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第8話:鉄錆と硝煙のセッション

 ドゴォォォォンッ!!!


 凄まじい爆音と共に、美波が目指した駐車場の壁が、外側から派手に爆破された。

 立ち込める土煙と炎の中から現れたのは、大型バイクに跨ったハルだった。


 彼は美波の腕を無骨に掴むと、強引にバイクのリアシートへと引き揚げた。


「……余計な真似を。里香の指示通り動けと言ったはずだ」


「うるさい! じっとしてたら有毒ガスで死んでたわよ!」


「お前が逆へ走ったから、里香が俺を裏口へ急行させた。すべてはあの人の手のひらの上だ」


 ハルはアクセルを限界まで回した。

 九条の追っ手が放つ銃弾を紙一重で掻い潜り、二人は夜の甲州街道を時速140キロで疾走する。


 ――数十分後。


 這う這うの体でコンテナ拠点に戻った美波は、里香のデスクに向かって、奪取したチップを叩きつけた。


「里香! あんたの完璧な『データ』には、あいつらが直接ガスで殺しに来るパターンは入ってなかったみたいね!」


 里香は、美波の煤けた顔と、ハルの無傷な姿を交互に見比べた。

 そして、ふっと、薄氷のような美しい微笑を浮かべた。


「……いいえ、計算通りです。美波、あなたが私の指示を無視して計算外の行動をすることで、九条の迎撃AIは完全に混乱した。そのシステムエラーの隙を突いて、私は彼のメインサーバーの最深部に潜り込めたのですから」


「……はあ? 私、またおとりだったわけ?」


「最高に優秀で、最高に頑丈な囮です」


 里香はゆっくりと立ち上がり、怒りで肩を揺らす美波の目の前に歩み寄った。

 そして、その煤で汚れた美波の頬に、そっと冷たい指先を滑らせた。

 その心地よい冷たさに、美波の体中の怒りの熱が、嘘のようにスッと引いていく。


「ハル、ご苦労様。あなたの物理破壊のタイミングがなければ、データ取得に間に合いませんでした」


 里香が影の中に佇むハルに、静かな労いの言葉をかける。

 ハルは無言で一度だけ深く頷くと、再びコンテナの最も暗い影へと溶けるように消えた。

 美波はそれを見て、里香の細い手首を少しだけ強く掴み返した。


「……里香。次に私を囮にする時は、せめて先に言いなさいよ。……あいつに助けられるの、なんか癪に触るの」


「おや。……嫉妬ですか? 意外と可愛いところがあるのですね、美波」


 里香は美波の至近距離まで顔を近づけ、その大きな瞳を覗き込むようにして、意地悪そうに目を細めた。


 美波はボッと顔を赤くし、ぷいっと顔を背ける。

 新宿の夜は静かに更けていく。

 吉沢里香という冷徹な知性を絶対的な中心ハブとして。

 熱すぎる肉体の「美波」と、冷たすぎる刃の「ハル」が、互いを認めないまま、けれど歪に共鳴し始める。


 九条拓馬の放つ「神の目」を完全に潰すための戦いは、この奇妙な三角関係の中で、より苛烈なステージへと移行していった。


『三番目の書庫の蒐集家』をお読みいただきありがとうございます!

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