

「うん」

「そうしよう」


 マカロが言うとナデコとパンコの二人も頷きを返す。

 もうこの場所に用は無い。

 二度と来る事もないだろう。

 魔王の間から出て扉を閉めようと取っ手に手を掛けた時だった。


「ねぇ、マカロ」


 マカロの瞳を覗き込むようにナデコが見つめてくる。


「どう、勝負には勝てた?」


 本当はずっとこの手で殺してやりたいと思い続けてきた相手だった。

 しかし最後まで看取った今、不思議とそれまでにあった黒い気持ちは心の中から消えていた。


「さぁ、どうだかな」


 マカロはそのまま魔王の間の扉を閉めると微笑みを返した。

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