第7話:密室の火花
新宿の外れ、放置されたコンテナ倉庫。
外は梅雨特有の、肌に纏わりつくような湿った夜気が漂っている。
だが、鉄の壁に囲まれた内部には、それ以上に重苦しい緊張が充満していた。
「……目障り。そこ、どいて」
ハルが低い声で言い放った。
彼は里香の背後、影が最も濃い場所に位置取り、音もなく漆黒のナイフを研いでいる。
「はあ!? 何よ、その言い方。あんたこそ、里香にベタベタくっつかないでよ。警護なら私がやってるわ」
美波が激しく食ってかかった。その大きな瞳が、挑発的な光を宿してハルを鋭く射抜く。
「警護? 昨日の醜態を忘れたのか。お前が感情で動くたびに、里香の安全係数が下がる。お前は盾ですらない。ただの騒がしい標的だ」
「なんですって……!」
美波の拳がミシミシと固まる。
一触即発の空気。
その二人の間に冷酷に割って入ったのは、キーボードを叩く乾いた電子音だった。
「……二人とも、そこまでにしてください。私の書庫に不必要な雑音は不要です」
里香が、ディスプレイの青白い光に照らされたまま、冷徹に告げた。
その涼やかな横顔は、二人を路傍の石ほどにも気にかけていない。
「美波、あなたは外で佐伯と接触して。ハル、あなたは九条の回線の『物理的な切断』を。……私を守りたいなら、私の指示に従いなさい。いいですね?」
美波は面白くなさそうに唇を噛み、ハルをもう一度強く睨みつけてから背を向けた。
「……わかったわよ。行くわよ、佐伯!」
部屋の隅でガタガタと震えていた佐伯の首根っこを掴み、美波は倉庫を飛び出した。
新宿の地下駐車場。
コンクリートの壁は氷のように冷たく、排気ガスの焦げた匂いが重く充満している。
美波は佐伯から、九条の私設軍隊が使う特殊な通信チップを受け取る手はずになっていた。
「先輩、これ……。九条の部下が落としたのをなんとか掠め取ってきたんすけど、なんか嫌な予感がするんすよ」
佐伯が震える手で差し出した、鈍く光る極小のチップ。
それを美波が手に取った瞬間、彼女の背筋にゾクリと冷たいものが走った。
ガガガガガガッ!!!
「……佐伯、伏せて!」
美波の野性の勘が、絶望的な危機を察知した。
直後、駐車場に備え付けられた巨大な排気ファンが異常な速度で逆回転を始め、白濁した有毒ガスが猛烈に噴出し出す。
九条が最初から仕掛けていた、容赦のない『遠隔殺処分』だ。
「げほっ、ごほっ……! 先輩、シャッターが……出口が全部閉まってます!」
重厚な鋼鉄の防壁が音を立てて閉ざされ、完全に閉じ込められる。
物理的な破壊では到底間に合わない。
『美波、聞こえますか。そこから脱出するには、天井にある三番目のダクトを……』
インカムから里香の声が聞こえる。
だが、敵の強力な電磁波ジャミングのせいで、激しい激痛のようなノイズが混じる。
「くそっ、聞こえないわよ里香! ……あんたの理屈じゃ、ここはただの死に場所なわけ!?」
美波は焦燥の中で、あえて里香の指示とは真逆の方向へ動いた。
ガソリンが壁からジワリと漏れ出している、最も危険な壁際へと全速力で走り出したのだ。
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